
『三菱の系譜 -再生の轍-』
### 第1話 初登校と古い部室
三菱家の朝は静かだった。
広い屋敷には人の気配が少ない。
廊下には過去の栄光を示す写真や表彰盾が並んでいる。
だが、それを誇らしげに眺める者はいない。
トライトンは制服の襟を整えながら玄関へ向かった。
「行ってきます」
母は優しく笑った。
「無理しないのよ」
「はい」
短く返事をする。
その横で父は新聞を読んでいた。
何も言わない。
だが、その沈黙が重かった。
父が起こした不祥事。
失われた信用。
家族が背負う視線。
トライトンは知っている。
だからこそ思う。
(私が変えなきゃ)
兄パジェロのように。
三菱をもう一度。
そう胸に誓い、家を出た。
---
日本自動車高等学校。
全国から様々な車種が集まる名門校。
校門をくぐるだけで緊張した。
新設計の身体はまだ慣れない。
人を避けようとして肩をぶつけそうになる。
曲がり角で少し膨らんでしまう。
(大きい……)
自分の体がまだ自分のものじゃない。
そんな感覚だった。
---
放課後。
トライトンは校舎の端へ向かっていた。
目当てはクロスカントリー部。
兄パジェロが所属していた部活。
その名前だけで入部を決めた。
だが。
「……ここ?」
目の前にあったのは古い倉庫だった。
看板は色褪せている。
窓ガラスも一部ヒビが入っていた。
名門の部室とは思えない。
恐る恐る扉を開ける。
ギィ、と軋んだ音が響く。
---
中には一人だけいた。
少女だった。
長い黒髪。
鋭い目。
だが今は落ち着きなく辺りを見回している。
「あ」
少女が振り向いた。
「人来た!」
ものすごく嬉しそうだった。
「え?」
「新入部員!?」
「た、多分……」
「やったぁぁぁ!」
少女は両手を上げた。
まるで優勝でもしたかのような喜び方だった。
トライトンは完全に圧倒された。
---
「私はハイラックス!」
勢いよく名乗る。
「一年!」
「トライトンです」
「知ってる!」
「え?」
「三菱家の子でしょ?」
その瞬間だけ空気が止まった。
聞き慣れた反応だった。
リコール隠し。
没落。
三菱。
大抵はそこから始まる。
だが。
「入部しに来たんだよね!?」
ハイラックスは続けた。
「なら仲間!」
あまりにも迷いがなかった。
トライトンは少し驚いた。
---
「ところで」
ハイラックスが腕を組む。
「本当にクロスカントリーやれる?」
「え?」
「部員は私しかいないからさ」
真顔だった。
「弱い人入れる余裕ないんだよね」
「……」
「テストする」
「えっ」
「今から」
「今から!?」
---
校舎裏。
資材置き場。
泥だらけの空き地。
「ここを一周」
ハイラックスが指差す。
「それだけ?」
「それだけ」
だが見るからに足場が悪い。
泥。
段差。
砕石。
水たまり。
普通の生徒なら嫌がる場所だ。
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「スタート!」
声と同時にトライトンは走り出した。
最初はぎこちない。
重心が定まらない。
足運びも硬い。
だが。
泥へ入った瞬間。
感覚が変わった。
(あれ?)
走りやすい。
足が沈まない。
岩場も気にならない。
段差も自然に越えられる。
身体が勝手に最適解を選んでいる。
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ゴールした頃には息も乱れていなかった。
ハイラックスは腕を組んだまま黙っている。
「どう……でしたか?」
数秒。
沈黙。
そして。
「及第点」
ニヤッと笑った。
「日常生活は下手そうだけど」
「うっ」
「悪路は才能ある」
図星だった。
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ハイラックスは手を差し出した。
「歓迎するよ」
「クロスカントリー部へ」
トライトンは少し迷った後、その手を握った。
温かかった。
この学校へ来て初めて。
自分を三菱家ではなく、トライトンとして見てくれた相手だった。
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部室へ戻る途中。
トライトンは古びた棚を見つける。
そこには数え切れないほどのトロフィーが並んでいた。
そして。
中央に刻まれた名前。
パジェロ。
兄の名だった。
トライトンは静かに見つめる。
遠い背中。
届かない伝説。
それでも。
(追いかけたい)
そう思った。
---
その頃。
職員室では一枚の書類が机に置かれていた。
クロスカントリー部。
部員数二名。
廃部審査まで残り三か月。
そして書類を見つめる一人の教師。
北米生まれの大型SUV。
タンドラだった。
「面白くなりそうじゃん」
そう呟いて笑った。
まだ誰も知らない。
この小さな部活が、やがて全国を巻き込むことになることを。
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注意:この物語は勿論フィクションです。そして、失踪の可能性も十分考えられます。
Posted at 2026/05/31 17:38:10 | |
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