そこは、思っていたよりずっと立派な野球場だった。
コンクリートで造られた、バックネット裏の観覧席。
1塁側、3塁側に、それぞれ屋根付きのベンチまである。
市営グラウンドとまではいかないにしても、簡素ながらナイター設備。
外野にはスタンドと区別できるようフェンスまで設けてある。
外周の高いネットも本格的なものだった。
郊外とはいえ、これだけの広さの土地を維持管理するのは並大抵ではあるまい。
会社の福利厚生施設であり、一般市民にも無償で貸し出されているという。
地元と強く結びついた会社である証しだと思った。
ここの会社の社長であるY君から連絡をもらった時は、
これほどの規模の会社だとは知る由もなかった。
Y君とは若手経営者が集まる会の仲間で、一緒に呑み歩いた時代があった。
歳は私より5歳上で、男前だったことが強く印象にある。
月1回の研修を重ねるその会で、僕は彼と出会った。
仕事のつながりを持つための会ではない為、業種や職種は話題にならない。
経済や景気の話になると、それぞれの業界ではどうかといった報告がある程度。
上下関係も無く、歳が違ってもお互い○○君と呼び合っていた。
Y君はさっぱりした性格で落ち着きがあり、高倉健のようだと思って見ていた。
地方の会社の3代目で、親の急死で慌ててあとを継いだと言っていた。
真夏のグランドの外野で、麦わら帽子に地下足袋姿のY君を見つけた。
腰には白いタオル、真っ黒に日焼けした肌は、ゴルフではなく草むしりだと笑顔で言う。
少し西に傾きかけた炎天下での帽子の影に、彼の白い歯が眩しかった。
経済的な危機に直面した彼は、会社の資産、個人の資産を処分していった。
それでも、このグランドはどうにかして残したいと考えていた。
「社員は切りたくないし、彼等も状況を理解して必死に働いてくれている。
僕ができるのは、金策と掃除と草むしりくらいなんだよ」
これまで外注で頼んでいたグラウンド整備を、仕事の合間を見て自らやるY君。
「少年野球で子供達も使うからね。 除草剤は使いたくないんだ。
経費削減って思ってたけど、昼間は暑さで目が回ってくるんだよ」
良家のボンボンだと思っていたY君の噂を、他の友人から聞いたことを思い出す。
学生時代に父親が急死し、大学を中退して親の会社を継いだらしい。
厳しい状況を乗り越えた経験が、彼の親分肌的気質に表れていると。
あれから5年、今もあのグラウンドにはY君の会社名がついている。
地下足袋に麦わら帽、白い長袖シャツに手ぬぐい。
笑顔で古いレンジローバーに乗りこむY君の姿が、僕の目に焼き付いている。
銀行からこの話が来た時、即答で引き受けると返事をした。
「公園である間は、利回りどころか持ち出し同然ですが」と、躊躇気味に話す支店長に、
「そちらの担保の足りない分は、自己資金で埋めますから」と答える。
うちの会社の近くにある児童公園の所有者が破綻し、任意売却される。
債権者である銀行から、肩代わりしてくれないかと依頼が来た。
市との契約期間がある為、すぐに用途変更ができないのだそうだ。
この話を聞いた時、頭に浮かんだのがY君のことだった。
「人のため、まちのためなんてセリフは人前で恥ずかしくて言えやしないが、
自分と家族にくらい誇れる生きかたがしたいんだよ」
Y君と呑んだときに聞いた、彼のセリフ。
笑って話す彼の眼には、厳しかった当時の様子が映し出されているようだった。
僕もいつかY君のように、こっそり誰かのために喜ばれることができたら。
そのチャンスが、今、巡ってきたのだと思った。
話を聞いた妻は、にっこりほほ笑んでくれた。
今度、娘を連れて3人で遊びに行ってみようと思う。
Posted at 2011/08/08 11:00:24 | |
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