2011年05月25日
例えばトヨタのクルマが顕著な例なのかもしれませんが、私の思いつく車に関して、そのほとんどのクルマがモデルチェンジに失敗しています。言い方を換えると、特に近年の成功作と思われる車のほとんどが
「オールニュー」の初代モデル
である、と言ってもいいかもしれません。この理由を何となくズーっと考えていました。
では、「ほとんど失敗している」という例に入らないモデルはどれか?
現行モデルは知りませんが、それでもセルシオは多分、初代から数えて3代目まではまずまずの成功作続きであった、という印象を持っています。
現行型はちょっと怪しい気もしますが、それでもクラウンは代々ソコソコの販売台数を誇っているまずまずの成功作続きでしょうか。中には140系のように、特にそのマイナー前モデルは稀有なほどの失敗作といわれましたけど。
そのほかには、中味的にはちょっと怪しいですけどエスティマもそうかな。セールス的には却って初代が一番の失敗作だったと言えるかもしれません。
例えば、すいぶんヒットしたモデルがあったとします。よくありがちなパターンは、代を追うごとに少しづつ販売数が減っていく、というパターンです。劇的な落ち込みもないけど、急上昇も無く。でも何となく微減・微減続きで、どうもパッとしない。
で、中には「あれ?」と思うほどセールス成績が落ち込む車もあったりします。私の記憶でいえばイストのモデルチェンジがそうでしょうか。あとはカルディナもそうだったかな。特に3代目。あれは売れた記憶がなかったなあ。
EXIVも初代は随分売れたそうですけど、私の知っているEXIVは売れた記憶がまったくありませんでした。もっとも営業所内では、エクシブをもっとも売っている営業は私でしたが。
もちろん時代による浮き沈みもあると思います。サーフなどはバブル期、随分売れたそうですけど私の知る時期にはさっぱりでした。ソアラもそうですね。2代目まではものすごく売れたそうですけど、3代目はさっぱりでした。
例えば、今念頭にあるクルマで言うとデミオ。
あれも初代は随分と頑張って売れたクルマで、一時のマツダの窮状を救ってくれた車であったと記憶しています。ところが今のデミオがそれほど売れ続けている車かというと、そういう話は聴きません。少なくとも車自体の出来はソコソコいいという話は聞くのですが。
コレは私の個人的な解釈ですが。
今までにも、今時のクルマは大きすぎるだの、立派になりすぎただの。国内市場を置き去りにし、海外での売れ行きを最優先して企画されているのでは?といった疑問をあげてきました。でも、どうもそればっかりでもないような。
もっと根源的なところで、次のモデルチェンジでは、
もっといっぱい売ろうと気負いすぎているのではないか?
ということを近頃は疑うようになってきました。
ロードスターのモデルチェンジに関して書いた文章では「先代モデルを代替母体」と想定することは思い違いではないか?というようなことを書きました。私的にはロードスターという車の在るポジションが好きなのではなく、初代ロードスターというクルマそのものが好きなのであって、人馬一体が、とか気軽に乗れるオープンが欲しいのではなく、初代リトラのロードスターが欲しかったのです。あれが良いんです。
ヴィッツも、初代が良かった。ああいうコンパクトなサイズの、どのクルマから乗り換えても違和感なく乗れる、先進性と居住性と安心感のあるクルマ。トヨタほどのラインナップを誇るメーカーであるならば、「もう少し広い」ヴィッツや、「もうちょっとボリューム感のある」ヴィッツが欲しかったら、カローラランクスやアレックスを勧めればいいだけの話であって、大元のヴィッツ自身がそこにいく必要は全くなかったのだろう、と最近は思うようになりました。
先ほど話しに出したデミオもそうです。初代のような、しまりのあるハコとしてのコンパクトハッチ1.5BOXというキャラのデミオが良かったわけで、デミオという名前でスタイリッシュコンパクトを狙う、という神経は果たして如何なものなのか?別にデミオの名前を使う必要はないのでは?
こういうことを思うと、クラウンやセルシオがソコソコの成功をモノにし続けてこられている理由も見えてきます。つまり、パーソナルカーとしての最高級ラインアップはどうあるべきか?というところからは動いてないんですよね。そういうキャラクターとして車体はもう少し大きくても良い、とかそうした変動はあったわけですけど、それでもクラウンであり、セルシオであり続けてきたからこそソコソコ売れ続けた。
別に国内的にはレクサスでなくともセルシオという通り名で十分だったわけですから、新興勢力おのぼりさん仕様的な「ハッタリ」レクサス仕様は結局エンブレムチューンの格好の対象以上ではなかった、と思っています。
よくモデルチェンジの開発テーマに「ユーザー層の若返り」を図る、何てことが書かれていました。今はプレミオの単独ネームとなりましたが、嘗てはコロナ「プレミオ」であったところを徐々にコロナの名前を縮小していき、遂には現在、コロナの名前を消滅させたています。でも、そうまでしてコロナの名前を消さなくっても良かったのでは?とは良く思うところです。カローラはファミリーカーのエントリーセダンであり、コロナはそれよりもちょっと大き目の余裕とゆとりを備えたセダンでした。いわば5ナンバーというサイズを上手く使った実用セダンです。
それでいいじゃない。そういうクルマはキチンと抑えておくべきだと思うんですよね。変に若返りなどということは考えなくってもいいのでは?と。
そろそろ仕事をしなくてないけない時間となりましたので、尻切れトンボではありますが、今日のお話はここまで。
モデルチェンジをするのであれば、真っ先に「己の分を守る」というか、「このモデルのポジションは何ぞや」という所からきちんと再考し、原点を再確認するということをもっと考えてみてもいいのでは、という気がしてなりません。メーカーの独りよがりで「誰もそこまで求めていなくって。意気込んで開発はしてみたものの、そこにお客はいなかった」という例に枚挙に暇がない、という感じが強いなあ、最近は。
Posted at 2011/05/25 14:16:47 | |
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