ナルト記事は人気が無いのか有るのか解りませんが、久しぶりに書いちゃいます。いや、やっぱ凄いですわ。私が過去記事で「陰陽が万物のなんたらかんたら」なんつって書いたら、『いや、ソレ違うから』ってのをさっそく描いてくれたみたいで本当ビックリ!陰陽以外にもあったんです。それは『無』。トビが「名前等どうでもいい。存在そのものが無意味。」とかなり前に言っていたのに気づかなかった私...薬師カブトの「名前なんて無かった、僕には何も無かった」というくだりでハっと気づきました。うちはは忍者界ではビッグネーム。陰のうちはと陽の柱間以外に、カブトの無が出て来たのです。師匠の大蛇丸からの「無ければ付け足していけば良いのよ」というのもなかなか意味深い。トビは相変わらず何者か解りませんが、写輪眼と輪廻眼を持っているのをみる限りうちはの者と考えて間違いないようだ。うちはの因縁がトビに無意味な世界をつくらせようとしたのか?また、マダラの無限月読を独裁者支配と思っている五影達の考えは正論なのか?無限月読で全てを幻想にして支配するのは正に無の世界。無を支配して支配者と言えるのだろうか?空気を読みあい、マスコミの垂れ流すデタラメ情報に洗脳され統一された思想の仲間同士で暮らしているのは正に幻想世界の無であると思う。マダラあるいはトビが無の世界を創世できたとして意味が有るのか?漫画モンスターの絵本の中の怪物の 「せっかく名前を呼んでくれる人が出来たのに・・・今は誰も名前を呼んでくれる人が居なくなりました」というのとソックリなのです。ゼロと無限大は、相反するのに感覚的情緒的には全く同じ価値になる不思議。 ゼロの物に価値は無い。無限大にあっても価値は無い。なんてこった・・・