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ロバート・ハリスのブログ一覧

2008年05月07日 イイね!

チンクエチェント

チンクエチェント みなさん、こんにちは。
 ひさしぶりの更新です。
 デッドラインが迫っていたイタリアの紀行本の執筆に埋没していました。



 あと、この前も書いたんだけど、なんとなくブルーな気分に陥っちゃって、回復するのに今までかかっちゃいました。この精神的状態のことはいつか小説にでも書こうと思っているので、ここでは割愛しますね。とにかく、だんだん元気になってきたのでもう大丈夫です。

 さて、クルマの話題からいきますけど、最近、新世代のフィアット500に試乗しました。そう、あの有名なチンクエチェントのニューモデルです。

 一言で言うと、可愛いクルマですね。全長がたったの3.5m。ヴィッツより小さくて、軽自動車を一回り大きくしたくらい。それにしては室内が広々としていて、ガラスルーフなので明るくて開放的です。インテリアもシンプルだけど中々洒落ていて、イタリア的にポップで可愛らしいです。

 横浜の実家の近くの細い裏道を走ったんですけど、もうスイスイって感じでどんな狭いところでもオーケー。目線が高いので狭い道も走りやすかったですね。

 もんだいはパワー不足と値段かな。急な坂道ではやっぱりパワーのなさを感じたし、高速道路とかはあんまり走りたくないクルマですね。ま、1.2リッターなのでこれはこれでしょうがないかなと思うんだけど、価格のほうはニューミニとそれほど変わらないので、ちょっと高いなというのが本音です。

 欧州カー・オブ・ザ・イヤーにも選ばれたこのクルマ、懐に余裕のある人がファッションアイテムとして買って、近所に買い物に行く時にだけ使うっていうのが一番妥当かなと思います。もちろんセカンド・カーとしてね。

 このチンクエチェント、古いオリジナル・モデルのほうは僕にとってロマンチックな思い出のあるクルマです。

 1970年、僕は最初のワイフのゲイルとオーストリアのエンツっていう古い町で結婚したんですけど、その時運転したのがフィアット500。安い航空券でアムステルダムまで飛んで、そこのレンタカーで一番安い車を! って頼んだら真っ赤なチンクエチェントが来たんです。で、これに乗ってアムスからドイツ、オーストリア、イタリア、スイス、フランスとヨーロッパを半周。僕は当時まだ運転免許を持っていなかったのでずっとワイフが運転したんですけど、今考えてみると、よくやったなと思いますね。

 ドイツではアウトバーンを使ったんだけど、なんせパワーがないので一番端のレーンをおそるおそる走るんです。

 でも、たまに僕たちより遅いトラックなんかがいて、それを抜くのに一苦労。後ろからビュンビュンクルマが迫ってきてブーブーあおられて、しまいにはパトカーに止められて、「遅すぎる!」って怒られました(笑)。

 あと、オーストリアとかスイスの田舎の村とか町の中を走っていると、イタリアの小さい車に背の高いアメリカ人の女性と日本人の男が乗っていて、おまけに運転しているのは女性だ!っていうんで、よくじろじろとものめずらしそうに見られましたね。

 オーストリアとイタリアの国境のところでワイフと喧嘩して、彼女がクルマでどっかへ行ってしまって30分ぐらい帰ってこなかった時は切なかったですね。

 イタリアのヴェニスに3日ぐらい滞在した後、大きなリュックを背負った日本人の学生のヒッチハイカーを乗せてあげたんだけど、スイスアルプスの急坂でストップしてしまって、僕と彼とであわてて車から下りて、押しながら走ったこともありました。狭い道だったんで後ろに大渋滞が出来てしまって、冷や汗もんでしたね。

 パリに入った時は完全に道に迷って、2時間ぐらい迷走した末に泊まったのが下町にあった「Hotel California]と言うロマンチックな名前のボロホテル。2人で町を歩いてポンヌフの橋に来た時、なんと向こうから僕の高校時代の親友の遠藤がやって来るではないですか! パリにいつか行ってみたいと言ってはいたんですけど、まさかポンヌフでばったりはちあわせするとは!

 結局、今度は遠藤がクルマに同乗してアムスまでちんたらと最後の道のりを走ったんですけど、ホントの珍道中でしたね。ちなみに遠藤はそれ以来、38年間、ずっとパリに住んでいます。

 ま、そんなわけでこのチンクエチェントにはずいぶんとお世話になりました。パワーはないし窮屈だったけど、やっぱり可愛いやつでした。今でも1枚だけ、ヨーロッパの田舎のポプラ並木の真ん中に停めたあの赤いクルマの写真があるんですけど、見るたびに懐かしくて、ほろっときちゃいますね。

 そんな道中を共にしたワイフのゲイルとも別れてかれこれ30年近くたちます。
彼女は今、僕の親友のピーターと彼らの4人の子供とオーストラリアの山奥で暮らしています。

 家はハンドメイドだし、菜園があって食事はほとんど全部自給自足だし、一番近いお隣さんが100キロぐらい先という、かなりワイルドな生活を送っているんですけど、10年ぐらい前に今の奥さんと尋ねて行った時、みんなとても楽しそうにやっていました。早朝と夕方には家の前に野生のカンガルーとワラビーが何匹も集まってきて、子供たちが餌を手であげるんですけど、これもまたワイルドで楽しかったですね。

 そうそう、2週間ぐらい前、ブルーのどん底にいた時、六本木あたりを車で走りながらなんとはなしにゲイルのことが頭に浮かんで、彼女と過ごした8年間っていったいなんだったんだろう、みたいなブルー的な物思いにふけり始めていた矢先、彼女から1年ぶりぐらいに電話が掛かってきてびっくりしました。

 きっとテレパシー的に何かを感じとってくれたんでしょうね。最近どうしてる? 元気だった? みたいなことを少し話した後、「あなたは私にとってとても大切な人よ。いつも想っているからね。だから元気を出して」とエールを送ってくれました。これにはかなりほろっときたんですけど、こういう話を書くとまた涙腺が緩むんで、今日はこれくらいにしておきますね。

 
Posted at 2008/05/07 17:47:05 | コメント(12) | トラックバック(1) | 日記
2008年04月22日 イイね!

孤独、涙、etc...

 みなさん、こんにちは。しばらくぶりのお便りになります。
はっきり言って、ここのところ落ち込んでいました。

 ある朝、信じられないぐらい寂しい夢を見たのが始まりです。
細かい内容は忘れましたけど、この世でたった一人になってしまうという夢です。今まであった愛や友情や人の温もりが全て取り払われ、冷たい宇宙に一人とりのこされた自分がいる。まるで母親に捨てられた孤児のように途方にくれてポツンと立っている。そんな、絶望的に孤独な夢です。

 泣きながら目を覚まして、そのまましばらく号泣していたんですけど、今でも思い出すと悲しくなります。そう、この気持ちを思い出しながら、第三京浜を走行中、大声を出して泣きました。

 僕は昔から泣き虫だったけど、今でもぜんぜん変わってないみたいです。
以前、最初のワイフと別れた時、初めて車を買って、オーストラリアの自然の中を走り回った時のことを書きましたけど、あの時も車の中でよく泣きました。ブッシュの中や荒野の泥道を走りながら、急に彼女のことが恋しくて恋しくてたまらなくなり、いつのまにか声を振り絞るようにして泣いているんですね。
 こまったもんですね…。

 いくつになっても僕の中には寂しがりやの子供が隠れているんですね、きっと。でも、車って、音楽を聴いたり、孤独を楽しんだり、考え事をするのに最適な空間だけど、泣くのにもいいってことを改めて感じました。

 密閉されているし、誰も人の顔なんか見ていないし、大きな声を出しても誰にも聞こえないし、町の中では一番いい「泣き場所」なんではないでしょうか。


 話は変わりますけど、先週、カービューにも記事を書いているカーライフエッセイストの吉田由美さんが雑誌『CREA』で連載している「この人とドライブしたい」という記事のゲストとして出演しました。

 毎回、吉田さんが車を運転しながらゲストと話しをする、という設定で、今回彼女がドライブしたのはBMW 1シリーズの1.2iカブリオレ。その日は久しぶりに快晴で、僕たちは横浜から三浦海岸の三扉浜というビーチまでドライブして、そこにあるBeach Bumsというレストランでランチを食べていろいろとお話しをしました。

 話のテーマは女性とのドライブ、特に女性が運転する車に乗ってどこかへ行く、というものでしたけど、僕は昔から女性にドライブしてもらうのが好きな男でしたね。きっと親父の影響もあるんでしょうね。

 彼は生涯、車を運転しない人で、男勝りのお袋が運転する横で楽しそうに座っていました。いや、たまに運転が早いとか乱暴だとか、もっと車間距離を空けろとか、うるさいことをぶーぶー言ってましたけど、母に運転してもらうことに関してはなんの抵抗も違和感もなかったみたいです。

 そんな親父を見ていたからなのか、以前書いたように僕も30歳になる手前で運転免許を取得するまではずっと最初のワイフに運転をまかせていました。まあ、ぼくはもともとMっけの強い男なんで、女性に主導権を握られることに何の抵抗感もないし、女性に運命とか身とかをゆだねることも好きですね。特に運転が飛び切りうまかったり、ビュンビュン行っちゃう女性には弱いかもしれないですね。

 僕は今、ロフィシェル・ジャポンという女性誌で『ドライバーズ・シートの女』というエッセイを連載していますけど、これの内容は全て、車を運転する女性との恋愛話です。

 まあ、そんなわけで、吉田由美さんとの話もかなり盛り上がったので、興味があったら『CREA』、6/7発売の7月号を見てみてください。
 
 僕はここのところ、懸命にイタリアの紀行文を書いていて、このペースなら今月中に書き上げられそうです。シチリアから始まって、最終的にはミラノまで行ったんですけど、今はちょうどトスカーナのシエナとフィレンツェに滞在した時のことを書いています。

 いやー、それにしてもイタリアはよかったですね。美しい中世の町や村がそのままの形で残っていて、そこに現代の人々が普通に暮らしていて、町として、村としてちゃんと機能している。それって奇跡的なことだと思いますね。
あと、出会った人々もみんな優しくてオープンで太っ腹な人たちで、その点、僕は本当に運のいい男だと思います。

 とくにシエナで出会った老夫婦は僕のためにトリッパ料理をやっているレストランを探して町中を走り回って、最後にはご馳走までしてくれました。
ま、そんな、人との出会いと友情のエピソードがいっぱい詰まった本になると思うんで、7月前後に出た時はぜひ読んでみてください。


Posted at 2008/04/22 17:15:57 | コメント(5) | トラックバック(0) | 日記
2008年04月11日 イイね!

横浜

 みなさん、こんにちは。今日は横浜のシルクセンターのとなりのパスポート・センターにパスポートを申請しに来ました。去年、何十年かぶりでパスポートを切らしてしまったからです。
 シルクセンターは大桟橋の入り口近くにあるんだけど、この辺っていいですよね。スカンディア・レストランがあって、そのならびに古いカフェが何軒かあって、六十年代から全然変わらない風景です。
 僕はいまその近くの横浜資料館の中にある、AU JARDIN DE PERRYというカフェで手作りのアップルパイとコーヒーを味わいながら、村上春樹の紀行文、「遠い太鼓」を再読しているところです。
 こういう一人の時間って大切ですよね。
 また近い将来、大桟橋から船にのって海のむこうに行きたいな。
Posted at 2008/04/11 17:09:45 | コメント(4) | トラックバック(0) | モブログ
2008年04月09日 イイね!

オーストラリア オンザロード

オーストラリア オンザロード 皆さん、こんにちは。
いつも変わらず、たくさんのお便り、ありがとう。
最近、『ベーブ』や『ミス・ポッター』などの監督で、僕の親友のオージーのクリス・ヌーナンが日本に遊びに来ていて、二人で食事をしながらオーストラリアを車で走った時のことなどを話してすっかり盛り上がったので、今日はオーストラリアをオン・ザ・ロードした時の話を少ししようかなと思います。
 まず、僕が車の免許を初めて取得したのがオーストラリアで、30になるちょっと前のこと。遅い ですよね。
 日本で大学へ行っていたころ、僕の遊び仲間が日産ブルーバードU2000GTやホンダS800クーペやトヨタスポーツ800(ヨタハチ)やトヨタ2000GTなどにむちゅうになっていたんだけど、僕はなぜか車にはまったく興味がなかった。なぜなのかは今でもわからないのですけどね。
 そんなわけで、大学在学中にアメリカ人のゲイルという女性と結婚して、お袋の運転していたカルマンギアを買い取った後も、運転はすべてワイフの担当。この車で東北の秋田までドライヴした時も、僕は助手席に座ってナヴィゲーター。ぜんぜん違和感なかったですね。
 そんな僕が初めて運転免許を取ろうかなと思ったのはオーストラリアのシドニーに暮らすようになって数年経ったころのこと。
 当時の僕はシドニーから電車で40分ぐらい離れた郊外に住んでいて、仕事も家の近くでしていたんで、町まで遊びにいくには時間がかかるし、あたりは田舎で何もないし、車なしでは不便だったんですね。
 車の運転の仕方を教えてくれたのはピーターという僕のオージーの親友。近くの空き地へいっては逆ハンのきり方とか砂利道でのスピンターンの仕方とか、けっこう高度なテクニックを教えてくれました。
 あのころのオーストラリアは運転免許を取るのもめちゃくちゃ簡単で、20ページぐらいの交通法が書かれたパンフレットを勉強して、試験日にはそこから出された20問ほどのマルバツテストをやって、それにパスしたら次は実施テスト。警察官と車に乗ってそのへんを20分ほどドライヴ。
 一応、坂道発進と駐車を要求されるけど、難しいのはそれぐらいで、あとはおまわりさんとぺちゃくちゃおしゃべりをして、そのへんをぐるっと回っておしまい。ばかみたいに簡単でした(聞くところによると今は日本と同じぐらい難しいそうです)。
 一発で免許を取った僕は(一発で取れないほうがおかしいんですけどね)さっそくディーラーから中古のホンダの軽自動車を買って(名前は忘れたけど、とにかく小さい車で50キロ以上出すとガタガタゆうようなやつでした)そのへんをちょこちょこドライヴしたり、町まで行ったりしていたんだけど、ちょうどそのころ僕はワイフのゲイルとわかれ、しばらくしてオージーで旅好きのゲイノーという女性と暮らすようになりました。
 彼女とは本当にいろんな所へドライヴしましたね。
 もちろん、僕のちっこいホンダでは遠出が出来ないので、よくレンタカーを借りて三日とか一週間とか二週間の旅をしました。
 借りるのは大体においてオーストラリアのホールデンっていうメーカーの車なんだけど、たまに奮発してヨーロッパ車やアメ車もレンタルしました。
 ある夏休み、僕たちは「エグゾティック・カーズ」というレンタカーからフォードのマスタングをレンタルしてクイーンズランド州のケアンズまでドライヴしたんだけど、あの時のことは今でもよく覚えていますね。
 とにかく遠かった。
 毎日、沿岸沿いのパシフィック・ハイウエイを何時間もビュンビュン飛ばすんだけど、夜、ビーチやブッシュのキャンプファイヤーの明かりで地図を見ると、まだまだケアンズまでは長い道のり。
 三日もすると急いでいくのが馬鹿馬鹿しくなり、それからはのんびりと、いろんなところを寄り道しながらオンザロードの旅を楽しみました。
 いろんな景色を見たけど、オーストラリアは本当に自然がすごいところです。
 何百キロも続く純白のビーチ。人がほとんどいなくて、砂が砂漠の砂丘のように波打っていて、たまに巨大なペリカンが水際にポツンと立っていたり、カンガルーの群れがビーチに横になって日向ぼっこしていたり。
 枯れ木と化した真っ白な木々に覆われた化石のような森。
 砂塵舞う、赤土の荒野。
 早朝、霧が波のように静かに流れ込んで来て全てを覆う、緑の湿地帯。
 崖の斜面に重力に抗うように立ち並ぶ、巨大な丸い石の群れ。
 道の両側に2メートルほどの高さの蟻塚が何キロにもわたって並ぶ、広大なブッシュ。
 そんな風景の中、ぼくたちは窓を全開にして風の音を聴きながら、或いはテープの音楽を聴きながら、車を飛ばしました。
 よく聴いた音楽はムーディブルーズ、ピンクフロイド、ジャクソン・ブラウン、ヴァン・モリソン、クリス・レア、トーキング・ヘッズ、アメリカ、etc.
 夜はほとんど毎晩、自然の中でキャンプ。
 ゆらゆらとゆれる炎の光に照らされた赤いマスタングはなかなかかっこよかったですね。
 このように、オーストラリアのオンザロードの話は尽きないので、これからも半シリーズ的に書いていきますね。期待していてください。
Posted at 2008/04/09 17:49:05 | コメント(4) | トラックバック(0) | 日記
2008年04月06日 イイね!

トーク、ライヴ、ETC.

トーク、ライヴ、ETC. みなさん、こんばんは。 昨日、土曜日の常福寺での講演会「Memento mori 死を想え」、楽しい時間を過ごすことが出来ました。 僕は「ブレードランナー」の話しから弟の死について、死後の世界への自分なりの思いなどを話したんですけど、このテーマにたいする考えをまとめてくれたのは、僕のおふくろでした。
 講演の1日前の深夜、医者で無神論者で、精神世界だとか安直な神秘主義思想といったものをきらう母親に「おふくろは死についてどう思ってんの?」と聴いたのだけど、彼女はこんなことを言ってくれました-「死って生まれる前の状態にもどるようなことなんじゃない。私たちの意識が拡散して大きいものに戻っていくのよ。宇宙的意識とかそういう言葉は嫌いだけど」
 僕が、「じゃあ死んだら先に逝ってしまったロニーやリッキーには会えないの?」と聴くと、「そういう次元の話しじゃないと思うのよ、死って。それにロニーもリッキーもこの世を走り過ぎていったのよ。とても早くね。そして私は彼らと楽しい時間を過ごすことができた。短かったけど。それでいいと思っているの」
 言うまでもなく、彼女の言葉は僕をとても軽やかな気分にさせてくれたし、話しの核になるスピリットを含んでいたような気がする。
 また、僕の話を聞きに来てくれた方々、本当ににありがとう。講演の後にあって話しをすることかできてとてもたのしかったです。 あとお寺も素朴で感じのいいところだったし、いっしょに講演されたペインクリニックの土地邦彦さんもとても温かい方だったし、精神科医の野田正彰さんの話しはテーマから完全にそれていましたけど、なかなか興味深いものでした。

 金曜の夜は友人の野宮真貴さんのライヴ、「エレガンス中毒」を見にいったんだけど、クリス・ペプラー他、最近会っていなかった古い遊び仲間たちに逢うことが出来たし、とにかく真貴さんのライヴが良かったですね。真貴さんの声はいつにもまして美しく透き通っていたし、彼女のスタイルは抜群だし、演出、衣装、照明、舞台、ライティング、すべてがとてもゴージャスでお洒落でエレガントで華麗で、適度にユーモラスでエロティック。英語に「CAMP」という言葉があって、キラキラと輝いて、リッチで官能美にあふれていて、好い意味でゲイが喜びそうなテイストのもの、と言う意味なんですけど、このライヴはとてもエレガントなキャンプでした。
Posted at 2008/04/06 03:29:31 | コメント(4) | トラックバック(0) | モブログ

プロフィール

'48年横浜生まれ。 上智大学卒業後、'71年日本を後にし、東南アジアを放浪。 バリ島に1年間滞在後、オーストラリアに渡り延べ16年間滞在。シドニーで書店&...
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