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よしつきのブログ一覧

2017年05月03日 イイね!

あれから1年経ちました

時間というのは誰にでも等しく流れるもの。

どう感じるか、どう過ごすかは人による訳ですけれど。


あれこれ考えましたけれど、また泣き言になるだろうからやめておきます。

母の状態にはなんの進展もなく、こちらはただ見守るだけしかありません。

いつまでそれが続くのか判りませんけれど、その時間をただ穏やかに過ごしてもらいたい。
今はそれだけを願ってやみません。
Posted at 2017/05/04 00:15:50 | トラックバック(0) | 日記
2017年03月11日 イイね!

ささやかな願い

振り返ってばかりいられない
でも、忘れるわけにはいかない

頑張らないといけない
でも、頑張りすぎるともたない

ともにささやかな幸せを噛みしめたい
心からの笑顔でいたい

それだけ



本日、東日本大震災が起きてから6年が経ちました。



画像は昨年5月に訪れた、宮城県南三陸町の防災庁舎。
かさ上げ工事のため、献花台は道路を隔てた100m以上離れた場所に設置されていました。
画像から判るように、この時すでにかさ上げ部分は3階建ての庁舎と同等の高さにまで達し、今やさらに高く盛られている様子。
将来、この高台に暮らすことを当たり前にする子供たちは実感するのだろうか?
この庁舎を飲み込んだ津波のことを。
そして、この高台なら絶対安全だと思ってしまうのではないか?

絶対越えることはないと言われた防潮堤をも、軽々と越えてきた津波に飲まれた町のことを知っている私は、余計な心配を禁じ得ないのです。

Posted at 2017/03/11 22:57:42 | トラックバック(0) | 日記
2017年01月01日 イイね!

いつもと違う正月、いつもの日々

いつもと違う正月、いつもの日々あけましておめでとうございます

母のいない正月をすごしています。




そして、今日もいつもと同じように施設にいる母に面会に行きます。

Posted at 2017/01/01 14:00:55 | トラックバック(0) | ごあいさつ | 日記
2016年10月31日 イイね!

回復という残酷な仕打ち

あの日から半年が経とうとしてます。
季節は廻り、もう肌寒い時季になりました。

母はリハビリ専門の病院から、介護老人施設に移りました。
やはり、病院には長くいることは叶わず、介護老人施設に空き室ができた途端、移ることをなかば強制されたようなかたちです。

リハビリ専門病院では、それまでの寝たきりの状態から毎日リハビリを課せられ、ベッドから自力で起き上がり車椅子に乗ったり、ほんの少しでではありますけれど補助付きで歩けたりできるようになりました(身体的なことは長らく寝たきりであったためと麻痺によるもの)。
スプーンでではありますけれど自ら食事をしたり、表情も少しづつ戻ってきました。
会いに行っては、知己の存在はちゃんと認識できいるように振舞うようにもなりました。
これも、ただベッドに寝ているだけよりも起きて身体を動かし、ベッドの周りだけしか見ていなかったそれまでとは格段に刺激のレベルが上がったことにより、脳にいい効果があったものと思われます。

ただ、相変わらず言葉は不明瞭で、何を言っているのか判りづらいうえに、記憶も曖昧なのも変わりありません。
それゆえ、介護老人施設では認知症病棟に入っています。これに父は最初異を唱えていたのですけれど、結局脳にダメージを負い先述のような意識障害を持つ母は、認知症ではないとはいえ同じ症状を持つということで認知症病棟に入所することになりました。
そこは個室があてがわれてはいるんですけれど、昼間は基本的にTVが置かれたロビーに入所者が集められ、入所している老人たちはめいめいにソファーや車椅子に座り、静かにTVを観ています。いや、観させられているというべきか。
入所者が十数名いるところに、職員は常に3、4名しかいません。つまり、個室に籠られていると何をしてるか把握できないから、一箇所に集めて様子を見ている…そんな感じがします。
多くの歳も近い人達が集まっているにも関わらず会話もなく、かと言って観たいわけでもないであろうTV番組を熱心に観ているわけでもない。そして、彼ら静かに座っている老人に「何か」がないよう目を光らせる職員たち。
一般病棟から認知症病棟へ行く途中にあるナンバーキー式の扉も相まって、明るくきれいで静かではあるけれど、そこはまるで牢獄のようです。

介護老人施設に移るにあたって説明を受けた父は、それまでのリハビリ専門病院のような十分なリハビリが受けられないと知り、当初転院を渋ってました。リハビリ専門病院では毎日30分の目的別のリハビリを3セットやっていたのが、介護老人施設では週に一回30分だけになるからです。
この施設は本当に、身体的精神的に障がいを抱える老人にただ何事もない生活を送れるよう見守ってくれるだけなんだと思いました。

面会に行くと、一応プライバシーを尊重してくれるのか、面会者と入所者は個室で過ごさせてくれます。そこで父は隠れてリハビリの真似事を母とやってます。
施設でやってくれないなら自分でやるしかないと思っているようです。一日中観たくもないTVを観せられぼーっとしていたのでは、良くなるものも良くならないと。リハビリ専門病院にもっと長くいられたならば、もっと回復したに違いないと悔しそうに何度も言っています。
実際、まだ父に支えられてはいますけれど、母はずいぶん歩けるようになりましたし、ベッドから立ち上がるのもスムーズです。
それまでと比べると、身体の方は格段と回復しているように見えます。


ただ、


時々、



母の不明瞭な言葉の中にあって、これだけはやけにはっきりと、




もうやだなぁ…





と度々溜息混じりに口にするのです。




母が現状をどれだけ把握できているのかは判りません。
でも、いつも一緒だった家族と離れて過ごす日々。
思うように動かせない身体。
頑張って伝えようとしているのに、言葉が相手に通じないもどかしさ。
本当は判っているのかもしれない。
様々な刺激が脳に活力を与え回復してきたとして、現状を認識し始めているとしたら…。
本当は回復は歓迎すべきことなんですけれど、それだけ現実を突きつける結果になってしまう…。
それはとても残酷な仕打ちではないのだろうか? そう思えてなりません。


それと、面会に行ってしばらくしてからよく言うのが、

もう(帰って)いいよ、と。

我々に遠慮して言ってるのか、だとしたら本当に痛ましくてならないのです。
母は自分のことよりも、他人のことを優先させる人でした。
自分のために時間を費やさせてしまうのを、心苦しく感じているのだろうか。
こんなになってまで…。


母にこんな気持ちにさせたままでいるのは、どうなんだろうか。
かと言って、じゃあどうすればいいんだ?と答えの出ない自問自答をしながらも、それでも何とか笑顔をつくり母に接する日々。
自分の無力さを思い知らされています。
Posted at 2016/10/31 23:05:59 | トラックバック(0) | 日記
2016年07月31日 イイね!

命の尊厳と魂のありか

約20年前、祖父の横たわるベッドのそばで、初めて「ご臨終です」なんて言葉を聞いたとき、ヒトから魂がなくなると「物」になってしまうんだな…と漠然と理解しました。


母が手術をした病院からリハビリ専門の病院に転院して、1ヵ月経ちました。
最初の病院で治るまでいられるんだと思っていたのですけれど、もう施すべき治療がないといういうことで退院させられました。
リハビリも治療のうちだと思うのですけれど、病床を確保するためだとかいう理由で病院側は積極的に退院を勧めてきます。
今の病院でも9月末くらいまで、という期限付きです。
より多くの患者さんに医療を施すため病床を確保する…お題目は立派かもしれないですけれど、結局は一定期間を過ぎると診療報酬が減らされるという事実があるようです。
苦しむ患者に寄り添うよりも、多くの患者をより効率的にさばくかを重視してる感じです。
常に財政悪化しているに苦しむ国の、医療費削減の一環なのでしょう。
これが世界に冠たる医療大国とうたわれた日本の実態です。

それはさておき、母の状態はくも膜下出血こそ手術で解決しましたけれど、その後脳梗塞にかかり、結局、意識障害と麻痺が残るかたちになりました。
麻痺は手足に残り、長期間寝ていたための筋力低下とともに、リハビリで改善中。少しづつではありますけれど、良くなってきているみたいです。
問題は意識障害で、理解できないことを舌ったらずな言葉で何度も同じことを話したり、声をかけても別の方向に顔を向けたり。
同じ動作をずっと繰り返したり、覚醒状態を保てなかったり。
問いかけに、頷いたり首を横にふったりして、簡単な意思伝達はできるようなのですけれど、それすら本当にそうなのか怪しい部分もあります。
それは、ついさっきした食事も入浴もしてないと主張したりすることからも推測できます。

もっともショックなのは、見舞いに来ている誰のことも誰なのか判らないということ。
夫である父のことも、実の弟である叔父のことも、我々子供のことも、あんなに可愛がっていた孫のことさえも。
きっと脳の記憶を司る部分にもダメージがあったのでしょう。
会いに行っても、きょとんとされるとさすがに辛いものがあります…。

記憶とは、その人の過去。過去は人を形成する根幹。
その喪失は、もはやその人たりえる証明ができない。
容姿や声は確かに母なのですけれど、ベッドに横たわる女性は誰なのでしょう?
そんなふうに考えてしまうことが、一番辛いです…。


ニュース報道やドキュメントなどを観ては、「あんなふうになるくらいなら、ポックリいきたいねぇ」なんて言っていた母が、まさに「あんな風」になってしまっています。
神なる存在がいるとしたら、それは随分と残酷な存在なのでしょう。
一命をとりとめただけましなんて、なんの慰めになるのでしょうか。

記憶を失くし、自己を失くし、他人の助けを借りなければ何もできない。
笑うことも怒ることも悲しむことも考えることもできない。
今、母の魂はどこにあるのだろう?
今の状態がいつまで続くのか? 
リハビリを続けていけば、いつかは良くなるのだろうか?
そのいつかって、いつなんだろう?
今の状態を望んでいなかった母の意思はどうしたらいいんだろう?
そんなことすら、もう考えられなくなっているであろう母のことを見ているのは本当に辛いです。
それでも、できる限り母には寄り添おうと思います。





またしばらく更新を休みます。
今回のも、なかなかモチベーションがあがらず、ようやくといった感じです。
以前だったらあんなことやこんなこと、ブログにするんだろうなぁ…などと思ったこともあるんですけれど、最近ではPCの電源すら入れない日もあるくらいです。
また、今回もブログというより泣き言みたいなものなので、コメント不要です。返信もいつになるか判りませんし。
よろしくお願います。
Posted at 2016/07/31 22:45:09 | トラックバック(0) | 日記

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頭の中では若いつもりでも、身体の方は年々誤魔化しようのないほどの劣化を感じているオサーンです。
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