ピカソだって、イチローだって、進路で悩んだに違いない。
小学生の時、通っていた絵画教室で先生に褒められたことがある。
TVにも紹介され、学校でのあだ名がピカソになった。
以降、図工と美術の成績はずっと5で、提出作品は全て何らかの賞をもらった。
親父の影響で野球好きだった俺は、ずっとプロ野球選手になりたいと思っていた。
高校進学で、甲子園を狙える私学に行くべきか悩んだが、結局は地元の進学校へ。
部活レベルでの硬式を、3年の夏まで続けた。
今まさに大学受験を前に、俺は何者なのかという疑問にぶつかっている。
勉強が好きで大学に行くなんて訳もなく、進みたい学部も定まらず。
勉強してこなかったことを棚に上げて美大受験なんてのも、俺自身許せない。
自分の人生は自分が決める。
自分は何が出来、何をして食べてゆくのか。
当たり前のテーマに、正面から向き合ってゆかねばならぬ時期なのだ。
担任の先生は言う。
就きたい仕事に最短の学部学科を選んで受験せよ。
大学は、なりたい大人になる第一歩。
そう言われても、どんな仕事に就けるかもわからないのに決められないだろ。
例えば美大を出ても、絵描きでは食べてゆけない。
漫画家になりたいからって、大学出てなれるとは限らないし。
他人より少し優れた面があったって、その特技を活かした仕事があるかは不明だ。
高校までの教えてもらう勉強から、大学は自ら学ぶ場になるという。
自分が働く姿を想像できないから悩むのかもしれない。
身近な大人に聞け。
これまでは、ただ何となく雰囲気で察して進路を決めてきた。
親父に聞くのが良いとわかっていても、なかなか言い出せないでいる。
俺の親父は、自動車部品関係の会社に勤めている。
地元の少年野球チームのコーチを、俺がいた頃からずっと続けている。
休みになると朝から出かけてゆき、なかなか話す機会がない。
会社が震災の影響で平日休みとなり、暇にしていた親父と出かけることにした。
ここしかないと、クルマの中で運転する親父に話しかけた。
「親父は何で今の仕事を選んだの?」
ステアリングを握り、前を見たままの親父が、静かに話し始めた。
「俺もずっと野球やってきたが、とてもプロになれるほどじゃなかったし。
大学じゃオチ研ってのに入ってて、将来は落語家ってのも少しは考えた。
でも、普通に働くってことは、簡単そうで大切なことだからな。
会社に入って、給料もらって、家族を養うってのも大事なんだ」
俺、親父が会社でどんな仕事してるのかもほとんど知らない。
知っているのは、会社名と役職だけ。
夜遅くしか帰ってこない親父と、あまり話す時間もないし。
「親父の会社って、どんな仕事してんの?」
尋ねられた親父はしばらく黙っていたが、急に道路の縁石の切れた場所から
クルマを入れると、広い歩道の真ん中に停止させた。
うちのクルマは、レクサスRX270。
大きな荷物が載せられて便利なのと、視界が高くて気持ちがいい。
トヨタ車しか買わない我が家が、初めて買ったレクサスブランドだ。
クルマから降りて、前に来いと呼ばれた。
行くと、いきなりクルマの下に潜り込み、お前も寝ころべと言う。
並んで下へ潜ると、仰向けのまま親父が説明をし始めた。
「このクルマはFFと言って、前にエンジンがあり駆動輪も前にある。
エンジンの下に見えるここの部品を造っているのが、うちの会社だ。
このクルマで約2万点くらいの部品数が集まって完成品になるんだ」
これまでクルマの下に潜ることなんてなかった俺。
当たり前のことのように、クルマの構造を指差しながら説明する親父。
たった1台のクルマで、社会と人のつながりが見えてくるような気がした。
「おーい、大丈夫ですか?」
大きな声で呼ばれて横を向くと、複数の人の足が見えた。
ボンネットの下から這い出てくると、多くの通行人に囲まれていた。
轢かれたとでも思われたのだろうか。
隣りに並んで胡坐をかいている親父が、照れ臭そうに頭を掻いた。
Posted at 2011/08/30 19:48:32 | |
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