豊前・小倉城(勝山公園)
九州の玄関口北九州市に有るお城
2020年01月10日

2019年GWに九州お城巡り2で、●初日・2019年04月26日福知山城再び(88枚撮影77分)
●2日目・2019年4月27日・津山城(243枚撮影3時間11分)~福山城(273枚撮影1時間43分)~広島城(172枚撮影1時間58分)
●3日目・2019年4月28日・小倉城(194枚撮影2時間13分)~福岡城(266枚撮影1時間50分)~唐津城再び(172枚撮影2時間0分)~名護屋城(218枚撮影75分)
●4日目・2019年4月29日・平戸城再び(264枚撮影2時間0分)~島原城(240枚撮影90分)~原城(166枚撮影2時間1分)
●5日目・2019年4月30日・佐賀城(185枚撮影1時間47分)~中津城(247枚撮影1時間21分)~府内城(174枚撮影1時間33分)
●6日目・2019年5月1日・延岡城(179枚撮影1時間38分)~佐伯城(382枚撮影2時間50分)~臼杵城(296枚撮影2時間4分)
●7日目・2019年5月2日・川之江城再び(201枚撮影79分)~川島城(57枚撮影23分)~徳島城(309枚撮影3時間3分)~撫養城(88枚撮影47分)
●8日目・2019年5月3日・岸和田城再び(224枚撮影2時間33分)~法隆寺再び(186枚撮影64分)~伊賀上野城(390枚撮影2時間21分)~伊勢神宮(100枚撮影62分)
●9日目・2019年5月4日・松坂城(384枚撮影2時間50分)~津城(163枚撮影1時間43分)~亀山城(120枚撮影61分)~吉田城(171枚撮影1時間20分)と回った時に訪れました。
2026年3月末・四国お城巡り7変更⇒九州お城巡り4を計画しました。
●2026年3月25日豊前・小倉城再び(2回目)(20枚撮影・15分)夜景・145km。
●2026年3月26日長門・萩城(2回目)(178枚撮影・3時間59分)7時20分~11時20分・188km⇒筑前・福岡城再び(3回目)(190枚撮影・3時間2分)13時30分~16時30分・55km⇒唐津のイカ
●2026年03月27日肥前・唐津城(3回目)(283枚撮影・4時間19分)8時~12時20分・18km⇒肥前・名護屋城(2回目)(452枚撮影・4時間0分)12時46分~16時46分・91km⇒
●2026年03月28日・肥前・平戸城(3回目)(296枚撮影・4時間4分)7時19分~11時23分・102km⇒肥前・玖島城(大村城)(170枚撮影・1時間30分)13時16分~14時46分・84km⇒肥前・佐賀城(2回目)(224枚撮影・2時間43分)16時16分~18時59分・52km⇒
●2026年03月29日筑後・柳川城(83枚撮影・1時間54分)8時34分~10時28分・25km⇒筑後・久留米城(161枚撮影・2時間54分)11時12分~14時06分・113km⇒豊前・中津城(2回目)(289枚撮影・2時間17分)16時4分~18時21分・85km⇒関サバ/別府温泉と別府から宇和島フェリー(23時50分発2時間45分着)
●2026年03月30日伊予・松山城(4回目)(138枚撮影・3時間45分)7時22分~11時07分・4km⇒伊予・湯築城/道後公園(2回目)(20枚撮影・12分)11時56分~12時08分・57km⇒伊予・大洲城(3回目)(193枚撮影・1時間51分)13時14分~15時5分・40km⇒伊予・宇和島城再び(3回目)(190撮影・2時間44分)15時43分~18時27分・18km⇒
●2026年03月31日伊予・河後森城(191枚撮影・1時間55分)7時11分~9時6分・59km⇒土佐・中村城(2回目)(175枚撮影・1時間52分)10時29分~12時21分・130km⇒土佐・高知城再び(3回目)(127枚撮影・1時間52分)14時59分~16時51分・12km⇒土佐・岡豊城(50枚撮影・26分)17時24分~17時50分・164km⇒
●2026年04月01日・阿波・徳島城(2回目)(189枚撮影・3時間8分)8時2分~11時10分・59km⇒淡路・洲本城(2回目)(191枚撮影・1時間43分)12時16分~13時59分・67km⇒播磨・明石城(2回目)(181枚撮影・3時間30分)15時06分~18時36分・53km⇒
●2026年04月02日播磨・姫路城再び(4回目)(170枚撮影・4時間32分)8時34分~13時06分・88km⇒播磨・尼崎城(100枚撮影・51分)14時56分~15時47分・31km⇒河内・飯盛城(57枚撮影・1時間37分)・17時11分~18時48分・558km⇒●4月3日朝着。
小倉城は夜景も撮影出来たし満足感80点でした。
前回撮影で公園内は全て撮影出来ました。
今回写真編集にあたり調べたら、外郭門跡21箇所中11箇所、標柱/説明図の設置有りますが痕跡は大門跡だけで、探して撮影する程の価値は無いと思います。
福岡県北九州市に有るお城です。
川をお堀代わりにした、海へも簡単に出られるお城です。
天守以外は、櫓風に建てられた八坂神社や漬け物屋も風景に良く溶け込んでいます。
天守は、身障者に優しい造りになっております。
遺構は少ないので、1時間は掛かりません。
自分は外濠代わりの川も含めて周りを散策したので、194枚撮影2時間13分掛かりました。
写真は、左から豊前・小倉城・天守(東面)、(北面)/北丸・八坂神社参集殿/祖霊殿/東楼門/社務所/着見櫓(櫓風の漬物処糠蔵)。
_2019年04月28日08時41分
関連リンクよりフォトギャラリー検索で写真を見てください。
==============HPより================
福岡県北九州市小倉北区にある日本の城である。
勝山城、勝野城、指月城、湧金城、鯉ノ城など[要出典]の別名がある。
1569年(永禄12年)、中国地方の毛利氏が城を築いたことから始まり、高橋鑑種や毛利勝信が居城した。
1602年から細川忠興が約7年かけて唐造の天守閣を築城し、細川氏の熊本転封の後、1632年に譜代大名である小笠原忠真が入城し、以後幕末まで小笠原氏が居城した。
1837年に失火のため天守閣が焼失し、残る城郭も1866年、第二次長州征討の混乱の中で小倉藩が自ら城を焼却した。
明治時代から第二次世界大戦中には、歩兵第12旅団や第12師団の司令部が城内に置かれた。
戦後、1959年に天守閣が再建された。
構造
本丸を中心に、南に松丸、北に北の丸、それらを囲い込むように二の丸、三の丸、外郭が配された梯郭式平城であった。
建物は、野面積みの石垣の上に大天守と平の小天守1基、平櫓117、二重櫓16、櫓門12、狭間3271を配していた。
城下は、城の東を流れる紫川を天然の堀として活用し城内に町を取り込んだ総構えを採っていた。
2017年(平成29年)、続日本100名城(181番)に選定された。
住所: 福岡県北九州市小倉北区城内1番他
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