小学校5年の時に見た憧れのクルマ、R32のセダン。
社会人になって2年目に34万円で購入した。
最初の2年はフルノーマルで乗り続け、そこそこのオーディオを組んで快適快速なデートカー仕様。(時々峠)
しかし、一度サーキットに足を踏み入れたが最後、早々にRB20DETをブロー。RB25DET換装し、今は無き美祢サーキットの走行会に年間20回以上も出場する。
そしてとうとう、まだ元気だったRB25を下ろし、RB26DETTのN1ピストン(ボアアップ)&T78-29Dフルタービン仕様の600馬力、ロールバー等装備の暴力的マシンと化す。サーキットでの成績はセッティングと腕の問題から振るわなかったが、ひとたび高速道路でバトルを挑まれればフェラーリ360モデナを軽々と追い抜き、S65AMGと互角の勝負を繰り広げる猛烈なクルマだった。
そんなモンスターも、ある日のオートポリスのレース中、RBの弱点オイルポンプのブローからエンジンブロー。元のRB25(300馬力)に戻る事に。
馬力が半分に減った後、結婚して経済的にも厳しくなったので内装からアンダーコートまで全て撤去。またサスペンション(フルピロ化等)を煮詰めていく事で、快適装備一切無しのレース専用マシンに。セントラルサーキットにて600馬力時代の1分30秒から3秒落ちの33秒まで半分の馬力で到達。
最後は念願の「鈴鹿サーキットフルコース」を2分31秒で周回し、2008年5月のセントラルサーキットにて引退試合の後、35万円にて部品取り車として買い取られていった。
エンジン換装・ミッション換装・リアメンバー脱着等、ハードなメカニック作業も最後の方は自分でやった。
これから先、どんな車歴と経験をたどっていく事になっても、スカイラインと過ごした20代の青春の記憶は、一生の中で最も輝いた物として残っていくだろう。