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ろなうど (ろなさん)のブログ一覧

2013年05月04日 イイね!

埼玉からのVIPだったお客様 (GW前半)

埼玉からのVIPだったお客様 (GW前半)篭り先(帰省先)の山口より、家から持参したノートPCでブログアップする ろなうどです。
立夏に近づくというのに、コチラは未だ寒い日が続いております。

体調には気を付けたいもんです。



さて、話はGW前半ですが、4月27日未明に埼玉の鉄の師匠であった小山115系氏がVIPとして来阪しました。
今回の来阪目的は、関西を走る国鉄型車輛を乗りに&その他です。(謎)



師匠滞在一日目
この日の午前中は二人して家でゴロゴロしていました。
午後から昼飯食いにチョイと遠征しまして、国道171号線沿いにある#1UK武庫川店にて昼食、
そのあと、近くにあるあの現場に行ってきました。

8年前に起きた福知山線脱線事故の現場です。
ココで107名の尊い生命が奪われた場所の中、ろなうどと師匠は二人で冥福を祈りました。(合掌)



このあと、東へ進路を進み、JR貨物吹田機関区(敷地外)へ向かい、暫くココで撮鉄してました。
色んな電気機関車が出入りしていましたよ。







ココで何枚か写真を撮ったあと、家に帰って着替えて、ろなうどの弟(モニカ@atsuo)宅へ行き夕食&談笑してました。



師匠滞在二日目
この日は二人で乗鉄しました。
今回は京都から湖西線に乗って敦賀まで行き、敦賀から北陸本線米原経由で大阪に戻るルートを敢行しました。
つまり、琵琶湖一周ルートです。

まず、片町線「鴻池新田」から乗って京橋まで行き、そこから環状線に乗って大阪駅に...。
大阪から東海道線の225系新快速に乗って京都まで行き、ココで一旦下車します。



ホーム反対側には抹茶色一色に塗られた113系7700番台が止まってました。
湖西線の車輛です。





京都駅周辺も大きく変わりましたねぇ~



反対側には京都タワーが...



京都駅地下街のとあるファーストフードで昼食を取り、京都駅に戻って湖西線に乗車しました。
本当ならココで117系に乗りたかったんですが、全然来ずで仕方なく113系を乗る事に...。



クロスシートでしか味わえないこの旅も結構イイもんですね。
この時は試験的にハイドラを実行していました。



近江舞子から後発の225系に乗って近江今津まで向かいました。





225系の前照灯です。
プロジェクタ式で、HIDを採用しています。
このHIDが結構明るいの何のって....。
多分55Wのバーナーでもつっ込んでるのでしょう。ろなうどもこの前照灯を見る度にキューブのフォグを55Wに交換したいという気持ちが湧いてきます。



近江今津から223系に乗って、終点の敦賀駅に到着しました。



交直流対応の521系が止まってました。



天井には交直流に対応するデカい碍子(がいし)が沢山林立してます。



ABB遮断機の部分です。
ココで交流と直流の切替をエアーでもってやります。



特急街道とも言える北陸本線も今年で100年を迎えるんですね。



昔からある水タンクもありました。



敦賀から北陸本線を経由して長原まで521系に乗りました。
次の新疋田駅までの途中、唯一のループ線を通りますが、師匠が興奮しちゃって...(笑)



新疋田駅でこのような看板を目にしました。
一時期ココの駅での撮影が禁止されたそうですが...。



長原から223系新快速に乗って、大阪に戻り、駅前のヨドバシ梅田などに立ち寄り午後10時頃に自宅に戻りました。






師匠滞在三日目
あっという間の3日間、この日は午前中は二人してゴロゴロしていました。(またかよwww)
昼からは近くの回転寿司(くら寿司)で昼食しました。
そして午後4時半、3日間のいい思い出を胸に、小山115系師匠は埼玉に向けて ろなうどが住むマンションを後にしました。



流石に最後別れるのは本当に辛かった小山師匠。
ろなうども流石に辛かったっすよ。
彼が帰った後、何だかポカ~ンと穴が開いた感じがしましたよ。

本人もまた大阪に来ると堅い約束をしたので、是非また来阪して欲しいです。
今回乗れなかった117系を次に乗せてやりたい気持ちでいっぱいの ろなうど。

ということで、またお出でな! 師匠!!





それでは!
Posted at 2013/05/04 02:54:14 | コメント(2) | 撮鉄 | その他
2013年03月30日 イイね!

京阪 旧3000系テレビカー 終焉

京阪 旧3000系テレビカー 終焉今日の大阪はとってもいい天気に恵まれ、気温はあまり上がりませんでしたけど、そこそこ過ごしやすかった一日でした。

このいい天気を利用して、今日は地元大阪で撮鉄をしました。
明日(31日)で完全引退する京阪旧3000系こと8000系30番台を撮りに、門真(かどま)市にある「大和田」駅ホームで約1時間程撮りました。

自宅から車で行って約10kmの所にある京阪本線「大和田」駅、150円という少々高い入場券を買ってホームに上がると、大勢の撮鉄マンがカメラの砲列を大阪方面へ向けていました。
さすがに明日で引退する故に、集まる撮鉄マンもハンパではありません。
それに、ココの駅は撮鉄では1位2位を争う人気スポットの一つで、主に鉄道雑誌などでもココで撮る程、余計に人が集まるんです。


旧3000系が通過する前に、数本他の京阪車輌を撮りましたよ。

最初にやってきたのは6000系のファイナルナンバーである6014Fです。(F=Formation 編成)
正面の顔つきが7000系と同じの異端車です。
1988年に川崎重工で製造された車輌で、元々は6000系スタイルで登場しました。
このとき京都寄り前3両がVVVF試験車であって暫くその編成で運用に就いていましたが、翌年にVVVF車で登場した7000系が製造されると、走行機器を合わせるべく、京都寄り前3両の6000系スタイルの車輌を7000系7004Fに編入、抜かれた3両は代替として7000系ボディのまま走行機器を6000系のモノを搭載して新6014Fに組み込んで今に至ってます。



このあと普電で来たのは、6000系のトップナンバーである6001Fです。
製造は1983年の川重製で、翌年にローレル賞を受賞した車輌です。
6000系のファイナルナンバーとトップナンバーが運良く同時に撮れました。



6000系初期車に履くKW-50形台車。
車体支持はダイレクトマウント、軸箱支持は円筒案内式で、これがまたよく揺れます。 (汗




8000系
新塗装化と同時に車内もリニューアルされました。
が、ワンセグの普及で伝統のテレビは付いておりません。



午前11時20分、お目当ての旧3000系が通過しました。
一斉にシャッター音が駅構内に響く中、ろなうども懸命にシャッターを切りました。

旧3000系は ろなうどが生まれた年である1971年に登場した特急専用車で、この時からカラーテレビを設置していました。
後継車輌の8000系に置き換える中、唯一1編成だけ残り、中之島線開通と同時に2代目3000系が登場した2008年に、8000系30番台へと改番されました。
そして今、引退を惜しんで前面スタイルを更新前の姿(平成7年の頃)に戻し、また、車番も3000系時代の番号を表示して「クラッシックタイプ」として最終日である31日まで運行を続けています。
と同時に長らく続いた京阪特急伝統の「テレビカー」も消滅します。

ろなうども昔、この3000系によく乗ったもんですよ...。

この日は臨時快速特急の運用で、中間のダブルデッカー(8830形)を切り離した7両での運転され、
また京阪らしいファンサービスの為なのか、減速して(70km/h位)大和田駅を通過しました。





下の画像は1月19日に団体列車で運行した旧3000系です。 (2013.1.19 古川橋~門真市)
この日は寒かったぁ~



団体運用終了後に車庫へ回送される旧3000系です。  (2013.1.19 京橋駅)



ちなみにコチラが現在走ってる二代目の3000系です。(2013.1.19 千林~森小路)




お目当ての車輌が去ったら皆撤収しましたが、ろなうどは暫く京阪の車輌を撮ってましたよ。

1000系



8000系との離合



9000系



現在京阪は、全車輌の新塗装化が進められていて、一部ですが今でも濃淡緑の旧塗装車が走っています。
ろなうどはこの色の方がヨカッタなぁ~

久々に見た2400系



多扉車の奔りである5000系です。しかも運良くゾロ目の5555F!!
昭和45年に川崎重工で製造された、京阪初のアルミ車体であり、日本初の5扉車でもあります。
オレ、この車輌が一番好きなんだけど、一度も5つの扉が開いた所見た事無いんだよなぁ~





台車は汽車会社(川崎重工)製造のKS-76A型で、車体支持はインダイレクトマウント式、軸箱支持はゴムで覆った一自由度系軸箱梁式のエコノミカル台車です。
チョット変わった台車でしょ。



最後は京都方面から来た6000系を撮っておしまいです。





ろなうどが生まれた年に登場した旧3000系、42年もの長きに渡って走ってきた車輌だけあって、引退は本当に残念です。

また、京阪特急伝統のテレビカーも31日で消滅します。
列車内にテレビを設置したのは京阪が最初だと思いでしょうが、実は京成電鉄が最初なんですよ。
1954年春に京成が日本テレビ(JOAX)を車内で放映、京阪は同年秋に1800系でNHK(JOBK)を放映したのが始まりと書いてあります。
今はワンセグが普及している中、最早車内にテレビは不要と考えた事から、8000系更新車からテレビが外されました。
これも時代の流れからなんでしょうね。


でもこの旧3000系は京阪本線からは引退しますが、今でも富山の富山地方鉄道や、静岡の大井川鉄道で第二の人生を歩む旧3000系が現役で走っています。

いつかは乗りに行きたいですね。



おしまい

(画像は一部加工していますので、あ し か ら ず)
Posted at 2013/03/30 23:09:54 | コメント(3) | 撮鉄 | その他
2013年03月17日 イイね!

埼玉からのVIPだったお客様 (後編)

埼玉からのVIPだったお客様 (後編)師匠滞在2日目

この日は午前11時頃までグ~スカと寝てまして、ろなうどは昼過ぎに大きく変わった大阪駅へ鉄道界の師匠であった小山(おやま)115系Y391氏(以下 師匠)を連れて行くことにしました。

ろなうど宅の最寄り駅である片町線「鴻池新田」駅近くにある321のリパークまで車で行き、(所謂「Park and Raid」)そこから京橋方面に向うのですが、ココでプチ撮鉄を...





鴻池新田から207系に乗ること約10分に京橋駅に到着し、ココから環状線内回りに乗って1と1/4周回って約50分で大阪駅に到着しました。

外回りには途中天王寺ですれ違った103系(LA1編成 元モリ28編成)が到着しました。
現在環状線に走る103系は大阪駅リニューアルした去年から運用本数が減り、現在7編成(4M4T車 LA1~5,6M2T車 SA1~2)が環状線内をルーレット族の如くグルグル回っています。(笑)



この車輌はオール体質改善40Nで、8両全部がフルリニューアル車です。
画像のクハ103-834は昭和55年7月に兵庫の川崎重工で製造、新製配置は阪和線の日根野電車区で元々スカイブルーを纏ってました。環状線の森ノ宮電車区に転属したのは平成14年4月となってます。



しばらくリニューアルした大阪駅を徘徊する ろなうどと小山師匠。
南口の駅ビル旧アクティ大阪の増床部にオープンした東急ハンズへ行き、公営銭湯によく置いてあるケロリンの風呂桶を見に行きました。(何でw?)

そのあと、大阪駅横にあるJR貨物梅田貨物駅も見に行きました。
ココの貨物駅は、大阪駅北口再開発に伴い、3月15日を以って営業を終了します。
138年という長い歴史のある貨物駅だけあって、無くなるのは非常に淋しいもんです。
3月一杯までは全て撤収すると思いますが、今後は再開発2期工区として緑地公園に整備されるそうです。

いつの間にかオレを撮ってるよぉ~ (画像提供 小山115系師匠)








合同通運(合通)が所有するコンテナトレーラー
うしろの全国通運(全通)のU48A型ウイングコンテナを積むトレーラーのタイヤに注目。
60扁平の22.5インチタイヤ(265/60R22.5)を装着しています。
初期型のいすゞギガ(50系)で日本初の総輪同一サイズの4軸低床に使われたものと同一です。



梅田貨物駅にある11.5トン~30トンクラスのフォークリフトやトップリフターも沢山ありましたよ~
デカイですねぇ~





このリフトはアタッチメントが2つ装備されていて、一つはシフトフォークと言って、フォーク(爪)が左右独立して動きます。もう一つはサイドシフトと言って、バックレストが左右に動き、コンテナを貨車に載せる時や、コンテナの上に重ねて載せる場合の左右微調整が出来ます。
コンテナ取り扱い場所では最低サイドシフトだけは装備されてます。







大阪駅北口も大きく変貌し、第一期の再開発は殆どその姿を見せています。





ココから全国各地へコンテナ列車が発車して行きます。
このシーンも見られません。







日本フレートライナーの大型トラック



面白いコンテナ発見www
こんなの有るんですねぇ



ココは元々紙などを取り扱ってるのでしょうか。
昔この駅に2軸の有蓋貨車(ワム80000形など)も入ってた記憶があります。





ロール紙を掴む為に、ロールクランプのアタッチメントをつけたリフトもありました。




138年の歴史に幕を閉じる目前に訪れた師匠も懸命に写真撮ってました。

午後6時過ぎ、梅田貨物駅を後にして大阪駅に戻ります。

ここから画像はありませんが、このあと大阪駅から環状線(外回り)に乗りました。
来た電車は103系(SA1編成)で、体質改善40Nのフルリニューアル車且つ武蔵野線を彷彿する6M2Tを組む強力編成車で、元々USJフルラッピング編成を組んでいた車輌です。
ろなうどと師匠は、うしろから3両目の中間電動車に乗りましたが、師匠も103系に久々に乗れて大満足。
ろなうども103系の中間車に乗る自体久しぶりで、MT55A形モーターの甲高いサウンドを久々に聞きました。

京橋駅から片町線に乗ります。
来た電車は321系。初めて乗る師匠も大興奮。
僅かの区間ですが、321系の乗心地を確かめながら、午後7時過ぎに鴻池新田駅に到着しました。

このあと一旦自宅に戻り、午後7時半過ぎに、ろなうどの弟(モニカ@atsuo)宅へ師匠と訪問、ココで一緒に食事をしたり、午前1時までワイワイガヤガヤと駄弁ってました。



師匠滞在3日目

ろなうどは午前10時頃に起床、既に師匠は起きてました。(早っ!)
この日は師匠が埼玉の自宅へ帰る日で、帰る支度も含め家で色々と駄弁ったりや○○ったりして遊んでました。(謎)
昼過ぎには近くのラーメン屋で滞在最後の食事を取り、そのあと師匠の90VitzRSに燃料を補給して一旦家に戻りました。

家の中で何だかんだと掘出し物を整理してる中、ろなうどがリバウンド前に着用したサイズの小さいオーバーオール(Lee製)や、Gパンなどを彼に差し上げました。早速試着する師匠です。



別れる時間が迫るにつれて、ろなうども段々彼と別れるのが辛くなっていきます。
師匠も ろなうどと別れるのが非常に辛く、別れ際には泣いてた程でした。

家にある29型のブラウン管テレビを処分する為に、一緒に廊下へ運ぶのを手伝ってくれたあと、
ろなうどは彼に「そろそろ出発だな」って彼に言ったとたん、ろなうどは思わず大粒の涙が出ました。

午後4時すぎ、師匠を見送る為に下に降りる ろなうど。
「また大阪に絶対お出でな」って師匠に言って硬い握手を交わし、午後4時9分、師匠は涙を出しながらウチのマンションを後にしました。

年末年始に行った時の1月2日に ろなうどが埼玉の師匠のアパートを後にする時も、彼は涙を流しながら見送ってました。それだけ ろなうどの事を思ってくれたらしく、別れるのが辛かったんだと自分も思わず貰い泣きしました。

彼とは数年前からとある鉄道系サイトと服飾系サイトで知合い、スタンス、そして過去にあった事情など 、ろなうどとよく似ている所から意気投合、暫くはメールで遣り取りして2年前の4月16日に埼玉県大宮市内のコンビニ(ろなうどが行くB系ショップの真ん前のファミマ)で初めてリアルに会いました。
そこから何回も関東へ行っては彼の家に遊びに行き、現在も一緒に撮鉄などしています。

愛知・稲沢を拠点とし、カズくんや芸術丸ちゃん、そしてこーたろーちゃんを始めとするsunshine car clubのメンバー達とは約185キロと近い故にしょっちゅう会えるのに対し、彼の場合はオレの住む所から約550km離れた埼玉県さいたま市、そんなしょっちゅうは会えない故にどうしても別れは辛くなるものです。
これは山口に住むウチの親も然りです。

1日目は桜井線をメーンにコロコロさんと合流して共に行動し、105系や221系を乗車体験。
2日目は環状線に走る201系や103系などの国鉄型車輌に久々に乗れた事。
また京橋駅では3月いっぱいで完全引退する京阪旧3000系が見れた事。
リニューアルされた大阪駅や、3月15日で終了する梅田貨物駅を見納めたなどを含め、師匠も今までにない最高の思い出が出来ただけに、ろなうどと別れるのも人一倍に辛かったんだと思います。
逆に ろなうども彼が大阪に来てくれたことだけでも最高の思い出であり、やはり別れが辛かったです。

ろなうども最近涙もろいせいか、師匠を見送ったあと、暫くの間家で、そして職場で一人淋しく涙流してました。


最後ですが師匠、また大阪にお出でな!!

おしまい




Posted at 2013/03/17 23:21:33 | コメント(4) | 撮鉄 | その他
2013年03月16日 イイね!

埼玉からのVIPだったお客様 (前編)

埼玉からのVIPだったお客様 (前編)先週のお話ですが、
ろなうどの親友でもあり、鉄道界の師匠であった小山(おやま)115系Y392氏(以下 師匠)が、自宅の埼玉から初めて車(90系Vitz RS)で来阪しました。
前日午後5時半にさいたま市内を出発、翌午前1時半に ろなうどの家に到着しました。(早っ!)


疲れも見せずに早速ろなうど邸へご案内。
師匠、オレの部屋を見るなり、またウチの街並みを見るなり相当カルチャーショックを受けてましたよ。
師匠の住む街の方が大都会なのにねぇ~(笑)

今回師匠が来た最大の目的は、105系を撮りに行くこと。
朝9時頃まで寝て、昼前に師匠を連れて自宅を出発し、早速105系が走っている桜井線「京終(きょうばて)~帯解(おびとけ)」間の撮鉄場所へ車でLet's go!!

第二阪奈道路経由で約40分、場所は前回と同様国道169号線沿いにあるスーパー「オークワ」奈良古市店にちょっこら止めて、そこからテクテク歩いて5分の所にある出屋敷踏切付近で撮りました。

早速ご挨拶代わりに105系の原色である春日色が来ましたよ~



桜井線は元々非電化で開業し、1980年に高田駅まで電化されました。
レールは1978年から50Nレールを使用している所を見て、非電化の時に交換されたそうです。
木の枕木で犬釘が使われてますよ。昔ながらですねぇ~



帯解方面から万葉集のフルラッピング車が来ました。



↑の折り返し桜井行きです。
先頭車のクハ105形(クハ105-5)は元常磐緩行線を走った元103系1000番台からの改造です。



午後2時近くまで撮鉄し、そのあと奈良駅に向いました。
ココでみん友のキューブコロコロさん(以下コロコロさん)と合流し、早速桜井線の105系を乗鉄しました。
ろなうども105系に乗るのは2000年8月の宇部線に走る3扉車以来実に12年半ぶりです。



ワンマン運転の為に運賃表示器が付いてます。バス機器流用で、昔はカラオケで有名になったクラリオンが製造したものだと思います。



105系の扇風機です。 コレ、マジでほしぃ~



外見は非冷房に見えますが、一応冷房装置は付いています。
ダクトなどの部品は殆どバスのものを使ってます。



首都圏ではピカピカ輝くステンレス車に最先端のVVVF制御の豪華な4扉車が東西南北に走っているのに対し、コチラは国鉄型車輌が今でも走ってる所で師匠も相当興奮してましたよ。







途中の桜井駅で降りて、後発の和歌山行きが来るまでの間、奈良から乗車した105系を撮ることにしました。

画像の105系はクモハ105形500番台のトップナンバー、クモハ105-501で旧番号はモハ103-1031で、昭和46年3月に東急車輛(東京)で製造され、昭和59年5月に大井工場にて105系に改造されました。









DT21T付随代車、昔101系にも採用された台車で両抱式ブレーキが実に懐かしいッス。



約30分後に和歌山行きの105系に乗車しました。
来た105系は先程京終で撮鉄して撮った、元103系1000番台顔のクハ105-5です。
その運転台です。



高田駅に到着しました。
左はエメグリ(厳密にはターコイスブルー)の105系が止まってました。



桜井から乗ったクハ105-5は、前述の通り元常磐緩行線に走った103系1000番台からの改造で、旧番号はクハ103-1017で、昭和46年2月に川崎重工で製造、昭和59年8月に長野工場にて105系に改造されました。



ちなみにクハ105-5の相方はクモハ105-515であり、旧番号はモハ103-1014で、昭和45年12月に ろなうどの家の近くにある近畿車輛で製造、昭和59年6月に広島工場にて105系に改造されました。





ココから先は画像はありませんが、和歌山線に乗って王寺駅まで行き、そこで一旦下車して近くのマクドで軽食、王寺から関西線221系大和路快速に乗って奈良駅に戻りました。

(画像クリックすれば結構大きく見れるよ~)


そしてコロコロさんを自宅の最寄り駅まで自分のキューブで送り、午後9時頃に師匠と共に自宅に戻りました。

そのあと師匠を連れて、近くにある ろなうどお薦めのアメリカンダイナー「#1 U.K WILDCATS CAFE」に連れて行き、一緒に食事しました。
師匠もあの飯の量に驚きながらも完食しました。 スゴイ!!


この日は終日暖かく、またお目当ての105系春日色とエメグリも見れて師匠も大変満足していましたよ。

師匠、またお出でね~



前編おしまい

後編へつづく~ (キートン山田風に)
Posted at 2013/03/16 22:35:22 | コメント(4) | 撮鉄 | その他
2013年02月23日 イイね!

桜井線 撮鉄 2013.2.23

桜井線 撮鉄 2013.2.23今日は土曜日でお仕事はお休みです。

ろなうどは昼までグ~スカと寝てまして、昼から奈良県の桜井線を撮りに行く事にしました。
来月に埼玉から鉄の友人である小山115系師匠が来阪するのに先立ち、下見も兼ねての撮鉄です。

場所は京終(きょうばて)~帯解(おびとけ)間の長閑な所で、その区間内にある出屋敷踏切という所で撮鉄しました。
車は国道169号線沿いにあるスーパー「オークワ」奈良古市店にちょっこら止めて、そこからテクテク歩いて5分の所にある周りが田んぼの中です。

ろなうどは2年3ヶ月前にも同じ場所で撮ってますし、ブログも上げてますのでそちらも合わせてご覧下さい。



奈良方面から来る場合は順光ですが、逆に帯解・桜井方面から来る場合はモロに逆光となります。
ただ、この日は曇り空なので、帯解・桜井方面からも上手い事撮る事が出来ました。

この日の奈良市内は寒く、霙(みぞれ)も降るくらいの寒さでした。
また、車輌の105系は殆ど万葉集のラッピング車でしたよ。

奈良方面から来る105系 桜井行



帯解・桜井方面から来る105系 チョット光量不足でした (汗



↑の折り返し和歌山行きです。
先頭車は元常磐線の103系1000番台からの改造であるクハ105形です。



単色化が進む中でエメラルドグリーンを纏う105系が帯解・桜井方面から来ました。



ケツ撮り


今回はこの4本を撮っただけで終わりにしました。
桜井線はデータイムは概ね1時間に2本しか走らない所ですが、長閑な風情の中を105系が走るシーンは正に絵になります。

今度は小山115系師匠とココへ撮りに行くことになるでしょう。
今からが楽しみです。


出屋敷踏切



それでは
Posted at 2013/02/23 18:03:58 | コメント(4) | 撮鉄 | その他

プロフィール

「何で兵庫県民はパワハラ知事を選んだのか理解不能」
何シテル?   11/17 22:59
「ろなうど」とは、以前にとあるフットサル場でやった個人フットサルスクールで皆から呼ばれていた渾名で、後姿が、元レアルマドリードの選手「ロナウド・ルイス・ナザリオ...
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