討議資料の要旨
1.
はじめに
米国でのエンロンやワールドコムの会計不正事件が発生し、その直後、カネボウやライブドアの会計不正事件が続いて発生したことから、我が国の財務諸表監査制度の見直しが実施された。
しかし、これらの制度改正が大幅にかつ短期間に行われたこともあり、監査現場には多大な負荷をかけることとなった。
更に、会計不正が司法の場で問われるケースが増加しており、賠償能力の高い監査法人が訴訟の対象とされる傾向から、今後、法律専門家の関与が増加することが指摘される。
そこで、日本公認会計士協会・近畿会では会計不正事件の判決に焦点を当てた調査・研究を行い、その結果、会計監査専門家と法律専門家の間の思考過程や基本的認識において存在する隔たりを解決し、もって経済インフラとしての監査制度をより有効に機能させる必要があるとの結論を得た。
そこで、会計専門家と法律専門家との双方向での意思疎通を図るため大阪弁護士会に上記調査・研究への参加を依頼し、会計・監査論の学者の参加を得て、平成22年6月26に「会計不正判決に関するシンポジウム」を開催した。
このディスカッションペーパーは上記のシンポジウムでの討議内容をまとめたものである。
2.
判決事例からみる問題点
シンポジウムは、先ず、二つの会計不正事件の判決事例を比較しながら、パネラーの公認会計士・弁護士・学者から自由な発言を求めた。その主なものは次の通りである。
(1) 監査の限界について
財務諸表監査の目的は時代背景とともに変化しており、現在では重要な虚偽記載(粉飾決算)の発見も主要な目的とされる。
ただ、虚偽記載の行為者が巧妙なスキルを使って、あるいは外部者と共謀等をすることで監査人の正当な注意義務が及ばない環境下で発生した重要な虚偽表示については、監査人に過失が無かったとされる可能性がある。
(2) 不正の兆候について
監査において重要な虚偽記載がある可能性を示す兆候(異常性)が認められる場合、監査人はリスク・アプローチに沿って追加的監査手続を取る必要がある。
この場合、監査人は自らが実施した監査手続の内容と実施時期が有効であったことを立証することが強く求められる。
(3) 専門家の利用について
財務諸表監査では必要に応じて各種専門家の知識やスキルを利用することが要求されており、例えば内部統制がIT(情報技術)に大きく依存している場合、監査人はIT 専門家を積極的に利用して会計システムの評価を実施する必要がある。
3.
今後の課題
二つの判決事例検討に引き続き、これらの判決が示唆する今後の課題について討議を行ったが、その主なものは次の通りである。
(1) 監査における重要性判断について
監査人が法的責任を問われる場合、当該監査人が「正当な注意」を行使していたかが争点となり、その「正当な注意」とは平均的な職業的監査人であれば同一条件下で当然に行使すべき注意の水準と解される。
ただ、これらは抽象的な概念であることから、結局は個々にケースバイケースで判断されることとなり、今後、具体的な会計不正事件に係る監査資料を蓄積・分析していく必要がある。
(2) 組織的な監査について
公認会計士は財務諸表監査証明業務が国家資格として独占的に認められていることから、監査証明意見の品質が合理的に保証される仕組みが求められる。
このため監査の計画から意見形成に至るまで、監査に関与しない公認会計士により監査品質を管理することが「監査基準」で要求されている。
よって、今後、組織的監査が実施されたかどうかについて、監査法人の事務所としての品質管理責任が法的にも問われることになる。
(3) 行政処分の影響について
行政と司法は異なる制度であり、一般に、行政処分が直接的に当該民事訴訟に影響を与えることは無いとされる。
しかし、実際問題として、行政処分が先行したケースにおいて裁判官の心証形成に大きな影響を与えることは否定できない。
同様に、監査上の規範とされる実務指針を公表する日本公認会計士協会の処分も司法判断に影響を与えることから、今後、双方の処分内容及び根拠について十分な事後検証を実施していく必要がある。
(4) 課徴金制度の影響について
会計不正処理に係る課徴金制度が導入され、公権判断として金融庁が有価証券報告書の虚偽記載に係る課徴金の支払いに係る「検査報告書」が作成されるが、近時、民事訴訟の証拠資料として当該報告書の提出を命じる事例が発生している。
上記(3)の行政処分と同様に、今後、行政処罰についてもその動向を注視していく必要がある。
(5) 第三者(調査)委員会の位置づけについて
会計不正事件が発生した場合、弁護士・会計士等による第三者委員会の調査報告書が任意に公表されることが実務慣行として定着しつつあり、当該報告書が単に会計不正の事実関係の調査に止まらず、一部には監査人等の責任に言及したものが散見される。
当該委員会は制度化されたものでは無いにも拘わらず、その社会的な影響力は否定できないことから、今後、当該委員会の位置づけ及び調査報告書の適正性について事後検証される必要がある。
(注)第三者委員会については、平成22年4月13日に日本公認会計士協会が「上場会社の不正調査に関する公表事例の分析」を公表し、同年7月15日に日本弁護士連合会が「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」を公表しており、同年8月に東京証券取引所自主規制法人が公表した「上場管理業務について-虚偽記載審査の解説-」に上記ガイドラインを参照することを求めている。
4.
むすび
今回のシンポジウムを通じて、我が国での会計監査と司法の二つの分野での学際的な議論が必要であり、会計不正事件を民間・行政・司法の鳥瞰図的な視点で監査役等の役割りを含め検討されることが重要である。
米国の例にみるように、今後、我が国においても会計不正事件のケーススタディー資料の蓄積と分析が求められる。
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企業会計(監査) | 日記
Posted at
2011/01/31 14:28:21