GT-Rとは魂。
わが国には、私を含めて何故、これだけ、GT-Rの信奉者(原理主義者といっても過言ではない)がいるのでしょうか。何故、これだけ人々を熱狂させるのでしょうか。善きにつけ悪しきにつけ、何故、常に話題の中心となるのでしょうか。
それは、作り手も乗り手もGT-Rに魂を感じ、それを熱狂をもって育んできたからです。
車とは本来移動するための単なる道具です。道具であれば、本来、いかに地点間を効率的に移動できるかという1点だけが問題にされるだけであり、その性能さえ満足していれば足りるはずです。
でも、GT-Rはそうではない。ドライバーの魂を高揚させ、他人より1秒でも早く到達することを要求する。しかも、単に速いだけではなく、そこにドラマ性も要求される。
ドライバーの魂を高揚させることが出来るのは、車自体に魂がこもっているからに外なりません。
その意味で、911も魂が込められた車だと思います。でも、GT-Rとはまた違った性質の魂です(どちらが良いとか悪いとかではなく)。
バルター・ロールおじさんがしゃかりきになって、GT2で7分32秒を出した映像は、素晴らしく良くできたものでした。感動しました。でも、我が国は彼の国と並ぶ技術大国です。工業先進国です(今でも。たぶん)。GT-Rの開発ドライバーは加藤博義氏であり、同氏が厚生労働省から「現代の名工」に選ばれたことは今更言うまでもありません。そんな超絶的な官能評価ができるとして国がお墨付きを与えたドライバーが開発に携わった車というものが、日本はおろか世界に幾つもあるのでしょうか(私は未だ35GT-Rの試乗ができませんが、しかし35GT-Rの開発に加藤氏が携わったということを聞かないので、その点では危惧を感じることがあります)?
ある程度車が好きな人物であれば、GT-Rに乗れば必ずや何か心に語りかけるものを感じるはずです。それが、GT-Rの魂です。その魂は、恐らくポルシェほどには洗練されていないかも知れませんが、その分猛々しさがあります。
でも、この魂は極めて個性的であり猛毒を含んでおりますので、いっぺんで虜になってしまう人もいれば、生理的に全く受け付けないという人もいるでしょう。でも、個性的ということはそういうことです。GT-Rは間違ってもトヨタ車にはなれないのですから。
但し、この車に乗って何も感じることがなかったとすれば、それは不幸なことです(個性が強すぎるため、好きか嫌いかのいずれかと思います)。
そしてまたそれ以上に、類い希な資質を持ったこの車に乗ったこともないのに、この車の価値を否定する方は、様々な意味で極めて不幸な方です。
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GT-Rとは宗教。
先にGT-R信者が原理主義者であると書きました。それは信者の強烈な信仰心だけを観察するならば、あながち間違いだと思いません。
でも、それと矛盾する言いに聞こえるかも知れませんが、GT-Rとは多神教であり、極めて日本的です。
我々は、自動車文化がドイツで発祥し、アメリカで花開いたことを知っています。その意味では、自分たちが模倣者であることを痛いほど熟知しているのです。そして、我々の先達は、ドイツやアメリカの車を模倣し、それを乗り越えるために死に物狂いで努力をしてきました。そして、言うまでもなくGT-Rもその過程に生まれました。
第2世代GT-Rは、直接的にはシエラを完膚無きまでに叩きつぶすためにこの世に生を受けました。でも、世代を問わず、GT-Rは特にドイツの駿馬を(一方的に)範にして乗り越えることを、殆ど唯一の目標としてきました。
即ち、GT-R信者はGT-Rを神として崇めているけれど、GT-R教は一神教ではないのです。GT-Rとは唯一絶対の神ではないのです。GT-Rの経典には、ドイツやイタリーなどの外国にも優勢をふるう神がいることが記述されています。そしてそれらの神は、我々が尊敬し、いつか凌駕すべき神とされています。
この意味で、GT-R教には八百万の神が登場します。
そしてGT-Rという神は、生まれた当初は劣後した神でした。だから、常に強烈な劣等感をもち、いつの日か他の神々を実力で征服することだけを悲願としてきました。この意味で、GT-Rはネガティブな存在です。
他の強力な、或いは極めて美しい神々がいたからこそ、GT-Rの劣等感は強烈に光り輝いたのです。だからこそ、GT-R教は多神教でなければ成立し得ないのです。
まさに、我が国の国民性そのものではないですか。
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4年近く乗ってみて、不詳私が感じたことは概ね以上のとおりです。
第2世代と第3世代との間に連続性があるのかどうかは、35GT-Rに試乗したことがないため分かりません。断ち切るべき部分もあると思いますし、いい意味で連続していて欲しいと願う部分もあります。
それでも、一つだけはっきりしていることがあります。
911という舶来戦闘機、かつて我々が憬れた偉大なドイツの駿馬に乗ることになってもなお、私はGT-R乗りだった記憶や誇りを絶対に忘れません。そして間違いなく、未来永劫、私はGT-Rの狂信者であり続けます。
日本人だから。
Posted at 2008/06/01 20:06:57 | |
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