
1作目の日本公開は1982年ということなので、もう25年以上も前のことです。
当時、高校生だった私は友人数人と誘いだって、金沢八景にあるアポロ座(今もあるのかどうか分かりません)に1作目を見に行きました。
アポロ座はいわゆる名画座で、私はスタローンの新作が戦争アクションで、それが公開されたことは知っていたけれど、ロードショー館では見逃してしまいました。それで、ちょっと遅れてアポロ座にかかったので、これ幸いとばかりに見に行ったのです。確か1000円くらいで、「少林寺36房」と「処刑教室」とのアクション3本組でした。
はっきりいって、1作目は既に名の通っていたロッキーシリーズに匹敵するほどの評価は得られていなかったと記憶しております。でも、私自身はロッキーシリーズはさほど好きではなく、むしろスタローンがスタントなしの体当たりで演技をしたランボー1作目のほうが好きでした(この1作目にはがけから飛び降りるシーンがあり、その撮影においてスタローンが負傷したため、同時期のロッキー3作目(?)の撮影が遅れたというエピソードはあまりにも有名です)。
それは、アクションもストーリーもこれまでにない斬新なもので、しかしベトナム帰還兵の苦悩が、シリーズを通して使用されることになる哀切のある主題歌とあいまってよく表現されていたからです。
だから、私はこの1作目でランボーが好きになりましたが、ただ、これがシリーズになるとは思いませんでした。
数年後、2作目が公開されました。ストーリーもアクションもより娯楽性を追及したものとなり、これによってランボーシリーズはロッキーシリーズに負けるとも劣らない人気作となりました。そして私も、ご多分に漏れずこのシリーズにはまりました。
3作目はよりスケールが大きくなり、当時(よりちょっと前)世界を賑わせていたアフガンが舞台となりました。でも、ランボーはもとより、遠からずソ連が崩壊するなどとは、このとき世界の殆どが予想できなかったはずです。そしてまた、この3作目でランボーが共闘したアフガニスタンの民衆の中の一部が、やがて合衆国に対して他に類例を見ない同時多発テロを仕掛けることなども、全く予想できなかったはずです。
こうして、世界の現実がむしろ物語を追い越すこととなり、ランボーが活躍する場を設定することも極めて困難となりました。そればかりか、例えば湾岸戦争ではピンポイント爆撃の様子をテレビで中継するようにもなり、このような技術の進展は、昔ながらの汗臭いヒーローが活躍する場も奪ってしまったかに見えました。
だから私も、ランボーの新作はもうないものと考えておりました(今から数年前、スタローンがランボーの最新作のクランクインをしたとの噂もききましたが、そのときのストーリーは今回の映画とは違います)。
でも、それから20年近くたった昨日、ようやくランボーと再会することができ、しかもドラマはきっちりと結末が語られていました。興行的にどうであれ、シリーズモノのヒーローが、その結末をしっかりと語られるということはかなり稀であり、それだけこのシリーズが愛されたことが分かります。
ランボーは、私が最も憬れたヒーローの一人です。それは、高校、大学と、私自身の多感な時期に丁度出現した、完全無欠で、しかし心のどこかに深い傷や悲しみを背負ったヒーローだったからです。
昨日の再会はとても嬉しかったけれど、どのような形であれ、マイヒーローが終焉を迎えるときを目撃することはとてもつらいことです。
例えばジョン・ウェイン、長嶋茂雄、ジョン・レノン。
例を挙げたらきりがありませんが、私の父親や兄貴の世代が恐らく経験したであろう悲しみを、昨日私も少しだけ理解することが出来ました(個人的なことを言えば、つい最近ではドリー・ファンクとか)。
人は誰でも年をとる。あの無敵のランボーでさえも例外ではなかった。
そしてまた私自身も、映画とオートバイが大好きな目をきらきらさせていた高校生だった筈なのに、気が付いてみれば立派な(?)中年オヤヂに成長していたことを、痛いほど自覚させられました。
(終わり)
Posted at 2008/05/25 22:23:36 | |
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