どもども、鹿之介でございます
『国道177号線』の調査を終えた小生は、イカした金色の愛馬サンバーディアスを西舞鶴から東舞鶴に向けて走らせました
![ウマ](/images/emoji/i13x12-F9F9.gif)
小生が向かった東舞鶴にはプチ鉄であるともにプチ廃墟好きでもある、小生にとってとても興味深い鉄道遺構があったのです
▽北吸トンネル(其の壱)
舞鶴探訪 025 posted by
(C)鹿之介
小生が彼の地に着いたのは、日もすっかり西の山に消えかけた17:00頃でした
▽北吸トンネル(其の弐)
2012.1020 040 posted by
(C)鹿之介
この
『北吸トンネル』が作られたのは1904年(明治37)に、日露戦争の開戦と共に中舞鶴にあった
『舞鶴鎮守府』の兵員や軍需物資の輸送を行うために
『新舞鶴駅』(現:東舞鶴駅)と
『中舞鶴駅』を結ぶ3.4㎞の軍港引き込み線として開設されました
▽北吸トンネル(其の参)
2012.1020 041 posted by
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今は歩行者専用道路になっていますが、かつては日本の存亡をかけた日露戦争に赴く兵隊さんを乗せた列車が走っていたのですね
![爆弾](/images/emoji/i13x12-F9A3.gif)
そう言えば、かつての小生の○は丹後出身でしたが、○の実家の村にある神社には日露戦争に出征する村の若者の古写真が奉納されていました
▽北吸トンネル(其の四)
2012.1020 042 posted by
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赤レンガの美しいアーチですが、水漏れを防止するための板が張付けらています
▽北吸トンネル(其の五)
2012.1020 043 posted by
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かつての鉄路の跡は東舞鶴駅方面に延びていますが、今は市民の生活道路してその役割を変えています
▽北吸トンネル(其の六)
2012.1020 044 posted by
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『北吸トンネル』の銘板が、往時は
『北吸隧道』と呼ばれていたんでしょうね
▽北吸トンネル(其の七)
2012.1020 045 posted by
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案内板で見るとはっきりとかつての鉄路の跡をトレースできますね
▽北吸トンネル(其の八)
2012.1020 046 posted by
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鉄道輸送の役目を終え、今は市民の生活道路になった歴史を、このトンネルはじっと寡黙に見守ってきたんでしょうね
▽あとがき
今回は
『国道177号線』と
『北吸トンネル』の調査を行って参りましたが、普通の人あれば色鮮やかな
『赤れんが倉庫群』や、岸壁の母で有名な
『舞鶴引揚記念館』といった有名観光スポットを訪問されるんでしょうが、そこは普通の観光客なら全くスルーしてしまうであろうスポットをチョイスしています
人からは
「そこ、選ぶ!?」
って、言われそうですが
「いいんです」
当然、小生はそう答えますよ
まあでも野郎ひとりだから、こういう遊びも出来ますが相方が出来るとそういう訳にも行きませんから、今のうちに探訪したいところは早めに行かないとあきまへんなぁ
今回走った距離:178㎞
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Posted at
2012/10/22 01:11:59