
――追加エピローグ「愚行の果てに」と、もう一つの空白の3年間
※原作PC版『School Days』およびPS2版『School Days L×H』のネタバレを含みます。
※本記事は、両作品をプレイ済みで、ストーリーや登場人物の関係性を理解していることを前提に書いています。
※この記事は「世界の子どもだけが誠の実子だったら」というIFシナリオを考えるものです。公式設定として主張するものではありません。
はじめに――21年前から気になっていたこと
2005年に発売された『School Days』。
そのエンディングの一つ「我が子へ」は、私にとって非常に印象深いものでした。
世界によって誠の命が失われ、世界と言葉、そして生まれてくる子どもたちの運命が大きく変わってしまう結末です。
当時、原作をプレイした私が気になったのは、事件そのものよりも、その後の展開でした。
誠が帰ってこないことを心配して、言葉が探しに戻ったのではないか。
世界は逮捕され、刑務所に入るのだろうか。
そして、妊娠していた世界のお腹の子どもはどうなるのか。
そんなことまで考えていました。
その後、2008年発売のPS2版『School Days L×H』に、「我が子へ」の約3年後を描く追加エピローグ「愚行の果てに」が収録されました。
そこには、世界、言葉、光の3人の子どもたちが登場します。
そして、よく似た容姿と意味深な会話から、ある疑惑が浮かび上がります。
3人とも、澤永泰介の子どもなのではないか。
今回、改めてその映像を確認してみました。
すると、制作者が3人とも泰介の子どもだと疑わせようとしていることは、かなり明白に感じられました。
私も、当初の解釈を修正する必要があると思いました。
ただ、それでも一つの疑問が残ります。
もし、世界の子どもだけが本当に誠の子どもだったら?
言葉と光の子どもは泰介の子。
しかし、世界の子どもだけは誠の子。
しかも、言葉と泰介はその事実を知らず、世界の子どもまで泰介の子だと誤解してしまう。
この設定でも、追加エピローグの会話は成立するのではないでしょうか。
今回は、2005年に原作をプレイした当時から考えていた事件後の展開を土台に、そんなもう一つの結末を考えてみたいと思います。
第1章 「我が子へ」――誠が選ぼうとしていた未来
原作「我が子へ」の冒頭。
世界は突然、誠たちの前から姿を消していました。
私は当時、世界が失踪したのではなく、自宅に引きこもっていたのではないかと受け取っていました。
後に登場した世界の身なりや、妊娠していた状況を考えると、一人で失踪生活を続けていたとは考えにくかったからです。
もちろん、実際にどこで過ごしていたのかは分かりません。
一方、誠と言葉は結婚と出産に向けて話を進めていました。
言葉の妊娠について桂家から叱られながらも、最終的には理解を得て、ハワイでの結婚式や将来の家庭について語っています。
私は、この会話から、誠が言葉を愛し、家庭を築く決意を固めていたように感じました。
そして重要なのは、当時の彼らは、世界と言葉のどちらのお腹の子どもも誠の子だと認識していたということです。
誠は二人とも自分の子どもだと思いながら、言葉との結婚を選ぼうとしていた。
その後、防波堤で誠と言葉は話をします。
誠は妊娠中の言葉を気遣い、先に帰るよう促します。
言葉が立ち去った後、世界が現れ、事件が起きます。
誠は言葉のもとへ帰ろうとしますが、途中で力尽きてしまいます。
では、その後、誠は誰に発見されたのでしょうか。
原作をプレイした当時、私は言葉が誠を探しに戻ったのではないかと考えていました。
しかし、もう一つの可能性もあります。
世界自身が、誠のことを気にして現場へ引き返したのではないか。
そして誠を発見し、自ら警察と救急に通報した。
もちろん、作中にその描写はありません。
ただ、この可能性を考えると、世界のその後についても別の筋書きが見えてきます。
第2章 空白の3年間――世界はどうなったのか
今回のIFでは、事件後の世界について、次のような経緯を想定しています。
1. 世界は事件後、自ら警察と救急に通報する。
2. 少年司法手続きを受け、例外的に少年院送致となる。
3. 世界は誠の子どもを出産し、母親の踊子が養育を引き受ける。
4. 世界はその後、社会復帰する。
5. しかし、罪悪感などから子どもを引き取らず、やがて姿を消す。
ここで気になるのが、少年司法制度との整合性です。
2005年当時の少年法では、犯行時16歳以上の少年が故意の犯罪行為によって人を死亡させた場合、原則として検察官送致となる仕組みがありました。
ただし、例外的に保護処分が選択される余地もありました。
また、少年院送致となった場合でも、その後の処遇次第では、事件から約3年の間に社会復帰することは制度上考えられます。
もちろん、重大な死亡事件です。
世界が実際にそのような処分を受けたと断定することはできません。
あくまで今回のIFを成立させる一つの可能性です。
踊子が世界の安否を知らない理由
追加エピローグでは、世界本人が登場しません。
踊子たちの会話からは、世界の所在や安否が分からない状況がうかがえます。
しかし、3年後に所在が分からないことと、事件直後から逃亡を続けていたことは同じではありません。
世界が司法手続きを経て社会復帰し、その後に姿を消したと考えれば、踊子の様子とも矛盾しません。
では、なぜ世界は子どものそばから姿を消したのか。
今回のIFでは、世界が産んだのは誠の実子です。
自分の行動によって、その子から父親との未来を奪ってしまった。
世界は、その事実と向き合うことができなかったのかもしれません。
その結果、踊子に養育を任せたまま、姿を消した。
私は、そのような展開も考えられると思っています。
第3章 二人の出産――言葉が隠した秘密
追加エピローグでは、世界と言葉の子どもが無事に生まれ、成長しています。
世界の子どもは踊子が育てています。
一方、言葉も子どもを出産しました。
今回のIFでは、言葉の子どもの実父は泰介です。
しかし、言葉自身は誠の子どもだと信じて出産したと考えます。
誠を失った言葉にとって、その子どもは誠との大切なつながりだったでしょう。
ところが、子どもの成長とともに、その容姿に誠の面影を感じられず、疑問を抱くようになります。
血液型に矛盾はありません。
それでも、家族には相談できなかった。
そこで言葉は、裕福な桂家の経済力を背景に、家族に知らせずDNA鑑定を依頼したのではないでしょうか。
まず自分と子どもの母子関係を確認する。
そして、父親として唯一心当たりのある泰介にDNAの提供を求める。
鑑定の結果、泰介が実父だと判明した。
しかし、誠の子どもだと信じて産んだ以上、今さら家族に本当の父親を説明することはできません。
言葉は泰介と相談し、二人だけの秘密として、誠の子どもとして育てていくことを決めた。
こうして、桂家にも、踊子にも、光にも知られない秘密が生まれたのです。
血液型では父親を区別できない
今回、手元にある当時の公式設定資料で、登場人物たちの血液型も確認しました。
・伊藤誠:O型
・西園寺世界:B型
・桂言葉:A型
・澤永泰介:O型
・黒田光:B型
興味深いのは、誠と泰介が同じO型であることです。
一般的なABO式血液型の遺伝では、言葉がA型、父親がO型なら、子どもはA型またはO型になります。
世界がB型の場合も、父親がO型なら子どもはB型またはO型です。
つまり、父親が誠でも泰介でも、血液型から区別することはできません。
これは④説を証明する材料ではありませんが、今回のIFとも矛盾しません。
なお、3人の子ども自身の血液型は確認できていません。
第4章 「愚行の果てに」が示す、3人の父親
ここからが今回の考察で最も重要な部分です。
PS2版の追加エピローグでは、事件から約3年後、世界、言葉、光の子どもたちが公園で顔を合わせます。
3人の子どもは、確かによく似ています。
髪色には違いがありますが、髪型や顔立ちには共通点があります。
特に前髪の形などは、泰介を連想させる描き方にも見えます。
一方、世界の子どもの暗い茶色の髪は、世界自身の髪色に近いとも解釈できます。
ただし、容姿だけで父親を判断することはできません。
重要なのは、その類似が単なる視聴者の印象ではなかったことです。
光の一言と、泰介の動揺
光は、3人の子どもが見分けられないほど似ていると発言します。
しかも、その感想を泰介に向けています。
泰介は言葉に詰まり、曖昧に否定して、すぐに話題を変えようとします。
この反応は明らかに意味深です。
続いて言葉も、子どもたちが似ていることについて感想を述べます。
その後、泰介は言葉に謝ろうとします。
しかし言葉は、謝るなら自分ではなく誠に謝るべきだと告げ、泰介を厳しく非難します。
そして、言葉は誰にも話せないことだと告げ、最後にこう続けます。
「私だけじゃ……なかったみたいですし……」
今回、最も考えさせられたのが、この一言でした。
「私だけではなかった」とは、世界のことを指していると読むのが自然でしょう。
つまり、言葉は世界にも泰介との過去があったことを察した。
さらに、世界の子どもも泰介の子どもなのではないかと考えた。
ここまで演出されている以上、制作者が3人全員を泰介の子どもだと疑わせようとしていることは、かなり明白です。
私も、この場面を見て当初の解釈を修正する必要があると感じました。
しかし、一つだけ別の可能性が残されています。
言葉がそう考えたことと、実際の父親が泰介であることは、同じではないのです。
第5章 もし、言葉と泰介の推測が間違っていたら?
ここからが、今回のIFの核心です。
父親の候補を誠と泰介の2人に限定すると、3人の子どもの父子関係は8パターン考えられます。
世界・言葉・光の子どもの順に並べると、次のようになります。
① 誠・誠・誠
② 誠・誠・泰介
③ 誠・泰介・誠
④ 誠・泰介・泰介
⑤ 泰介・誠・誠
⑥ 泰介・誠・泰介
⑦ 泰介・泰介・誠
⑧ 泰介・泰介・泰介
このうち、PS2版が最も強く示唆しているのは⑧でしょう。
しかし、今回私が考えたいのは④です。
④のIFなら、同じ会話が別の意味になる
今回のIFでは、言葉と泰介はすでにDNA鑑定によって、言葉の子どもの実父が泰介だと知っています。
しかし、世界の子どもの父親については知りません。
そして3年後。
初めて3人の子どもたちを見比べた言葉は、その類似に驚きます。
自分の子どもと光の子どもが似ている理由は知っている。
しかし、世界の子どもまで似ている。
そこで世界にも泰介との過去があったのではないかと察した。
一方、泰介にも世界との過去に心当たりがあります。
だからこそ、光に子どもたちの類似を指摘され、動揺した。
自分と世界の過去や、言葉と共有する秘密が、光や踊子に知られることを恐れたのでしょう。
しかし、今回のIFでは、二人の推測が間違っています。
世界にも泰介との過去はあった。
それでも、世界が出産したのは誠の子どもだった。
言葉と泰介は、言葉の子どもの父親については真相を知っている。
しかし、世界の子どもの父親については誤解しているのです。
誰も真相を確かめようとしない
言葉と泰介は、自分たちの秘密を守るため、世界の子どもに対する疑惑も口にできません。
光は夫の過去を知らない。
踊子も、世界と泰介の関係を知らず、孫を育てながら娘の帰りを待っている。
そして世界本人は、その場にいません。
世界の子どもの実際の父子関係を、誰も確認していない。
しかし、今回のIFでは、読者だけが一つの真相を知っています。
3人のうち、世界の子どもだけが本当に誠の子どもだった。
これなら、追加エピローグの台詞を一切変えずに、⑧とはまったく違う結末を描けるのではないでしょうか。
第6章 「我が子へ」と「愚行の果てに」――二つの皮肉
最後に、二つのエンディングのタイトルについて考えてみます。
原作は「我が子へ」。
追加エピローグは「愚行の果てに」。
④と⑧では、この二つのタイトルが違った意味を持つことになります。
⑧の場合――誠の実子は誰もいなかった
全員が泰介の子どもだったとすれば、誠の実子は誰も生まれていなかったことになります。
誠は世界と言葉、どちらのお腹の子どもも自分の子だと思っていました。
そして言葉を愛し、結婚して子どもを育てようとしていた。
しかし、実際には誰の実父にもなれなかった。
これが⑧の持つ、最も強烈な皮肉でしょう。
④の場合――誠の実子だけが両親と暮らせない
では、今回のIFではどうでしょうか。
誠が言葉との結婚を決意し、ともに育てようとしていた子どもは、実際には泰介の子どもだった。
一方、世界のお腹にいた子どもこそ、本当に誠の子どもだった。
しかし、誠はその子が生まれる前に命を失っています。
そして世界も、3年後には子どものそばにいません。
誠の実子だけが、父親とも母親とも一緒に暮らせず、祖母の踊子に育てられている。
一方、光の子どもは泰介と光の家庭で育っています。
言葉の子どもも、言葉に大切に育てられている。
しかし、その子の実父については、言葉と泰介だけが知る秘密がある。
そして3年後。
言葉と泰介は、世界の子どもまで泰介の子だと疑ってしまう。
本当に誠の子どもだった存在が、誠の子ではないと疑われてしまう。
私は、ここに④ならではの皮肉があると思います。
ただし、誠が育てようとしていた言葉の子どもに血のつながりがなかったからといって、その決意まで無意味になるわけではありません。
誠が誰を愛し、誰と家庭を築こうとしていたのか。
そして、実際には誰の実父だったのか。
その二つが食い違っていたことこそ、④の悲劇なのだと思います。
何も知らない子どもたち
3人の子どもたちは、大人たちの事情など知りません。
ただ、一緒に遊んでいるだけです。
しかし、その背後には誠、世界、言葉、泰介、光、それぞれの過去があります。
子どもたちに責任はありません。
それでも、親たちの行動によって、育つ環境も、抱える事情も変わってしまった。
過去の行動は、そこで終わらない。
時間が経っても、次の世代に影響を残してしまう。
私は、「愚行の果てに」というタイトルを、そんな意味でも受け取れると思います。
結論――世界の子どもだけが誠の子だったなら
実際のPS2版では、3人とも泰介の子どもだという疑惑が強く演出されています。
その意味では、⑧の方が制作者の意図に近い可能性は高いでしょう。
今回の④は、それを否定するものではありません。
同じ映像、同じ台詞の中に、別の真相を置いたらどうなるのか。
それを考えたIFです。
世界は事件後に司法手続きを経て社会復帰したものの、その後に姿を消してしまった。
踊子は世界に代わって、誠の子どもを育てている。
一方、言葉と泰介はDNA鑑定によって知った秘密を共有し、言葉の子どもを誠の子として育てることにした。
そして3年後、二人は世界の子どもまで泰介の子だと疑ってしまう。
しかし、その推測だけが間違っていた。
本当に誠の子どもだったのは、世界の子どもだけだったのです。
このIFでは、誰かが最後に真相を明かす必要もありません。
言葉と泰介は秘密を抱えたまま。
踊子は娘の帰りを待ち続ける。
そして世界の子どもは、自分の出生をめぐる大人たちの事情を知らずに成長していく。
⑧が、3人全員の父親が泰介だったという衝撃的などんでん返しなら、④は、誰も完全な真相を知らないまま続いていく悲劇です。
これは公式の真相を証明する考察ではありません。
私が2005年に原作をプレイしたときから気になっていた、事件後の空白を埋めるために考えた、一つのIFシナリオです。
もし、世界の子どもだけが本当に誠の子どもだったなら。
私は、そんな結末もまた『School Days』らしい、皮肉な後日談になるのではないかと思っています。
2005年に原作をプレイしたときには、まさか21年後に、子どもたちの髪色や登場人物の一言から、ここまで事件後の人生を考えることになるとは思っていませんでした(笑)
※見出し画像は『School Days』の公式ビジュアルをもとに、AIで加工した非公式のファン制作画像です。
最後に――私が④説を考えた理由
私は、PS2版の追加エピローグ「愚行の果てに」そのものは気に入っています。
2005年に原作をプレイして以来、ずっと気になっていた「我が子へ」のその後が描かれていたのですから。
ただ、3人の子どもが全員泰介の子だったという結末には、少々不満があります。
確かに衝撃的な展開です。
特に、言葉の子どもまで泰介の子だったという示唆には、私自身も驚かされました。
しかし、世界の子どもまで泰介の子だったとすると、少々やり過ぎではないかと感じるのです。
そもそも『School Days』は、主人公である誠の行動や選択によって、人間関係が複雑に絡み合っていく物語だったはずです。
その物語の最後に、泰介がすべての子どもの父親だったという展開を持ってくるのは、衝撃を優先しすぎているように思えます。
また、「愚行の果てに」は事件から突然3年後へと話が飛びます。
その間に、光は泰介と結婚し、世界や言葉の子どもと同年代に見える子どもを産んでいます。
一方、世界は子どもを出産した後に姿を消し、母親の踊子ですら生死を把握していません。
これらの状況を同時に成立させようとすると、どうしても無理のある部分が出てきます。
私は、このあたりの設定が十分に練られていないことも、追加エピローグの惜しいところだと思っています。
今回の④説を考えるうえで最も苦労したのも、実はこの部分でした。
私がやりたかったのは、「愚行の果てに」を別の物語に書き換えることではありません。
作中で確認できる事実や台詞はそのままに、事件から3年間に何が起こり、それぞれの登場人物が何を知り、何を考え、どのような行動を取ったのか。
その経緯を整理し、3年後の彼らの心理状態を考える必要がありました。
そして、実際に変更したかったのは、世界の子どもの父親が誰だったのかという一点だけです。
私が考えた④説は、決して登場人物を救済するためのものではありません。
誠は言葉を選んだ。しかし、本当の自分の子どもは世界の子だった。
世界は誠の子どもを産んだものの、自らの行動によって、その子どもから父親との未来を奪ってしまった。
言葉は自分の子どもの父親について真実を知ったものの、今度は世界の子どもについて誤った推測をしてしまう。
泰介もまた、その推測を疑わない。
そして、本当に誠の子どもだった存在が、誠の子ではないと思われてしまう。
まるでボタンを一つずつ掛け違えていくように、それぞれの選択や思い込みが少しずつずれていく。
しかし、誰もその間違いに気づかないまま、物語は終わる。
私は、こうしたすれ違いの積み重ねによって生まれる皮肉な結末の方が、よほど『School Days』らしいと思うのです。
もちろん、これはあくまで私自身の解釈です。
まさか21年後に、改めて追加エピローグを見直し、ここまで登場人物たちの人生を考えることになるとは思いませんでした(笑)