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かめい堂のブログ一覧

2006年08月31日 イイね!

カローラに夢見た未来

カローラに夢見た未来モータリゼーションの波が庶民の足下に押し寄せてはいたけれど、我が家のモーターは相変わらず50cc単気筒のカブであった頃、カローラはデビューした。
プラス100ccの余裕
100ccがどれくらいの量なのか、だから何が余裕なのかもわからない僕だったけれど、それが豊かなことのように思えたのは、近所を走り回っていたスバル360やキャロルよりもずっとずっと大きくて立派に見えたから、だ。
これで、やっと。
僕の家にもクルマがやってくるかもしれない

そう思ったのは、軽自動車など乗れるか、と豪語していた割にはクラウンやセドリックを買うことのできない、頑固で見栄っ張りで小心者の親父殿が家長であったからだ。
金属製の鉄道模型すら持っていなかった自分は我が家が金持ちではないことを薄々と知ってはいたし、とはいえ、プラレールなら持っている自分が食べるに困らぬほど貧乏ではない家の子であることも気付いていたわけで。
お向かいの家にはパブリカが、隣の家ではおろしたてのサニーが、ガレージ、というか、
庭と路地の境のような空間にお地蔵のように鎮座され、
いよいよ僕らの住む街にも本格的な自家用車の時代が来た、
そんなタイミングでの、トヨタの、この新しいセダンの登場なのだから、当然、
我が家のファーストカーはカローラだと、そう考えたのだし、
近所のトヨタまでカローラを見に行ったりしたものだから、そう確信したのだ。

ところが、どういうわけか我が親父殿は、首を縦に振らなかった。
明日からは雨風に関係なく快適な移動ができると信じていた少年は、夢物語に終わった自家用車騒動がなんとも哀しく、
CMで見る明るい未来は我が家にあるのか、ちょっぴり不安だったりもした。

それからしばらくして。
我が家にやってきたのは、トヨタの営業マンであった。
黒いカバンから出てきた、幾種類かのカタログ。
もちろん、あのカローラの写真もあった。

ついに、カローラが来るぞ

そんな僕の願いとは裏腹に、やっぱり頑固で見栄っ張りで小心者の親父殿が選択したのは。
コロナだったのだ。
そんなクルマは知らんのであって、なんでカローラじゃないのか、僕には不思議だったけれど、
営業マンが親父殿に言った決めゼリフは(後に母から聞いたのだけど)覚えている。

大は小を兼ねます。おとなりの車が小さく見えますよ

ん~、親父殿のクラウン志向は、この時に出来上がったのだな。
そして僕の MINI な嗜好、つまりはメーカーのヒエラルキーを嫌う思考も、この時から始まった、と。
そんなことを思い出した、お台場はトヨタの、カローラ生誕40周年記念展。
もしあの時、このカローラを選択していたのなら。

我が家のカーライフは、そしていま、僕が乗るクルマはなんだったのだろう?
Posted at 2006/08/31 19:52:37 | コメント(4) | トラックバック(0) | 自動車雑感 | クルマ
2006年08月29日 イイね!

BMW MINIは、GT Carなのか?

BMW MINIは、GT Carなのか?GTという称号に特別の想いを抱くのは、1960年代の空気をわずかでも吸った男たちに特有のものかもしれない。
それが Gran Turismo の略であることを知っているからでけはではなく、この二文字が意味する先に、高性能の三文字が隠されているからだ。
AlfaRomeo Giulia Sprint GT
ferrari dino 246 GT
Ford GT40
60年代の記憶を飾る素晴らしいクルマに掲げられた、GTというバッヂ。
それは、ヨーロッパという広大な大陸を高速に駆け抜けることを暗示し、アウストラーデからアウトバーンに至るまで快適に走り抜けることを示唆し、シリーズの中で最も強力なエンジンと凝った足回りが内包されていることを、
顕示していた。
だから僕らは。
GT Car に憧れたのだ。
ところが僕のカーライフにおいてこの二文字に恵まれたのは、今までに、たった一台しかない。

シトローエン BX GTi
末尾に i は付いたけどテールエンドに輝く GT のバッヂが誇らしげだったこのクルマは、その名に恥じぬグランド・ツーリング・カーだったけれど、皆がイメージする GT Car ではなかった、と思う。
気筒あたり4ヴァルヴであるとか、リッターあたりの出力が100psを越えているとか、のような
カタログフェチが唸るスペックとは無縁であったこともその一因なんだけれど。
なによりもシトローエンという名前が、高性能を連想させなかったのだ。
性能よりも先に奇妙という文字が浮かんでしまう、違うベクトルのテクノロジィを持ったクルマだけに、GT と名乗れぬ GT Car だったような気もするのだ。

Gran Turismo の意味するところが、地平線の果てまで駆け抜けることであるならば、
シトローエンほど相応しいクルマはないとも言えるのだけれど、その言葉の本旨は違うところにあるのかもしれない。
そう、GT Car とは。
単に地表を走るだけではなく、その行為に歓びを持てるかどうか、に意味がある。
少なくとも、37.8万km²の島国で乗る限り。
地平線の果てに辿り着く前に海岸線へ出てしまうわけで、大地を駆け抜ける欧米大陸のそれとは
少しばかりニュアンスは違うのだ。
山あり谷あり、ニッポンの道。

だから、BMW MINI は、間違いなく GT Car を名乗る資格はある、と。
そう僕は思うのだ。
シリーズの中には GT を謳うモデルは存在しないけれど、
BMWが造った MINI は旅へと誘うクルマだ。

クルマで旅に出よう

そんなふうに思わせるクルマこそ、真の Gran Turismo ではないのか、と 冷や汗2
Posted at 2006/08/29 17:09:21 | コメント(5) | トラックバック(0) | new mini | クルマ
2006年08月26日 イイね!

浅草の夏にサンバの狂乱

浅草の夏にサンバの狂乱 下町の夏に別れを告げるカバキーニョの調べ
 アスファルトの地面をも揺るがすバテリアの鼓動
 ビルの谷間に忽然と姿を表す巨大なアレゴリア

 浅草の目抜き通りを埋める50万とも100万とも
 言われる群衆の、その一員となった僕は。
 4分の2拍子という独特のリズムに、
 原始から宿る細胞が分子レヴェルで反応するのを
 押さえることができない。

あぁ、こわれていくぅ~ ふらふら

そうなのだ。
この強烈なるビートは。
理性という仮面を脱ぎ捨てろ!
そう言ってるに違いない。
だから僕は。
望遠レンズを構えるバーコードなオヤジ達を掻き分け、
井戸端会議に熱中する四段腹であろうおばさん方の間隙を縫い、
非難するような目付きの鬼嫁を置き去りにしてまでも、
歩道の柵を乗り越え見物客の最前列へと躍り出たのだ。
目の前に開けた、遮るもののない光景に、僕の本能は ...、

いやいや、それでは単に。スケベな中年オヤジだ 目がハート

クールな MINI に乗る者として、この位置に立っている自分に、なにか理由が必要なのだ。
きわどい衣装の女性を見たいのではない、決して。
パレードの華、パシスタに酔いしれたい、だけなのだ。
誰も聞いてはくれぬけれど、そのわけを一応考えた上で、単焦点のレンズを向ける。

なんたることか 冷や汗2

いま、紅い鳥の羽に身を包んだダンサーは、手を伸ばせば届きそうな位置にいる。
僕のために、サンバのリズムを刻んでいる(ように思う)。
それなのに。
シャッターを押す人差し指がフリーズしてしまうなんて。
やっぱり僕は、中途半端な男、なのだ。

そもそもサンバとは、チームプレイである。
パレードを露払いするコミサン・ディ・フレンチに始まり、群舞、旗持、楽器隊、そして、
巨大な装飾山車であるアレゴリアで締めくくる、総勢100名以上、場合によっては、300名近くが
ワンセットになる長大なるパレード隊なのであって、羽をまとったソロダンサーパシスタ
その一部分でしかないのだ。
目前で繰り広げられるTバックの競演は、
情熱というエッセンスをチームに与える存在なのであって、
それが全て、というわけではない。
というような、ウンチクを思い出す。
正しくは、路地でもらったパンフレットの受け売りだけど。

このチームのテーマはなんなのだろう?

そう、浅草サンバ・カーニヴァルは、単なるお祭りではない。
チームの優劣を競うコンテストでもあるのだ。
掲げたテーマに沿った衣装であるとか、振付であるとか、山車であるとか、
そんなところに注目しなくては正しいサンバの楽しみ方とは言えない。
冷静になって全体を眺めれば、その完成度の高さに驚かされる。
この隊列にいる方々の熱意の源はどこにある?

明日からは新しい一年が始まります
チームを率いるリーダーであろうか、スタート前のメンバー達に語りかける声が聞こえた。
参加する者達が一年の総決算を今日とするのも、わかるような気がする。

なんだか僕も、あの中に入りたい
そんな気持ちになってしまう、8月最後の土曜日。
狂乱する浅草での1日だったのでした。
Posted at 2006/08/28 17:54:12 | コメント(12) | トラックバック(0) | 墨田迷宮案内 | 旅行/地域
2006年08月22日 イイね!

ビアンキ嬢と妻と、Mariage Frères

ビアンキ嬢と妻と、Mariage Frèresジョージア午後の紅茶で済まされることの多い我が家ではあるけれど、たまには、本格的な喫茶を楽しみに行くことだってあるのです。
スターバックスやタリーズの美味しさと気楽さでも十分ではあるのですが、もう少し。
上質で、贅沢な時間を過ごしたい時は、
マリアージュフレール銀座、が宜しいかと。
ただし、紅茶を嗜む場所であるところが、珈琲党としてはちょっとばかり残念、なのです。
でも。
本格的なティーサロンで味わう、正式な紅茶というものは
趣旨替えしたくなるほどに、美味いもの。
そう、マリアージュの、17世紀から続く茶法は、通を唸らせると共に、門外漢にも優しいのです。

パリ4区、ゲイの街マレに本店を構えるマリアージュフレールが、銀座はすずらん通りに
この直営店をオープンさせたのは、たしか、90年代半ば頃だったと記憶するのですが、当時。
おフランスなシトローエンに乗っていた僕は、
おフランスなルノーサンク(それも、バカラ!)のオーナーであった女友達と一緒に、
おフランス人気取りで、銀座の新しいティーサロンのドアを開けたのでした。

東インド会社もこんな感じであったのだろうか?

そんな異国情緒が漂う植民地風の店内に、清潔なリネンの制服を着た店員さんの規律正しさは、
ヨーロッパ人のアジア観を知らしめるジオラマ空間。
かつての宗主国を面影に持つサイゴンはドンコイ通りにでも迷い込んだような、
アールデコな色調のメゾン・ド・テはだけれども、文明開化以降、ジョージアン様式の煉瓦造りで
ロンドンの街並みを模倣してきた銀座にとって、
重厚なるヴィクトリア調のティーサロンが相応しかった街にとっては、
異国の中の異国、とでも言うべき存在だったのではないか。

そもそも紅茶、英国でないの?
ビートルズを愛唱し、
ツェッペリンを愛執し、
シャーロックホームズを愛読し、
mini を愛欲する自分は、
トワイニングや、
ジャクソンや、
ハロッズや、
フォートナム&メイソンが紅茶なのであって、フォションなどと。
名前からしておフランスな紅茶は飲むに値しない、と本気で考えていたけれど。
その頃の僕は、シトローエンなのである。
セーヌ左岸で産まれし奇妙なクルマは、オックスフォードが育てたミニマムなクルマとは違った
価値観を僕に提示してくれたのであって、
カフェオレばかりがフランスではないのかもしれない、と。
そう考えるようになった頃でもあるのだ。

サンクのオーナー女史は慣れたような口ぶりで、32ヶ国、450種類(オープン当時)の茶葉から
好みの一品をギャルソンに伝えた。
僕は ... 、と言えば。
日の名残り、やぐらを組んだ3枚の皿が実に英国なアフタヌーンティー・スタイルを望んだけれど、
ここはサロン・ド・テなのであって、ティー・サロンではないのだ。
サンク女史が勧める、実は苦手としていたフレーバー・ティーを啜ってみたのだ。

マルコポーロ
東方見聞録を連想するそのお茶は、中国の果実と花。そして、ティベットの不思議な花と果実。
漂う芳香は、日出ずる国においても、不思議なほどに甘くせつない。
アールグレィの上品さにパッションを加えたような、香りのエロスだ。
さすがに、ブリジットバルドーや、ナタリー・ドロンや、ジェーン・バーキンを生んだ国の、
紅茶なのだ。

以来、マリアージュの紅茶は、日東紅茶で育った僕を魅了して止まない。
だから時間と懐に余裕のある時は、この紅茶の館を訪れたいのだけど、ただ一点、難点がある。

全館禁煙

それはまぁ、香りを楽しむ空間に紫煙が邪魔なのはわかるけれど。
ヤニ臭くなくて素敵♪と微笑む鬼嫁の気持ちも理解できるけれど。

同じ嗜好品なのに、あまりに冷たい仕打ちと思われ 冷や汗2
Posted at 2006/08/22 17:11:47 | コメント(7) | トラックバック(0) | bicycle | グルメ/料理
2006年08月20日 イイね!

パンダはお婆ちゃんのサンダルなのか?

パンダはお婆ちゃんのサンダルなのか?ひょんなことで、むかしの友に会った。
じゅんくんとは、一緒に映画を観にいった仲なんだけど。中学卒業以来ほとんど遊ぶことはなく、どちらかというと過ぎ去りし友だったようにも思う。
でも、会ってしまえば、空白の時は一気に埋まるから不思議だ。アイザックヘイズの歌う Shaft♪ があまりに格好良かった 黒いジャガーを一緒に観た帰り、自転車をこぎながら いつかはV8のアメリカンに乗ってやるゾ、と言ってたのに。
30余りの年月を重ねた今、僕もじゅんくんも。
シリンダーの数は半分だ。
それでも。
クルマが好きな気持ちは変わってなかったんだなぁ
じゅんくんが乗ってる Fait Panda を見て、そう思ったのだ。
それにしても。
高校と中学に通う二人の息子を持つ、いまや立派な父親を演ずる彼が、どうしてこの色なのだ?
淡いクリームのように優しい黄色は。
バニライエローなどと40代の中年オヤジが乗るには気後れしそうなフィアットのネーミング。
まぁ、奥様のクルマだと思えば、それはそれで愛らしいのかもしれない ...

実はさぁ、お袋のクルマなんだよ 冷や汗

え”ぇ~ ふらふら

それは驚くさ。
なんたって僕らの世代、母親と呼ばれる女性のほとんどは戦中派、なのだから。
既に70代に突入する、立派な高齢者ドライバーに属する女性が、バニライエローのパンダとは!
なんて、ハイカラなお婆ちゃん、なんでしょう。

Aクラス・メルセデスからの乗り換えらしいこのパンダは、2ペダルコントロールのAT車。
クラッチペダルはないけれど、一般的なトルクコンバータも存在しない。
原理的にはフェラーリ F1マティックと同じ、自動クラッチ付きのMT車みたいなもの。
動力の液体継手を持たぬ以上、クリープ現象も期待できぬわけで。
渋滞時におけるスムーズなストップ・アンド・ゴーや、坂道発進時の手軽さは、もちろん、ないのだ。
そんなイタリアン・ミニを、メルセデスを運転されていたシニア世代の女性が操作するなんて。
どう考えたって、無謀のような気がするんだけど。

で、お袋さん、気に入ってるの、コレ?

ちょこまか出掛けてるから、気に入ってるんじゃないかな

狭い路地でも取り回しの良いコンパクトなクルマを欲していたお袋さんは、それを期待して買った
Aクラス・メルセデスに、大いに失望されたそうだ。
独特の二重構造による(文字通り)敷居の高いフロアは乗り降りが憂鬱である、と。
アウトバーンの直進安定性を実現するために設定された重めのステアリングは憂鬱である、と。
Eクラスにも負けぬ重厚さを醸し出すインテリアは運転席に座るたびに憂鬱である、と。
シュトゥットガルトの巨人が造ったコンパクトカーは、その中に息づく精神が尊大なのだ、と。
申されたいのかどうかわからなかったけれど、
とにかく、鬱陶しいクルマであったことは、事実らしい。
あぁ、だから。
パンダなのね。
じゅんくんからステアリングを渡され、住宅地の中を元気いっぱいに走り回りながら、僕は理解した。

この楽しさは、なんなのだろう?
たかだか60psしかないエンジンは、回せば回すほど嬉しそうに答えてくれる。
ロボットが操るクラッチはアクセルを踏んで走ってる限り、上級者の足技だ。
短いホイールベースはピッチングを誘発すれど、それが不快でないのは、
ポップな色合いのそれでいて掛け心地の良いシートのおかげ、であろうし。
ウレタンなれど握り具合の宜しいステアリングは不自然なほどに軽いけれど、
前輪がどこを向いているのか指先で感じられるほどに舵はダイレクトであるのが、ご立派。
おませな娘の部屋のようにルーミーな室内とは裏腹に、総じて男っぽいドライブ感が
遊園地の乗り物のように可愛らしい、のである。

イタリアの蒼い空、ローマの石畳、ミラノのドォウモ、ナポリのカンツォーネ

ジウジアーロの傑作、初代パンダの面影は微塵もないけれど、パンダはやっぱりパンダ。
なぜか笑みがこぼれる、このクルマ。
すぐそこのコンビニまでもパンダで行きたいと思わせる軽快感は、下駄代わり。
いや、サンダルのようにオシャレな生活の道具なのかもしれない
だから、じゅんくんのお袋さんがお気に入りになっちゃうのも、わかるけれど。
だけどもふつうは国産コンパクトを選ばないか?

国産のコンパクトカーは、私が乗るには子供っぽいんだと、さ

うん、確かに。お袋さん、粋だねぇ~ 目がハート
Posted at 2006/08/20 16:02:57 | コメント(5) | トラックバック(0) | 自動車雑感 | クルマ

プロフィール

東京の下町で暮らしております。 ノスタルジー香る街並みに巨大な電波塔が完成し 足下の住民は悲喜こもごもでありますが ... 昭和の情景にも平成の風景にも違...
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