デマ

　大正時代、関東大震災の折、朝鮮人が井戸に毒を入れたというデマが流れたという。

　教科書にも載っている有名な話。

　そのデマが原因で、在日朝鮮人がリンチにあったとか、まぁいろいろ話は聞くが、何が本当で何が嘘なのかは、結局のところ神の目で全てを俯瞰できる存在でもない限りはわからないだろう。

　たぶん、正解は　

ある所にはあった　

無いところには無かった。

　ということなんだと思う。

　さすがに毒ってのは、論理的に科学的にも、完全なデマだとは思うが、そういう憎しみが向けられるということは、何かしらの発端はあったんだろう。


　さて、時代は下り、あの阪神淡路大震災。この震災でも、今もネットなどで探せばすぐに見つかるある”噂”がある。正常な人間からすれば、眉をしかめざる得ない噂だ。

　曰く、あの阪神淡路大震災の折、街は壊滅し、治安は大いに乱れ、その結果、婦女暴行事件が多発したというのだ。
　友達から聞いた話だとか、実際に被災した人が避難所で聞いた噂だとかで、すごいものでは「被災した地域の若い女性はかなり高い確立でレイプされてしまっている」なんて話もあるくらいである。ちなみに、噂の枕詞か結語には決まって「マスコミでは黙秘されているが」というような言葉が付加される。

　これらも、後々に科学的・論理的な検証の結果、デマだったという結論が出されているという。
　噂の発端は、あるゴシップ雑誌が書いた科学的根拠の怪しい記事にあるらしいが詳細は不明だ。

　地元を愛する神戸市民からしたら、このような酷いデマをさも真実のような噂されては、怒り心頭のことだろう。

　しかしこれだって、やはり正解は

ある所にはあった　

無いところには無かった。

　ということになるのだと思う。

　論理的に考えて、数十万単位の群集の生活が一度に壊滅状態となれば、警察の力は行き届かなくなるのだから、犯罪の発生件数は一時的に飛躍することは想像に難くない。

　だから、そのような惨い犯罪が１件も無かったはずはないのだろう。

　しかし、まるで全てがそうであるかのように語られると、それはもう完全にデマである。

　大事なことなのでもう一度言おう。いや例を出して説明しよう。

・Ａ村から一人の男が来た。
・そいつはＢ町で悪逆非道の限りを尽くした。
・その男は極悪人である。　←正しい
・そんな極悪人が育つＡ村など、極悪人の巣窟に決まっている　←正しくも間違いでもない
・Ａ村出身者は極悪人で、Ｂ町で悪さばかりをしている　←デマ


　群集劇を黒か白かの二元論では割り切れない。現実社会はいつだってまだら模様だ。



　さて、最初の話にもどって、関東大震災のデマの話。
　あれは、ＴＶもラジオも無い大正時代（日本初のラジオ放送は震災の２年後）情報の伝達手段は新聞と口コミだけで、正しい一次情報がちゃんと伝わらなかった為に、そのようなデマが広がったのだという事が言われていたように思う。

　で、２０１１年現在。ネットに繋がる携帯電話を誰もが持つようになったＩＴ時代となった今。
　前途した社会構造がデマ発生のメカニズムであり、その温床であるならば、現代にデマは生まれないはずであった。しかし･･･

それでもデマはまわっている。

　結局、どれだけ情報伝達ツールが進化しても、人類が進化できない限り、デマは生まれ続けるのである。
　それは、もはやしょうがないことなのかもしれない。どうすればいいのか僕にもわからない。


　なぜなら、僕もそのＡ村の事は基本的に嫌いで、そいつらは全員極悪人だということにしたほうが、アンチノミーに悩まされず、自分の正義が揺るがず、生きるのが楽でいいと、心のどこかで思っているからだ。
　憎しみを向ける対象、自己優越感に浸る為に見下す相手、そんな存在をどこかに見つけることで、不安定な心を安定させる。
　人は味方も欲しいけど、敵はもっと欲しい。


　人間って、本当に馬鹿だ。