
昨日は数年ぶりに姉と待ち合わせて
行きつけの寿司屋で会食です
話の中で亡き母の実家である鹿児島の話になり
今はどうなってるのか?と話したところ
姉は数年前に訪ねたそうです
鹿児島県日置郡市来町
現在は「いちき串木野市」と言うらしい
母の実家は代々この周辺の地主で
戦後の農地改革で土地は無くしたものの小作人からの人望もあり
戦後も祖父と祖母は共に穏やかに暮らしてました
子供の頃、母に連れられて市来に行った時
市来駅から実家に続く道を歩いていると
農作業をしている人達が手を止め
麦わら帽子を取って挨拶してくれたことを思い出します
実家の近くには
鶴ヶ岡八幡神社があり
古びた階段を降りると鳥居があり
(グーグルアースで検索したら有りました)
鳥居の先には鹿児島本線の踏切がありました
(昔は鳥居の前の道路は無かった)
最後に母と鹿児島に行ったとき
(母は自分が11歳の時に病で亡くなりましたが、その前の数年間は入退院を繰り返し家には不在でした。たぶん自分が5~6歳の頃だと思うので1957年頃)
村の人達がこの神社の鳥居の下に集まり
東京に戻る母の乗った列車に向かって
日の丸の旗を振って見送ってくれたのを思い出します
その時の母はこれが最後と悟っていたのか
列車の窓から身を乗り出して泣きながら手を振っていました
確か急行霧島だったと思う
東京~西鹿児島間 約26時間半
当時の鹿児島本線はまだ電化される前でSLが牽引してた
そのため、トンネルを通過するとき車内に煙が流れ込むので
乗客が慌てて閉めていた記憶がある
昭和30年代前半の急行霧島は寝台車など連結しておらず
こんな感じの客車で26時間半揺られて行きました
夏にはお祭りがあり
神社の境内ではこんな格好をした人達が踊り
鹿、虎、牛、鶴等の巨大な張り子が繰り出して
芋焼酎が入った大きな樽を担ぎ
竹のストローで焼酎を飲みながら地域を回ってましたね
「市来の七夕踊って約400年の歴史を持つ国の重要無形民俗文化財だったらしい
何でも2022年をもって終わったらしい 💦
国道のバス停には雑貨屋があり
自分が行くと何でも無料で好きなものを好きなだけ渡してくれました
(どうやら祖母が孫が来たら何でも渡すように話してたらしい)
今は「コープ大里店」になってた 💦
70年ほど前の事なので今では当時の面影は無いかもしれないが
まだ自分が元気な内に一度行って見ようかな
Posted at 2026/10/19 09:49:36 | |
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