「暗く怖い場所の追想」THEME-SONG
【
ここまでのあらすじ】
上階から迫る女の靴音。
ユビキタスとの遭遇を避けるため、私は咄嗟に、見知らぬ部屋へと逃げ込んだ。
考えなしの行動が、再び自らを追い込むとも知らずに・・。
真の闇が支配する密室で私が最初にしたことは、閉じたドアのノブを両手で握り、力の限り閉まっている方向、つまり手前に引っ張ることだった。
ノブには捻って閉めるタイプの鍵もついていたが、うっかり音でも立てたら気付かれる。
部屋に滑り込んだタイミングは、それくらい間一髪だった。
そんな私の耳に、大した劣化もなく外界の音が飛び込んで来る。
カツーン・・・・カツーン・・・・カツーン・・・・カツーン・・カッ!?
カカッ!!・・カッ!!!・・・・ダンッ────!!1
カツーンカツーンカツーンカツーンカツーンガッ!!!
カツンカツンカツンカツンカtンカツンカツンカツンカツナkツンカツンカt
「ええええええええええ・・・・。」
ドアノブを握る私の手が、みるみる冷たくなって行く。
それが明かりの下ならば、蒼白となった色まで確認出来ただろう。
階下に到達したユビキタスは、網にかかったはずの私が居ないことを確認。
すぐに捜索を開始したようだ。
要約すれば何のことはない、これだけの話である。
勿論、素直に帰ってくれないことも想定はしていた。
だからこそ、こうして手に力を込めていたのであるが・・。
いくらなんでも、この「気」の豹変は想定外だった。
こいつは一体、何に変化したというのだ。
魔物か?スーパーサイヤ人か?
鉄の扉一枚隔てた向こう側で、髪を振り乱すような気配がざわめいている。
「まずい・・。」
居場所に気付かれノブに手をかけられたら、締め切っていられる自信が無くなってきた。
鍵がかかっていると思わせるには、ドアを微動すらさせてはならないのだが。
この相手に対して、そんなことが本当に可能なのだろうか。
ドラキュラ伯爵の居城に迷い込み、その手下でもやり過ごしているような気分になった。
幸い、外の気配は別の動きをとってくれた。
通用口の外を一通りチェックすると、エレベーター前を通って裏口へ。
その周辺にも居ないと見てとるや、階段を駆け上り始めた。
「今だ。」
慎重かつ速やかにドアノブについた鍵を回す。
よほどの大音量でもない限り聞かれはしないはずだが、それでも「カ、カチンとか音なんか出したら、絶対に許さないんだかんね!!」と鍵に向かって呟きながら。
特に目立つ音を出すこともなく閉まる鍵。
安全地帯の確保に成功した瞬間である。
だが、この戦いが予想以上に厳しいものになることを、この時の私は知る由もなかった。
カカカカカカカカカカカ!!
再び迫る靴音。
上階で成果の得られなかったユビキタスが、階段を下りてきたのだ。
ゼエゼエという息づかいが近くなる。
「こ~~こ~~か~~~~?」
メリメリと軋みながら開く扉、差し込む外界の光と、覗き込む狂気の笑みを湛えた瞳。
鍵を閉めていてもなお、こんな恐ろしい想像が頭をよぎる。
さすがにこれは無理でも、私に気付いた時、奴はどう出るだろうか。
開けるまで扉を叩き続けるか、あるいは小声で「待ってますよ、キャハ♪」と笑うのか。
いずれにしても、寿命が縮むことは避けられそうにない。
「ガコン!」
ここで、我々のいる1階にエレベーターが到着する。
「おつかれさま~。」
聞こえてくる女の声。
別の従業員が退社のために乗ってきたようだ。
「おつかれさま~(ゼエゼエ」
同じ挨拶を返した後、即座にこんな質問を付け足すユビキタス。
「これ乗る時、誰か見なかった?(ゼエハア」
なんという執念・・やはり私を捜している。
解ってはいたが、改めて事実を突きつけられ、全身に戦慄が走った。
「見なかったよ・・どしたの?」
回答する女の声。
「ううん、なんでもない(ハアハア」
言い切るユビキタス。
これだけ息を切らしながら、どの口がそんな台詞を発しているのか。
「そう?・・じゃあね(クスクス」
女は、「変な子」とでも言いたげに笑うと、ユビキタスを置いて帰って行った。
ユビキタスによる私の捜索が再開された。
範囲を広げたようで、靴音が時々、妙に遠くから聞こえる。
こうなると正確な位置の把握は難しいが、どうやら周辺道路までシラミ潰しにしているようだ。
これだけ確信を持って探し回るのは、上階で私の不在を確認して来たということか。
それにしても、である。
私がユビキタスを出し抜いて待ち伏せを回避したことは、これまでにもあったはずだ。
その度にこんな半狂乱を繰り返し、時には席に着いた私を確認に、6階まで上がって来ていたのだろうか。
想像しただけでゾッとする。
どれほどの時が経ったろう。
外の靴音が消える。
諦めて帰ったのだろうか。
しかし、ここまで散々予想を外されて来た私は、そうは思わなかった。
ドアの隙間から外を見た瞬間、歓喜に震えるユビキタスの瞳と鉢合わせるに決まってる。
こう考えた私は、ある決断をする。
ここで食事をしようというものだ。
これには心を折れ難くする効果も期待出来たが、どちらかと言えば、単純に時間が惜しいという気持ちが強かった。
私はしみじみと思った。
本当に恐ろしいのは幽霊や悪魔ではなく、人の心に宿る情念の炎でもなく、自分をここまで追い込む仕事だな、と。
早速、暗闇の中でしゃがみ込み、床に置いたコンビニ弁当の開封を始める私。
入口の脇に照明のスイッチがあることは確認していたが、僅かな光でも漏れたらと思うと、点けることは考えられなかった。
見えない唐揚げを見えない割り箸でつまみ、見えないご飯を口の中にかき込む。
「暗闇に目が慣れれば多少は物が見えてくる。」
小さい頃に何かの冒険物語で仕入れた、こんな知識は嘘っぱちだったなと思いながら。
コンビニで温めて貰った弁当は、既に冷え切っていた。
食べながら、涙が溢れた。
案の定と言うべきか。
再び靴音が聞こえ始める。
しかも近い。
恐怖に打ち勝つため、無理に楽しいことを考えるよう心がけたわけでもないのだが。
ふいに、大好きな「うる星やつら」という作品の、こんなエピソードが思い出された。
■■■面堂終太郎の物語■■■
暗所恐怖症と閉所恐怖症に悩む終太郎は、その原因を断つため、ラム達と過去に向かった。
そこで幼い頃の自分に酷い仕打ちを受けた終太郎は、逆上して反撃に移る。
暗い瓶(かめ)の中に逃げ込んだ幼い自分を、周囲の瓶を破壊しながら追い詰める終太郎。
そう、恐怖症の原因は自分だったのだ。=完=
作者である高橋留美子先生が私を見たら、こう仰ったに違いない。
怖がるか食べるか思い出すか、どれか一つにしろ、と。
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