ところで、此の
根小屋城は、関八州古戦録、甲陽軍鑑と云った史料にも登場するんですが、実は当時「根小屋城」と呼ばれていた訳では無いそうです。
麓に根小屋村が有る為、江戸時代になってからそう呼ばれるようになったとか。
併し、現在、実際城址が有るのは、根小屋町ではなく山名町ですが。
其れと、他にも周辺に幾つも城が有るのに、わざわざ根小屋城を築いた理由としては、新しく服属した上野の豪族を監視するのが目的と考えられている様です。
故に根小屋城の城代は、より武田と縁が深い信濃衆が任に当たった訳です。
ち 空堀其の弐
本丸と北郭の間の空堀。
所々、畝かとも思われる箇所が見受けられます。
り 空堀其の三
「ち」の空堀の一カ所には、水が溜っており、当時は水堀の可能性を思わせます。
畝らしき箇所も、水を溜める為に作られたのかもしれませんね。
ぬ 竪堀其の弐
北郭の東の竪堀。
「る」の竪堀に合流します。
る 竪堀其の参
「ぬ」の竪堀から折れて、東に向かう竪堀。
竪堀から竪堀へ続くなんて…スゴい!
を 郭馬出し
本丸虎口に向かう途中には、郭馬出しが。
北条流の縄張りは何回か見てますが、武田流の縄張りは初めてですね。
わ 枡形虎口
雑木が生えているので、分かり辛いですが、本丸の枡形虎口です。
わずかに窪んでおり、右へ折れています。
か 坂虎口
本丸には西にも虎口が有り、坂虎口です。
下から登るには、結構急です。
よ 本丸
本丸と他の曲輪の高低差は、だいたい15mあり、本丸から下の郭がよく見渡せます。
先日、ネットのニュースで、根小屋城を長年ボランティアで草刈りをされている方が、高崎市から表彰されたと云う記事を見ました。
個人の善意で、城址を楽しませて頂いているのですね。
感謝です。
参考文献:日本城郭大系4、群馬の古城 西・南毛編
本日は此れ切り。
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Posted at
2010/05/06 21:46:41