TiPo 92年9月号コラムより 続き・・
光永が8本のコンロッドと重いクランクシャフトをたずさえて、再びマリオ・ロッシの
所に戻ったのは半年後の事である。
ロッシは光永が床に置いたパーツを見て目を丸くして驚いた。
「本当に買ってきたのか?あのハンクのクソ親父が本当にシャフトを売ったのか?」
光永はうなずいた。「お前が気に入ったよ。作ってやる。お前が今まで見たこと
も無いようなV8を一基、組んでやる。本物の700馬力がどういうエンジンか
見せてやろう」
ロッシは、アメリカンV8チューンの要点は第一に素材と素性第二にバランス、第三に組み立て、
そして最後に仕様=スペックだと主張している。
ロッシが使うのはシボレーが70年に発売した「454CID」V8である。市販車用のLS1から
マッスルカー用のLS5、最強のLS5の出力が430馬力だ。だがシボレーはその上にLS6、
LS7という特別製のエンジンを用意していた。レース用だ。
1~5のねずみ鋳鉄製ではなく、鉄に炭素、ニッケル、クローム、モリブデンなどを配合した
高力合金鋳鉄製である。
LS7の価格はLS5の五倍以上もする。だがロッシにとっては素材に過ぎない。LS7を入手すると、
ロッシはパーツを分解し、エンジン本体、ブロックを野外に半年放置しておく。
鋳鉄には溶けた鉄が冷えて固まるときのひずみが鋳造後も残っている。残留応力という。
それを残したままエンジンを組んでしまうということはひずみがすこしずつ抜けていくのにしたがって
、エンジンがゆがんでいくのを許すのとおんなじだ。
ブロックがゆがめば、エンジンは壊れる。だから放置して応力が抜けるのを待つのだ。
こうして「枯れた」ブロックを精密に機械加工して寸法を整え低圧縮化低バルブ開度のパーツを
組み付けて低出力のエンジンに仕立て、適当なクルマ(自分のステーションワゴン、友達の
ピックアップ版etc)に載せて、1万キロほど走らせる。
死んでいたブロックに熱が加わり、水が流れ、新たな応力が与えられるのだ。
いくら精密に加工してあっても、ここで素材の欠陥を暴露するエンジンは多い。
中には目に見えないような細かいヒビを発生するブロックもある。エンジンを分解すると、
そうした欠陥を電磁探傷法や超音波検査法、浸透探傷法などのテストで選別し、
素性のランクをつけていく。光永が手にしたのは三番目の等級Cブロックと名付けられたランクだった。
Aブロックは3000馬力級のホットロッド用エンジンのベースになる。
Bブロックは主に800馬力級のやはりホットロッド用。CランクはNASCARストックカー用だから、
要するに700馬力の目標値に対しては十分以上だった。
もう一度機械加工を行った後、ブロックの内側を入念に研磨する。これも応力を一ヶ所に
集中させないための工夫だ。組み立てには超一流のパーツしか使わない。
作動パーツはすべて鍛造、一つずつ機械加工、熱処理か表面加工処理を施し、バランス取りを
してあるレース用パーツだ。カレロのコンロッド、ハンク・ザ・クランクのクランクはよく名の知れた
超一流品である。
価格は、チューニングショップ製や大手メーカー製のチューニングパーツのおおむね10倍から20倍
になる。組み付け自体にもテクニックがある。ボルト締め付けトルク次第で軽く20~50馬力の差が
出るという。それはチューナーの秘中のノウハウだ。
巨大なV8は、何も意識せず気楽に作って気楽に組んでも大トルク、大パワーを出す。アメリカンV8が
尊敬と同時に軽蔑も一手に集めているのはそのためだろう。
しかしそこからさらに100馬力を引き出して同等の信頼性を与えようとすれば
その途方もない大きさと重さが障害となって立ちはだかる。200馬力プラスならば高度な
ノウハウと内燃機関。材料工学に対する経験と知識が必要だ。
7・4リッターのV8から300馬力を出す事は造作もないことだ。
続く・・・
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Posted at
2011/06/23 23:01:01