燃えろいい女♪燃えろいい男♪昨日は神戸をブラブラしてました。帰り際に路上で絵に言葉を書いて売っている人に出会い、話しをしてきました。書いている商品の中で「いい男・いい女の条件」がありました。どんな時代を通しても変わらぬ、普遍的答えですと教えてもらいました。すいません。私にはしっくり来ませんでした。人の悩みを聞いたり、答えを出されたりする活動は大変素敵なことで、されている事を否定する気は全くありません。ただいい男・女を目指す必要があるのか自体が疑問なんです。いい悪いを判別するのは、人間です。例えば、職場で「しっかりした仕事のできるいい女」と言われても、ちょっと反論しただけで「生意気な悪い女」に手のひらをかえされる。他人のいい悪いの判断はその一時一時で、所詮その他人の都合であり、判断されている人の本質を何ら考えていない。だから「あいつはいい男だ。」とかの会話にはまず参加したくない。ここ数ヶ月いろいろとあった私は、人って様々だなぁと思いました。人の不幸が大好物な人欠点見つけたがる人無関心を装う人私はその内心を垣間見たとしても、誰が良くて悪いかと考えたりしません。判断基準なんて人それぞれ、正解がないからです。ただ気付いた事は、状況が変われど助けてくれた方は、大切な何かを持っている人なんだなと思いました。その方々は大切な事がぶれないところからくる、ゆとりや生きることの充足感を感じました。目指すべきは大切なものを持ち、それを守ろうと努力する人です。