
なんか、いきなり哀愁漂うお題目となってしまいました。
今回スイスポにフラッシュエディターをつけてみて、思ったことがあります。
それは、現代の新しい型のスポーツカーいじりって、昔のスポーツカーに近づけることなのではないか・・・ということです。
フラッシュエディターをつけて以降、車の挙動が素直になったと思います。
ただ、これは車の進化の歴史から見ると、逆に退化させていることに他ならないと思ってしまいます。
例えば今回のアクセルペダルに対するレスポンス。
フラッシュエディターのお陰で、操作に対する車の反応に一体感がでましたが、これって、昔のスポーツカーなら普通のことでした。
昔はスロットルがワイヤー式で、物理的にリニアなアクセルレスポンス特性をもっていました。
僕が昔乗っていた最終型プレリュード(5代目)もそうです。
エンジンの出力特性も同じで、昔は高回転型のエンジンが主流で、むしろチューニングの方向性は中低速トルクを増す、つまりは低回転化を目指すという方向性でした。
わかり易い例を挙げると、S2000が後期型にマイナーチェンジした歳、排気量を上げ、レブリミットを引き下げるという変更を行ったのは、まさにそれでしょう。
実際のところ、車の「速さ」「扱いやすさ」に着目するならば、この出力の低回転域化は合理的であり、否定する要素はありません。
冒頭のアクセルレスポンスについても同じです。
雑なアクセルワークでも、極低速域でのアクセル開度を意図的に抑えることでタイヤの空転を抑え、トラクションを逃さないという仕様は、結果として誰が乗ってもある程度の速さを得ることが出来るということでもあります。
要は、「誰が乗っても安全、かつある程度速い車」というのが、現代のスポーツカーの方向性なのだろうということです。
一方で、こうした合理的な特性は、「人車一体感」としてのシンクロ率を下げてしまう要因でもあり、今回僕がECUチューンを行った真の狙いでもあります。
懐古厨と言われれば、それを否定できるものではありませんが、実際に乗り手とのシンクロ率の上がった車を操るのは快感そのものです。
最後になりますが、
スポーツカーがなぜ「スポーツ」と銘打ち、どのように定義されているのか。
もし仮に、スポーツカーにおける「スポーツ」の定義を、陸上や野球といった自分の手足を操ることでアクションを行う競技と同じように、「自分の思うがままに車を操れるコト」とするならば、
フラッシュエディターを装着したことは、改善という名の退化でもあるわけです。
・・・と、40代のおっさんが物思いにふけてしまった今日このごろです。
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まぁ蛇足とはなりますが、僕自身、所有しているZC33S型のスイスポや、現行型WRX(の試乗)、GRヤリス(の試乗)くらいしか最近のスポーツカーの経験値がないため、他の車ではこの2024年においても純粋にスポーツしている車種があるかもしれません。
Posted at 2024/09/15 11:42:43 | |
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