「新しいクルマ、買わなくていいのかい?」
僕のアパートを訪ねてきたおふくろに聞かれ、
「あるのになぜ?」
と、逆に聞き返すと、怪訝な顔をされた。
「動くから、いまの軽でいいよ」
と答えると、不思議なものでも見るような目つきで、こう言われた。
「大丈夫かい?」 と。
大学院から、そのまま研究室に残り、6年目の春。
今は、大学近くの安アパートを借りて、ひとり暮らしをしている。
親からは、自慢の息子と言われ育ったつもりでいた。
でも、最近はおふくろの言葉にもトゲがある。
彼女はいないのかい?
結婚の予定はないのかい?
収入は足りてるかい?
食事はどうしてるの?
助手の仕事は、楽しいかと聞かれれば、普通。
彼女はいないし、当然、結婚の予定もない。
食事は普通に、自炊もたまにはする。
お金だけが人生じゃない、好きなことを見つけなさい。
若い時の勉強と苦労は、買ってでもせよ。
両親も、そう言ってたよね。
おふくろが、不安そうな顔で言葉をさがしている。
「楽しいかい?」
どこから湧いてきたのか、シンプルな質問だ。
人生なんて、こんなものじゃないのか。
そんなに楽しいことや、劇的な変化なんて滅多にない。
ないにこしたことはないよね。
急な病気や不幸に備えて、貯金もしてるし保険にも入ってる。
40才までには、結婚もしてるだろう。
きっとだが。
「ふぅー」
長いため息をひとつ。
「なんでこんな風になっちまったのかねぇ」
横を向いたまま、おふくろがつぶやく。
おいおい、何かがいけないとでも言うのか。
最初はクルマの話だったよね。
クルマを変えたら、何かが変わるとでも?
「変わる」
おふくろは、断言して続ける。
「オープンカーに乗れば、自然が他人事でなく身近に感じられるわよ。
高級車に乗れば、お金をかけて何を守ろうとしているかがわかるの。
スポーツカーに乗れば、どう喜びとしてスピードを求めるかに気付くし」
そこまで言うのならと買った、このBENZ SLK。
これなら全部、備わっているだろって。
自分で決めて、自分でお金だして、当たり前だけれど自分の選択だ。
乗って、少しだけわかったことがある。
おふくろ、産んでくれてありがとう。
Posted at 2011/04/18 08:26:48 | |
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