「暗く怖い場所の追想」THEME-SONG
【
ここまでのあらすじ】
Yと距離を置くことも兼ね、ネットゲーム三昧の日々を過ごす私。
しかしKという伏兵の出現により、その計画に狂いが生じ始める。
その後もKは、飲み会や越前ガニ食い倒れツアーに私を誘って来た。
いかにヴァーチャルに没頭していようとも、リアルとの接点を完全に絶つわけにはいかない。
そう考えた私は、誘われれば基本的に断らなかったのだが。
参加すれば、そこには必ずYがいた。
ここまで来ると、疑う余地はなかった。
私とYの仲を取り持つ、愛のキューピッド。
それがKの役割と見て間違いない。
ここで私の中に、デジャヴにも似た感慨が湧き起こる。
かつてそれを、自分の役割だと信じて張り切っていたのは果たして誰だったか・・。
「ミイラ取りがミイラ。」
何故か、そんな言葉が頭をよぎった。
だが私にもまた、キューピッドの矢は通じない。
挫折した堕天使は、後輩の天使にも逆らい続けるのだ。
それは、その年のクリスマス。
私は数日前から、Yにこう詰め寄られていた。
「イヴの日、空いてますか?」
空いていると言えば空いているし、ネットゲームで忙しいと言えば忙しい。
とは言え、ネットゲームを理由に人の誘いを断るのは常識的に考えて問題だろう。
何故なら、それは真の一級廃人になることを意味する。
しかし、単純に空いていると答えれば面倒なことになる。
こう思った私は、先手を打って珍しくもない回答をした。
「空いてるから、K達も誘ってどっか行こうか。」
やや不満そうにしたのは、Yだけではなかった。
その後、私が話を持ちかけた時のKも、露骨に「2人きりで行けばいいのに・・。」という顔をしてくれた。
当日はT先輩の他、過去のパーティーや食い倒れツアーに来たことのある受付嬢もメンバーに加わった。
ここまで団体行動を共にしてきたにも拘わらず、特に進展の無かった男女が、他に予定も無いため惰性で集合。
そんなオーラを隠す様子もなく放つグループが、夜のベイエリアに繰り出した。
私のそれまでの人生でも、特に珍しい風景ではなかったので分かっていた。
こんな消化試合で、今さら何かがあるはずもないと。
多少なりとも盛り上がっているのはYばかり。
他のメンバーなど、下がろうとするテンションと闘う兵士に見えて仕方がない。
時々、物言いたげな顔で私を見る者もいる。
付き合わせてしまって、本当に済まない。
だが、私とて努力はしたのだ。
いくつもの場面で、Yに気持ちを向けるよう自分に言い聞かせてきた。
でも駄目だった。
「すぐ別れるにしても、とりあえず1回やってあげればいいじゃないですか。」
別の後輩に、こんなことを言われたこともあった。
「お前に譲る。」と返す私を、「無理ww凄いことされそうだしwww」と一蹴する後輩。
「俺は人柱か!!」
こう怒りながら、私はハッとしていた。
同じだった。
私がYにネガティヴになってしまう理由。
その根底にあるのは、正に後輩と同じ、それだったのだ。
肉体的な意味だけではない。
精神的な意味も含めてだ。
決して性格が悪いわけではない。
しかし、普段から見せる押しの強さに加え、感情が高ぶった時の暴走気味な行動。
スポーツを愛する精神を宿した、男勝りの恵まれた肉体。
いや、スポーツ云々は蛇足かもしれないが。
親の車を自分で運転して帰って行くYを、最初に会ったパーティーで見送って以来、ずっとそうだった。
Yと同じ空間にいる時の私と言えば、彼女が平静でいてくれるよう、常に祈っているような状態だったのだ。
恋人同士でもないのに、である。
やはり、どう考えても前進という選択肢は無い。
自宅付近だと言う路上までYを送ると、そこで集まりは解散となる。
1時間弱のところにある自室へと車を走らせながらも、私はネットゲームのことばかり考えていた。
そんなクリスマスを終えた、冬のある日。
私は、謎のストーカーによってダメージを被ることになる。
その日は休日だったこともあり、起床から部屋を出ず、ネットゲームに勤しんでいた。
実は映画に誘われていたのだが、「遠方の実家で、法事的なイベントがある。」という理由で断っていた。
勘のいい読者は既にお気付きのとおり、そんなのは真っ赤な嘘である。
私の趣味に合う映画だったが、恋人でもなく、関係を進展させるつもりもない女性と2人きりで観るつもりはなかったからだ。
「それに、今は映画よりネットゲーム。」
こんなことを真剣に呟きながら、何人もの女性キャラを並行して育成し、ネカマへの道を突き進み始めていた。
後の「俺きめぇwwwwシリーズ」である。
我を忘れて女性になりきっている内に、日が落ちてきた。
暗所でのゲームプレイは目に良くないと思い、部屋の明かりをつける私。
およそ10秒後、部屋に携帯電話のベルが鳴り響いた。
そう頻繁にはかかって来ることのない、私の携帯電話のベルが久々に、である。
誰からの電話か、なんとなく予想がついた。
こんなタイミングで来る電話に、他の心当たりなど存在しない。
しかし、それは決して当たって欲しくない予想でもあった。
恐る恐る、傍らの携帯端末に手を伸ばす私。
一気に鼓動が早くなるが、心を決めて表示画面を確認する。
そこには予想どおり、最も見たくない名前があった。
一瞬とるのを躊躇した私だが、すぐに諦める。
それによる状況の悪化を恐れたのだ。
「はい。」
たったこれだけの台詞を絞りだすのに、これほどの精神的労力を伴ったことがあっただろうか。
恐らく無かったと記憶しているが、そんなことはお構いなしに相手の言葉が飛び込んでくる。
「あれれ~?居るんですねぇ?」
全身の毛が逆立つのが、ハッキリと解る。
「ちょ、ちょっと体調が悪かったもんで・・。」
こんなベタな言い訳しか浮かばない私だったが、仮に芸術的な台詞を言えたとしても、意味は無かっただろう。
「キャハハハハハハハハハ!!1(プツッ・・・・ツー・・ツー・・)」
発言半ばにして、こんな笑い声に掻き消されてしまったのだから。
暫く動けない私。
文字通り、凍っていた。
頬を伝う汗が、驚くほど冷たい。
「見張ったね!!恋人にだって見張られたことないのに!!1」
こんな気持ちがようやく湧き上がって来たのは、かれこれ30分ほど経ってからのことである。
カーテンを閉めるが、「まだ見張られているのでは?」という不安が消えるまでには、更に1時間ほどを要した。
浮気を疑われ、恋人や妻に見張られる男。
ドラマなどで見かけるこんな色男ポジションに、少しだけ憧れたことがあるのは否定しないが。
恋人も妻もいないから浮気のしようがないのに、付き合ってもいない女に見張られる男。
これは、夢が叶ったなどという生易しいレベルではない。
飛び級か?
恋の超上級者編に、私は一足飛びに進級してしまったのか?
こんなイベントが起こるクラスに居るくらいなら、ずっと初心者のままでいたいものである。
次の恐怖は、バレンタインデーに訪れた。
その日は平日だったため、平常通り出勤していたのだが。
いつもより早く帰宅した。
そうしないと、ストーカーに出くわす可能性が増す気がしてならなかったからだ。
詳細は後ほど紹介するが、この頃、会社でのストーカー遭遇率は異常だった。
しかし、帰りの電車の中で携帯が鳴る。
最も危険なエリアからの脱出に成功した安堵感だろうか、私は電話に出てしまった。
「今夜は予定あるんですか?」
どこか記憶にある展開。
迷わず、「うん。」と答える。
「恋人さんと過ごすんですか?」
質問は続く。
ネットゲームオタクを前に、どうすればそんな発想になるのか解らなかったが。
せっかくなので「まぁそんな感じ。」と返して電話を終える。
やはり簡単には逃がしてくれないようだ。
部屋に向かいながら、私は次の手を考えていた。
ストーカーは、また来るに違いない。
こうなったら、本当に外出するか。
少し前に、出向先で同期だった人と、G県のキャバクラに行ったことを思い出した。
そこで会った娘に久々にピンと来た私は、その後も1人で逢いに行っていた。
正直、そこでの手応えは余り期待の出来るものでは無かったが、ストーカーの恐怖に怯えながら過ごすよりはマシである。
しかし結局、私は外出を取り止めた。
「今はキャバ嬢よりネットゲーム。」
そんな心の声に負けてしまったのだ。
問題は、駐車場に置いてある愛車。
故郷での法事なら「車を使わず電車で行った。」というストーリーも成り立ったが、今回は無理があるような気がする。
そのため、どこかに隠そうとも思ったが、面倒なので中止した。
「車で迎えに来た恋人と出かけて行く、モテモテな私を想像してくれたまえ。」
誰にともなく、こんなことを呟いていた。
既に夜だったが、9階にある部屋の明かりを消してゲームをする私。
今こうしてゲームが出来るなら、引き換えに多少の視力などくれてやる。
この情熱を他のことに注げていれば、もう少し違う未来があったかもしれない。
そんな鬼気迫るまでの情熱が、この時の私には確かにあった。
一般的な夕食の時間くらいに始めたのだが、気付けば日付が変わっていた。
我ながら、よく集中したものである。
それにしても、さすがに目が疲れて来ていた。
こんな暗闇で、光る画面を見続けていたのだから無理もない。
さすがのストーカーも、もう今夜は来ないだろう。
そう確信すると、部屋に明かりを灯した。
1分ほど待っても、電話は鳴らなかった。
安堵のもと、ゲームを再開する私。
そこに、玄関のチャイムがけたたましく鳴り響く。
誇張でも何でもなく、心臓が止まるかと思った。
抜けていく全身の力。
ストーカーの執念と共に、才能にも驚いた。
「頭いいな・・・・単調ぢゃない、恐怖の演出ってものが解ってる・・。」
言うことを聞かない四肢に気持ちの鞭を入れ、立ち上がると玄関に向かう私。
出たくはなかったが、出ないわけには行かなかった。
ふんだんに狂気を含んだ、こんな鋭い音のチャイム。
痺れを切らして連打されたら、私の精神が崩壊してしまうだろうから。
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