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石狩港302のブログ一覧

2022年05月01日 イイね!

フォルクスワーゲン・アウディ新販売網DUO店発足から30周年を経過

フォルクスワーゲン・アウディ新販売網DUO店発足から30周年を経過本日でドイツ・フォルクスワーゲンAGとアウディAGの日本法人「フォルクスワーゲンアウディ日本(現フォルクスワーゲングループジャパン アウディ車については1998年から2021年までアウディジャパンが輸入)」の独立系販売網「ファーレン店(現フォルクスワーゲン店 アウディ車はアウディジャパン発足後はアウディ店へ移行)」に次ぐトヨタ自動車をディストリビューターとした今までの国内メーカーの輸入車販売に多かった国産車と併売ではなくフォルクスワーゲン・アウディ専門の新販売網「DUO店(2010年度を最後にトヨタ自動車とのディストリビューター契約解除によりフォルクスワーゲングループジャパンとの直接契約へ移行)」の発足から30周年を経過しました。
日本におけるフォルクスワーゲンビジネスは1953年からヤナセが総輸入元となって1954年から「ビートル」と言われるタイプⅠの正規輸入を開始を皮切りに1967年に「アウディ」ブランドの輸入開始、1983年には日本法人「フォルクスワーゲン株式会社」を設立、1984年には1977年から始まった日産自動車との提携により「サンタナ(Ⅿ30系)」を日産自動車座間工場によりノックダウン生産開始、1989年には「フォルクスワーゲン アウディ 日本」へ社名変更と新販売網「ファーレン店」の正規ディーラーフランチャイズ募集開始、1990年には日欧貿易摩擦対策による国内メーカーの輸入車販売拡大と「サンタナ(Ⅿ30系)」の後継車としてDセグメントサルーン(現在ではCセグメント相当)「パサート(319A ヴァリアントはヤナセ直輸入専売)」日産自動車による輸入開始(1991年度もって終了)とVANによる正規輸入開始それによる新販売網「ファーレン店」発足と営業開始、1991年にはトヨタ自動車と日欧における包括販売提携を実施、1992年にはファーレン店に次ぐ第二販売網「DUO店(2010年度を最後にトヨタ自動車とのディストリビューター契約解除によりフォルクスワーゲングループジャパンとの直接契約へ移行)」の発足とそれによる40年近く続いたヤナセにおける輸入販売終了となりました。
第二章目は「フォルクスワーゲンアウディ日本(現フォルクスワーゲングループジャパン アウディ車については1998年から2021年までアウディジャパンが輸入)」への輸入権完全移行後のフォルクスワーゲングループビジネス。
1993年 国内向け法規対応と型式指定輸入自動車の完成検査を行うインポートセンターの本格操業と「DUO・ファーレン店」の合計店舗100店化の実現。
1996年 日本法人社名をフォルクスワーゲングループジャパンへ変更。
1998年 アウディ車の正規輸入権をドイツ・アウディAG子会社の「アウディジャパン」へ移管、同時にアウディ店発足によりファーレン店のアウディ販売終了(DUO店では2000年度までアウディ車を取り扱っていたと思われる)。
2001年 「ファーレン店」が「フォルクスワーゲン店」へ名称変更。
2002年 コーンズからロールスロイスとベントレーの正規輸入権の移管(ロールスロイスについては2004年からロールスロイスモーターカーズリミテッドへ移管)。 
2005年 ヤナセ完全子会社「ヤナセヴィークルワールド」がフォルクスワーゲングループジャパンとの正規ディーラー契約を締結によりヤナセグループによりフォルクスワーゲンの販売が再び開始される。
2010年 VWJとトヨタ自動車のディストリビューター解除によりDUO店終了、同時に存続店についてはVWJと正規ディーラー契約のVW店へ移行。
2015年 VWAGによって「ディーゼルゲート」と言われる不正ソフトを使用したディーゼル排ガス不正事件が発覚によりいままで日本国内おけるインポートカーシェア№1のフォルクスワーゲングループジャパンがメルセデスを輸入する「メルセデスベンツ日本」にインポートカーシェア№1の座を譲る、同時に「DUO・ファーレン店」から続いたディーラーの契約解除による閉店が始まる。
2022年 VWJが会社名は従来通りフォルクスワーゲングループジャパンのままであるがアウディジャパン(及び傘下のランボルギーニジャパン)を吸収合併、直輸入開始の1991年から1998年以前と同様の日本法人体制となるが4ブランドごとの独立ディーラー販売網は当面継続される。
フォルクスワーゲンアウディ日本が輸入を行いトヨタ自動車がディストリビューターとなって各地域のトヨタ店をはじめにトヨペット店やカローラ店とオート店(現ネッツ店)、ビスタ店(ネッツ店へ統合)を営む販売会社が運営するヤナセやフォルクスワーゲンアウディ日本(現VWJ)直系で地域販売会社との正規ディーラー契約の第二販売網「ファーレン店(現VW店)」の次に誕生した第三の販売網「DUO店(現在はVW店に統合)」についてはDUO店発足と同時に3代目(1H系)が発売となったゴルフ・ヴェント(1H系)と言った一部を除く5ナンバーの量販小型車はヤナセ時代に比べて円高と「外車の価格破壊」により低価格が進んだことにより国産車からの代替が多くDUO店とファーレン店ともに好調でしたが併売するアウディ車についてはプラットフォームはキャリーオーバーであるが3ナンバー幅に移行した「A4(B58B系)」へのフルモデルチェンジにより3年7か月の短いモデルサイクルっとなった80(B48C系)は基本5ナンバー車であることから好調でもビッグマイナーチェンジ時に「A6」へ通称名変更する100(4AA系)は200(443BF)を引き継ぐような2.8EクワトロAWD(4AAAHF)が用意される1994年モデル以前は苦戦が続き、V8(44A)はヤナセ専売時代同様に少量輸入でまたゴルフ・ヴェント(1H系)以外の車種についてもヴァナゴン(70A系)以外は苦戦を余儀なくされました。
アウディ車については通称名A#に移行してからVW車と住み分けが進みヤナセ時代ではないにしても少し回復しましたがプレミアムブランドとして確立したのはアウディジャパン時代で「アウディ店」専売後からだと言えます。
「ゴルフⅣ」と言われる1J系ゴルフ以降からフォルクスワーゲンもプレミアム路線と車種ラインナップを拡大してディーゼルゲート事件以降も同様ですが少しづつ沈静化はしていますが「COVID-19(SARS-CoV2)」と言われる新型コロナウイルスだけではなく昨年度後半以降から感染・発症が大きく広まった「SARS-CoV2」の一種でイギリス由来の「N-501Y変異株」やインド由来の「B.1.617」とΔ株やλ株さらには「ミュー株」や昨年度下半期から蔓延した「オミクロン株」の感染蔓延により発生した「コロナショック」不況や半導体不足による輸入台数削減もあってフォルクスワーゲングループジャパンがアウディジャパン(及び傘下のランボルギーニジャパン)を吸収合併したと思いますが現状は専売チャネル体制を維持しても今後の経済動向をはじめに「ADAS」と言われる先進運転支援システム搭載車だけではなく令和6年4月以降に自動車整備事業行う場合に取得が義務付けられる自動車整備高度化に基づく特定整備認証・指定制度や「CASE」と言う自動運転化と電動化の推進により販売台数の少ない地域ではかつてのファーレン店(1997年度まで)・DUO店(2000年度まで)のようにフォルクスワーゲン・アウディ併売ショールームを備えた店舗が再び出る可能性もあると言えますが仮に出たとしたらかつてのように住み分けがしにくいと言うこともあり得ると思います。
「DUO店」の終了から11年半近く経過しましたがその後のトヨタ販売会社における輸入車ディーラービジネスノウハウ作りに貢献してDUO店の終了または2015年のディーゼルゲート事件などによるVWディーラー撤退も多かったが特にかつてはDUOもいわ店(2004年閉店)と平岡店(VW平岡店)を営んだトヨタカローラ札幌については「ICS」と言うインポートカーセールス子会社を立ち上げVWだけではなく「COVID-19(SARS-CoV2)」と言われる新型コロナウイルスによって発生した「コロナショック」前はグループPSAジャパン(現ステランティスジャパン)との契約により「プジョー」をはじめに「シトロエン」や「DSオートモーティブ」の正規ディーラーも営んでいてもVWJとの契約によりVWディーラーのみ継続してるのはDUO店時代からのノウハウがあるからだと言えます。
今回の画像についてはDUO店で販売されたVW・アウディ車を特集します。
1枚目の画像については1990年にドイツアウディAGからEセグメント車(現在ではDセグメント相当)「100」の4代目モデルとしてセダン(サルーン)と ワゴンモデルのアバントが発表され日本では1991年10月からフォルクスワーゲンアウディ日本とヤナセ(1992年に撤退)によりにより「100」の輸入販売を開始され1994年モデルから100時代最終期の右ハンドルATの4AAAHF型クワトロが追加、1994年のビッグマイナーチェンジにより「A6」に通称名が変更されたアウディA6セダン2.8Eクワトロ(4AAAHF)です。

Posted at 2022/05/01 19:05:55 | コメント(0) | トラックバック(0) | 自動車一般 | クルマ
2022年03月31日 イイね!

特定整備への完全移行まで残り2年

今日で令和6年4月以降もガラス交換を含めた自動車整備事業行う場合に取得が義務付けられる自動車整備高度化に基づく特定整備認証・指定制度への完全移行まで2年となりました。
今年度に見た限りディーラー系の特定整備認証・指定は進んでいないことが意外と言えました。
Posted at 2022/03/31 21:41:40 | コメント(0) | トラックバック(0) | 自動車一般 | クルマ
2022年03月31日 イイね!

苫小牧市内で見た旧年式車

苫小牧市内で見た旧年式車
今回の記事は苫小牧市内で今年度に見かけた初年登録13年以上経過による自動車税15%重課算対象(クリーンディーゼルを含めたディーゼル車は11年以上 ハイブリッド車対象外 令和5年度以降はは詳細不明)を特集します。
苫小牧市内についてはNOx・PⅯ法対象外でありながら環境対策に厳しく「COVID-19(SARS-CoV2)」と言われる新型コロナウイルスの蔓延が続きイギリス由来の「N-501Y変異株」やインド由来の「B.1.617」とΔ株やλ株さらには「ミュー株」や「オミクロン株」などの「COVID-19(SARS-CoV2)」の感染蔓延により高齢ユーザーを中心にマスメディア主導の通院時と買い物時の「3密」回避のためのマイカー復権論が他の世代に比べて高まっているが予想ほどではない札幌市内に比べて古いクルマは多いと思いますが塩害による錆の関係から平成11年5月(先行区域は平成10年5月に3桁ナンバーに移行)以内の2桁分類ナンバーの現存率は低いと言えます。

1枚目の画像については1985年8月にトヨタ自動車から発売された歴代セリカで初のFF横置きとなったT160系兄弟の一員で世界一背の低い4ドア車と言われトヨタ初の4ドアピラーレスハードトップが採用され「4ドア新気流」と言うキャッチコピーが採用されたトヨタカリーナED2.0Gリミテッド前期型(ST162)です。

2枚目の画像については1989年に発売された海外ではインフィニティブランドのフラッグシップで、1989年11月に日産自動車からパーソナル向けフラッグシップサルーンとして国内向けが発売された日産インフィニティQ45後期型(HG50 タイプVGパッケージアクティブサスペンション装着車だと思われる)です。

3枚目の画像については1991年8月に北米スバルから「SVX」として発売され9月に富士重工業(現SUBARU)から発売された「アルシオーネ」第2世代目モデルで海外では「XTクーペ」と名乗った事実上の先代(AX系)とは異なり全車3ナンバー化と同時にイタルデザインを率いるジョルジェット・ジウジアーロ氏が原案を手掛けるミッド・フレームウィンドーとグラスキャノピーデザインの採用とセンターデフを有する電子制御トルク配分フルタイム4WD「VTD‐4WD」とEG33型水平対向6気筒エンジンが搭載されたスバルアルシオーネSVXバージョンE(CXW アプライドA型と思われる)です。

4枚目の画像については1991年5月に当時のダイムラーベンツ(メルセデスベンツグループAG)からメルセデスのFセグメントカー「Sクラス」の「W/V140系」と言われる第3世代モデルとして発表され日本では1991年8月(発売は9月)にメルセデスベンツ日本から正規輸入が開始されて本国では「環境破壊車」として批判されたが日本では「ベンツらしい」と言われたメルセデスベンツSクラス後期型(140057型S600Lと思われる)です。

5枚目の画像については欧州フォードのCセグメントカー「エスコート」の後継の世界戦略車として1998年欧州フォードが発表、その後フォード・モーターが世界戦略車として展開、日本では2000年3月からフォード自動車(日本)と旧オートラマのフォードセールスジャパンの業務を継承する米国・フォード・モーターの100%出資の米国法に基づく直轄子会社「フォード・ジャパン・リミテッド」により(撤退済み VTホールディングス傘下のピーシーアイがフォード・サービス・ジャパンとしてアフターサービスを実施)輸入販売が開始されて2003年1月に平成12年排出ガス規制適合の後期型へ移行したフォードフォーカスユーロプラス(WF0FYD)です。
Posted at 2022/03/31 19:54:44 | コメント(0) | トラックバック(0) | 自動車一般 | クルマ
2022年01月31日 イイね!

生産終了車

今年度も昨年度ほどではないしても生産終了が多かったがかつてはリッターカーの代名詞だった日産自動車の「マーチ」が日本国内向け正規輸入が終了となりました。
「マーチ」国内向け終了は日産を長年支えただけに残念な部分もありますがタイで生産される輸入車となったK13系は従来型と同一サイズを維持するためにAセグメントへの格下げ後は販売の低迷が続いただけに仕方がないと言えます。
Posted at 2022/01/31 19:59:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 自動車一般 | クルマ
2021年11月01日 イイね!

アンフィニ店の誕生から30周年経過

アンフィニ店の誕生から30周年経過今日でマツダの販売チャネルであるマツダアンフィニ店の前名称のマツダオート店から名称変更を受けたアンフィニ店の誕生から30周年経過しました。
当時のマツダはバブル景気により販売会社の種類を増やす多チャンネル作戦を行いスタンダードなマツダ店、スペシャリティ路線のユーノス店、軽自動車とイタリア車のランチァを主力にするオートザム店(現マツダオートザム店)、フォードブランド車を取り扱うオートラマ店(その後のフォード店 2016年のフォード・ジャパン・リミテッド日本撤退によりフォード車のアフターサービスを引き継ぐVTホールディングス傘下のピーシーアイが提供するフォード・サービス・ジャパン店へ移行)などが展開されてましたがその一環としてオート店についてもアンフィニ店(現マツダアンフィニ店)に変更されました。

ロータリーエンジン搭載のアンフィニRX-7(FD3S型)とセンティアのアンフィニ版であるアンフィニMS-9(HD系)、クロノスのアンフィニ版5ドアハッチバックのアンフィニMS-6(GE系)、ミニバンのアンフィニMPV(マツダMPVからの名称変更 LV系)が名称変更時の専売車種として10月に発表、11月(RX-7のみ12月に発売)に発売されましたがその後アンフィニ店専売車種はペルソナ(MA系)後継の4ドアピラードハードトップのアンフィニMS-8(MB系)が発売されたくらいでその他取り扱い車種についてはマツダ店との併売車種が多かったことが実態であった。

1992年10月 マツダ5チャネル作戦の象徴として名高いテレビ朝日系「木曜ドラマ・大空港'92」の劇用車にセンティア(HD系)のアンフィニ版のアンフィニMS-93.0タイプⅣ(HDES)とクロノス兄弟の一員でペルソナ(MA系)後継の4ドアピラードハードトップのアンフィニMS-82.5タイプX前期型(MB5A)を起用。
その後アンフィニ店についてはバブル崩壊と5チャンネル作戦の失敗によるアンフィニ店専売車種の縮小と同時に併売車種の拡大が行われ、1996年(平成8年)4月にはユーノス店の統合によりマツダアンフィニ店への名称変更が行われました。
マツダアンフィニ店への名称変更後は1997年(平成9年)には多くの車種はマツダ店と併売化されていましたが新ブランドアイデンティティ戦略により新マークの導入と同時にアンフィニ店専売車種についてもマツダブランドに変更され、多くの地域ではマツダ店への統合が進み、2002年(平成14年)のRX-7(FD3S)の生産終了によりマツダアンフィニ店はマツダ店への統合が進んだ。
現在ではマツダアンフィニ店もマツダ店も同一車種を販売する関係から2000年に比べてマツダアンフィニ店のマツダ店への統合がさらに進みマツダアンフィニ店を名乗るマツダディーラーも数を数えるくらいになってマツダの本拠地である広島県(国土交通省中国運輸局広島運輸支局管内)を営業エリアにするアンフィニ広島など現在でも残るマツダアンフィニ店を営む販売会社については2014年以降から新デザイン店舗へ移行を進めているようですが「COVID-19(SARS-CoV2)」と言われる新型コロナウイルスによるにより発生したコロナショックによる不況の長続きにより2020年度以降から改装がひと段落してるようです。
マツダの本拠地である広島県(国土交通省中国運輸局広島運輸支局管内)を営業エリアにするアンフィニ広島ではCOVID-19(SARS-CoV2)」と言われる新型コロナウイルスによるにより発生したコロナショックをはじめに「SARS-CoV2」の一種でイギリス由来の「N-501Y変異株」やインド由来の「B.1.617」とΔ株やλ株さらには「ミュー株」の感染蔓延により高まっているマスメディア主導の「3密」回避のためのマイカー復権論により需要が高まっている個人向けマイカーリースに別支払いが多い自動車保険を組み込んだ一般的には「サブスク」と言われ使用した分に対価を支払うサブスクリプションプランを導入していますがマツダはバブル崩壊期に「らっく楽!カーリース」で個人向けカーリースを提唱しただけにインターネット申し込み(現段階の制度上登録関連書類は郵送)による全国展開が必要と言えます。
北海道札幌地区でもかつてはアンフィニ販売会社が2社もあって北海道にはさらにアンフィニ旭川とアンフィニ道東がありましたがその後、マツダアンフィニ北海道に一本化され現在では函館マツダの営業エリアである国土交通省北海道運輸局函館運輸支局管内を除き北海道マツダ販売に統合されましたが個人的にはアンフィニという名称に思い入れあるだけに10年以上経過した現在でも残念に思います。
マツダ現在推進するプレミアム路線としての完成形としてマイルドハイブリッドを含めた直6縦置きエンジン搭載するFRアーキテクチャー採用のラージモデルでもクロスオーバーSUVの発表計画が出ていますがマスメディア主導の「3密」回避のためのマイカー復権論が高まっていても「COVID-19(SARS-CoV2)」と言われる新型コロナウイルスによるにより発生したコロナショックをはじめに「SARS-CoV2」の一種でイギリス由来の「N-501Y変異株」やインド由来の「B.1.617」とΔ株やλ株さらには「ミュー株」の感染蔓延と半導体不足による不況の長続きだけではなく昨年度から行われている「CAFE」による燃費基準の強化と将来的な「CASE」と言う自動運転化と電動化の推進により一部についてはお蔵入りの可能性もあると言えます。
今回の画像についてはアンフィニ店専売のマツダ車の画像を特集します。
1枚目はマツダのE/Fセグメント(現在ではEセグメントに相当)フラッグシップサルーン「センティア(HD系 海外名929)」のアンフィニブランド版のマツダアンフィニMS-93.0タイプⅢ(HDES)です。
2枚目についてはクロノス兄弟の一員で「クロノス(GE系)」の5ドアハッチバックセダン版で海外では「626」として販売されたDセグメントカー(現在ではCDセグメントに相当)のマツダアンフィニMS-62.0タイプFフルタイム4WD(GESR 1992年3月発売)の画像です。
3枚目についてはクロノス兄弟の一員であるが「インテリア・イズム」と言うCMが話題になったGD系カペラベースのトヨタカリーナED(ST160系)へ対抗する4ドアピラーレスハードトップ「ペルソナ(MA系)」後継の4ドアピラードハードトップであるがトヨタマークⅡ3兄弟(X80/90系)をはじめにホンダインスパイア・ビガー(CC2/3型)へ対抗するDEセグメント(現在ではCDセグメントに相当)ハイオーナーサルーンのマツダアンフィニMS-82.5グランデールG後期型(MB5A)です。
Posted at 2021/11/01 00:01:24 | コメント(1) | トラックバック(0) | 自動車一般 | クルマ

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「10月15日午後 http://cvw.jp/b/344557/48713075/
何シテル?   10/15 15:56
最近の車と1980年代から1990年代の車を主力にしたブログです。                    たまには、生活についても触れたいと思っています。 ...
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