第13回 西会津ふるさとなつかしcarショー 2016 9.25 その7
投稿日 : 2016年10月02日
1
ホンダ・1300・クーペ7
2輪車や軽自動車を主力であった本田技研工業が初めて出した小型乗用車であり、前輪駆動(FF)や空冷エンジン、四輪独立懸架など、独創的な技術が盛り込まれていたクルマでした。
水冷よりも空冷を推す本田宗一郎の技術的信念により、このクラスとしては、この当時でも珍しくなっていた空冷エンジンを用いていた点が挙げられますが、副社長を務めていた藤沢武夫は設計と販売に不安視をしていましたが、その不安は的中しました。
最初で最後の採用となった後述するDDACと呼ばれる冷却方式は、通常の空冷エンジンのシリンダーブロックやシリンダーヘッドの中に、水冷エンジンのウォータージャケットにあたる通路に通風することから、「一体式二重空冷」を採用していましたが、アルミ製オイルタンクを持つドライサンプ機構など構造が複雑で重くコスト高となり、構造が簡単で軽量、低コストという空冷エンジンのメリットをつぶす結果となりました。
2
ホンダ・145
先代モデルの1300の反省から、昭和47年7月に登場したシビック用エンジンの排気量を拡大したEB5型 水冷 直4 SOHC 1,433ccエンジンを採用したことにより、無鉛ガソリンが使用可能となり、水冷化が後の公害対策も視野に入れてのものであったことが窺えました。
さらに前軸重量が軽くなり、145の操縦性は軽快なものとなるとともに、空冷の弱点であったヒーター能力も向上した事も、見逃せない点でした!
3
スズキ・フロンテクーペGX
117クーペや初代アリストのデザインを手がけた、ジョルジェット・ジウジアーロがデザインをした車で、当時のキャッチコピーは「ふたりだけのクーペ」でした!
4
スズキ・セルボ
昭和55年10月に360ccの旧規格によるスポーツカー・フロンテクーペの製造中止から1年4ヶ月を経て、550ccの新軽規格車として発売されました。
新規格に合わせて寸法が拡大されているおり、フロンテに続いてジウジアーロにデザインを依頼したのにも関わらず、勝手にデザインを変更したため、ジウジアーロの逆鱗に触れたという話もあるらしいです!
5
フォード・GT40
車名のGT40は、車高がわずか40インチしかないことから、その名がつけられました! ちなみにワイルドスピード・MEGAMAXの冒頭シーンで、ミアが運転する車でもありますね!
1960年代、フォードは企業イメージ向上のために、モータースポーツの分野で活躍することが有効であると結論付け、当時のル・マン24時間レースでは敵なしでその地位を確立していたスクーデリア・フェラーリを買収することを画策しました!
しかしそれは失敗に終わり、ル・マン24時間レースで、打倒フェラーリを目指すために作られたレーシングカーで、1966年のル・マンで1-3位をGT40が独占するという金字塔を打ち立てています!
6
ロータス・エスプリターボ
デビュー当初は、直列4気筒ターボエンジンを搭載していましたが、年を追うごとに進化を遂げ、最終的には3.5LV8ツインターボエンジンへと、換装されていました。
7
フォード・マスタング・マッハ1
初代に比べ大型化され、価格も全体的に上昇して登場しました。
日本ではかつてパトカーとして採用されたことがあり、栃木県警察にマッハ1の1973年モデルのパトロールカーが高速取締用車両として導入(寄贈)され、鹿沼市の免許センターに展示されています。
8
ルパンカーでお馴染みのフィアット・500(チンクエチェント)
名前の通り、500ccのエンジンをリアに搭載しており、イタリアではこの車を保護する法案が提案されるほど、愛されているのです!
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