2024年04月08日
車検を前に、ティーダのフロントタワーバーを外してみて1か月以上になる。
まあ、特に整備性に支障があるとは言われなかったが、整備士さんのことを考えて外しておいたのだ。その状態で乗っているので、ハンドリングがちょっと緩慢で、また、もとに戻そうかと考えている。一方、硬さが減る分、乗り心地は良くなるので、それはそれで悪くはないのであるが、暫く試してみると、やはり付けてみたくなってきた。
一方、リア側は外さなかったので、こちらはかなり成果を感じさせる。
春先は大分往復を幾度となくしたが、先日の大雨の中、かなりハイペースで走ってみたが、リア側の挙動が素晴らしく、ピシッとしていた。
スッとついてくるリアと形容しようか。
姿勢の安定が顕著で素晴らしかった。
中山間地の大雨は、路面を部分的に川にする。
そうした状況でも、極めて安定性の高い走りをするなと感心した。
似たようなクルマで1.8のウイングロードに長年乗ったが、エンジンパワーやパドルシフトのお陰で、いいテンポで走れるのではあるが、ちょっとクルマが大きくて重かった。ブレーキのタッチの違いもあってか、軽快な感じがティーダの方が上である。見た目は、まったくスポーティーでも無いクルマだが、上りがきつくなければ、全般的に充分に楽しく走れる。
乗り心地を取るなら、なし となるだろうが、やはりハンドリングをとるかな、という結論に達しそうだ。
リア側の補強は、リアタワーバーが邪魔といえば邪魔だが、セレナがあることで荷室の心配はいらないので、このままでいく予定である。
娘達はくるまに酔うタイプなので、どうなのかと思ったが、ティーダに乗りたがるし、酔わないみたいだ。
調子もいいし、経済的だし、長く乗りたいなと思わせるクルマです。
Posted at 2024/04/08 11:26:40 | |
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ティーダ | クルマ
2024年04月08日
新学期初日は春の雨。
今日の雨は、ちょっと柔らかい気がした。
闘病で1年間放置した庭の樹を剪定するのは、早春時期における喫緊の課題で、3月初旬からコツコツと継続してきたが、今日は外仕事はお休みとする。
ちょっと難易度が高いが、残りは2本。
ほぼ、自覚することは無かったが、今、思えば病魔の進行は3年前からあって、とにかく「しんどい」という感じだった。もっともそれは年齢のせいだと信じていた。だが、それゆえ庭木の剪定は病気になる前の2年間もさぼっていたのだ。仕事と子育て以外に体力を使う余裕がなかったわけだ。
さらに、病気をしたことで今後の力仕事に限界を感じており、庭木の管理も楽な方にシフトしておかねばならないと考え、今年の剪定作業は、割と低いところまで切り落とすようにした。だから、大量の枝のみならず、かなり太い幹まで切り落とす大仕事となった。
あまりに、バッサリ切ったので、枯れ木のようになってしまい、また、枝葉が茂ってくるのか、少し心配になるほどである。
しかし、新芽がしっかりと出てきている。
数年後には、また立派な樹木に見えているだろう。
一旦、死んでしまったように見えるものから、命の息吹を感じるとき、それは、好ましい感情と捉えるようになった。
時期的に1年前という季節感が、その感情をさらに助長する。
入院して 最初に固形物を食べられた(具体的にはバナナ)ときの感激が、今でも昨日のことのように思い出せる。色々な臓器が炎症したが、やはり肺炎と喉の炎症のコンボで水さえも飲めなくなってしまっていた。
栄養の点滴だけで、1か月。味覚異常のせいもあって食欲もなかったし空腹感も無いし、排便も無い状態で、しかし、体重はどんどん落ちていった。
まあ、そんな状況から、クルマ弄りも出来る程に蘇ったのだから、ありがたいことである。現状もくすぶる腫瘤があるものの、死との距離が少し開いた気がして、不思議と延命の可能性が高まっているように思える。
ティーダも車齢15年になり、復活させたオーディオ機材も20数年前のもので、古いものを蘇らせる出来事を、こころの中で密に喜んでいる自分は、文字通り寿命数日と宣言されて、生死の境を彷徨って蘇生した自らになぞらえることが増えた。
多少の荒療治ではあるが、バッサリいかれた庭の樹木も、いずれ繁茂する日が来るだろう。老木の味わいがある梅やカエデなどもこの先楽しみである。
Posted at 2024/04/08 11:19:36 | |
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健康 | 日記
2024年03月29日
ティーダオーディオカスタマイズが、新境地にある感じでとてもいい気分で車に乗っています。今日は病院の往復で一人で4時間ドライブしましたが、結構楽しかったです。
同じ演奏の曲でも、レコーディングエンジニアとかミキサーで音が変わるといわれておりますが、同じ楽曲がこれまでとは違った雰囲気で聴こえるようになったなあと、しみじみ思うきょうこの頃でございます。ホームオーディオともかなり違います。
以前、捨て曲がなくなってきたと形容しましたけど、違った演奏に聞こているのが良いのでしょうね。
結果として、曲調がより新鮮な感じがして、まるで新曲を聴いているように楽しめる気がします。
多分、今のセッティングが、よく聞こえてくる音と、あまり目立たない音と、低音というかリズムの歯切れの良さみたいなものを構成していて、それらが相まって、ドライブサウンドとしての良さが浮かび上がってきたのかなと思っています。
一部、高音が今一つではあるものの、大音量で鳴らしても、かなり耳障りにならない音になっていますから、ライブ演奏のような迫力が出てきます。
とはいえ、一般的にはアンプレスの純正ヘッドですから、語るレベルなのかは疑わしいです。ちゃんとしたプロの音作りとは大きな隔たりはありそうです。
しかし・・・・ビックリするくらい音圧も楽しめます。
何で、こんなに鳴るのでしょう。不思議です。
スピーカーユニットのお陰なのか、エンクロージャー化のせいなのか、その理由はわかりません。
クルマという音場は、ちょっと独特な感じはあります。
やはり、普通にタイヤやエンジン等のノイズが出ますから、走行中と停車状態では、聴こえ方も違います。
カーオーディオの世界も、20年さぼると隔世の感があって、気後れしてカスタマイズに乗り気になれなかったのですが、やってみて良かったなとしみじみ思うところです。
オーディオ弄りは、音を良くするという期待値から、入っていくわけですが、音がよくなったというよりは、聴こえ方がかなり違ってきたという表現のほうがしっくりきます。
そして、その結果として、これほど手持ちの馴染みの曲がある意味新鮮味を帯びて楽しめる、という環境が出来たのは、予想外でした。
Posted at 2024/03/29 00:33:56 | |
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カーオーディオ | クルマ
2024年03月26日
今年に入って、不思議なことに、夜の闇がなんとなく恐ろしく感じることが幾度となくあった。
それは、去年の今時分を思い起こすからだと思う。
去年の2月は酷かった。
1か月間、一日も欠かすことなく日に数度は40度くらいの高熱が出た。
検温の度に主に点滴で解熱剤が打たされた。
今、思い返せば、まあ、生死の境目に居た訳である。
抗がん剤以外に、多種多様な抗生剤と、食事がほぼ出来ないから栄養剤など、一日に数度は必要とされる解熱剤の点滴を含めると毎日30本くらいの点滴を打たされていた。
たこ足配線というのがあるが、たこ足点滴ラインとでも形容した方がいいだろう状態で、右手も左手も腕の欠陥が硬化して色々と大変だった。
血管の痛みがひどく、血小板の輸血や抗がん剤の点滴が漏れた事故も体験した。
あれから1年。
いま、やみあがりおっさんと自称し、呑気に車弄りをしながら、ある意味、余生を生きている。
生きる意味を模索しながら、一進一退の体調不良をあまり気にしないように、単に生きている。
同時期に読んでいた同病の闘病ブログ主は、半数くらい亡くなった。
悲観的になるのは、自身にも周囲にも良くない。
だから、今は、あまり将来を考えないでいる。
刹那に生きているというのとは、少し違うのかも知れないが、先を考えないで、ただ時間が過ぎていくという感じだ。
もっとも普通に長生きするという感じもない。
自分の病気タイプだと、容体が悪化すると2か月で死の淵を覗く羽目になる。
だから、油断は出来ないのだが、今は毎月のように医師に監視してもらっているから即死はなさそうである。
だが、数年から5年程度か?と暫定的に寿命を限定しているのは確かだ。
生きていることは働くことだと自認していたから、働かずに生きるのもしのびない。
退院しても寝たきりで、通院も妻依存だったのだが、ティーダという車と巡り合って、予想に反して元気になった。
クルマというものは、単なる機械ではあるのだが、時として人との関係においては、不思議な濃密さがあるように思う。オーディオを弄ってからは特にその関係性が良好で、不思議な愛着が湧いている。
そのせいか、眠れない時は、深夜のドライブに出かけることがある。
心配そうな表情は見せるものの、妻は気持ちよく送り出してくれる。
(わがままが許されている)
そして、おっさんは・・・・・・
目的地も無く、意味の無い深夜のドライブを堪能する。
彷徨というよりは 徘徊に近いのだろうが。
意味もなく走ることは、意味もない時間を生きている自分に、妙にマッチする。
そして、ゆっくりとではあるが、次なる進展が訪れることを期待している。
いま、チャレンジしようとしていることは、何等かの仕事復帰である。
現状の体調ではデスクワークは可能なので、副業とてい以前していたパソコンを使った業務は出来ている。
しかし、本業は肉体労働なので、そこにどうやって戻れるかを考えている。
少し動くと身体が簡単に悲鳴を上げるので、焦らず取り組みたいのではあるが。
これは、簡単ではない。
とっちらかった人生を歩んできた私は、抱えているものが多い。
終活としてやるべきことも、この先、1年くらいかかりそうだ。
ティーダとの楽しみを、あとどれくらい共有できるのか。
その時間が、思いがけず長くなることを期待したい。
Posted at 2024/03/26 22:31:29 | |
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健康 | 日記
2024年03月18日
オーディオというのは、沼のような世界と揶揄され、時として、無駄の極みのように冷笑する人もいるようで、カーオーディオを弄るという事に対して、厳しい考えの人も多いようだ。ところが、ホームでは木箱で鳴らすのが一般的なスピーカーが車には設置しにくいという問題があるせいか、単純にはいかない。
しかし
音楽を楽しく聴く空間として、車というのはとても便利な場所であることも確かだ。
苦労して木箱化した甲斐があってか、近頃、音を楽しむことが出来るようになってきたのだ。
どこまでも走るための音楽ではなく、音楽を聴き続けていたから、どこまでも走って行きたい、というような衝動に駆られる。
もはや、曲の選り好みとかする必要が無いくらい。
捨て曲が全く無いという印象。
メロディーラインが少し地味な印象の曲も、バンドの楽器演奏がすごく楽しめるような、そんな日常が送れるようになっている。
純正ヘッドに骨董品のユニットで、ここまで鳴るんだ、という感慨にふけっている。
Posted at 2024/03/18 23:05:13 | |
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カーオーディオ | クルマ