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2014年05月17日

最も醜い自動車 ~『刑事ジョン・ブック/目撃者』とクルマ《2》

ただ、このとき出現したパトカーはたしかに醜悪の極みだったが、クルマについてはこの映画は、もうひとつ興味深い側面を持っている。見方を変えると、史上、最も自動車を美しく描いた映画であるかもしれない。……というのは、もう一台、印象的な自動車が登場し、この映画の重要な脇役の位置を占めるからだ。

アーミッシュとは、17世紀の終わりから18世紀の初頭にかけてアメリカ大陸に移住した「ペンシルバニア・ダッチ」と呼ばれる人々のうちの特異な信仰者集団で、その移住時点での文化や習慣を今日に至るも変えていないという強靱な人々である。そこへ、現代人というか“俗人”をひとり投げ込んでしまう。これがこの映画の恐るべき設定であることは先に書いた。

そうなると映画の中で、その村へ主人公がどうやってアクセスするかは、けっこうむずかしい問題になるのではないか。村の中に入ってしまえば、移動手段は彼らの流儀通り、徒歩と馬車でいいかもしれない。しかしその村までは、どうしても現代の文化と手段で到達しなければなるまい。そしてそれは、ヘタをすると前述のように、到達の描写そのものが“怪物の出現”になりかねない。コトはドラマの成立そのものにも関わってくる。

しかしこの監督は、その手段と方法において、実に巧妙な選択をする。監督のピーター・ウィアーはクルマの使い方が巧みだだと思うが、そのセンスはこの点でも遺憾なく発揮された。そう、映画は古くて小さなフォルクスワーゲンのワゴンを、主人公を村まで運ぶ際のカプセルとしたのだ。アーミッシュの村へスルッと入り込んだそのVWのワゴンは、以後、村の穀物倉庫の中に収まり、物語の進行上でも重要な小道具となる。

この「VW」はビートルの後継として登場し、しかしあまりヒットせずに終わった不遇ともいえるモデル(注1)で、ビートル同様にリヤエンジンのため、フロントには目立つグリル(顔)がなく、ゆえに無表情ながらも、しかしどこかユーモラスな雰囲気もあるというモデルだった。この映画でも、非力なエンジン・パワーを振り絞るかのように走る印象的なシーンがあるが、このクルマは、アーミッシュの村に入って行く手段としてまったく違和感がなかった。VWワゴンは、静謐なその村に入っていく自動車として、ほとんど唯一の選択肢だったのではないか。

もし、このとき刑事ブックが、職業柄いつも使っているクルマがあるとして、デカい70年代風アメ車の警察車でアーミッシュの村に逃げ込んだら、その時点でこのドラマはかなり“壊れた”し、その後の展開を別物にする必要が生じたかもしれない。また、単に古い欧州車というだけでは、車種によっては逆にドラマの邪魔をする。たとえば同じVWでもカブトムシは、ここで登場させるにはちょっとキャラが立ちすぎていて不適であろう。

* 

さて、話がここまで来ると、ひとつ興味深いテーマが浮上する。ひょっとすると、醜かったのは、自動車そのものではなかったかもしれない。アーミッシュの村に(イメージとして)やすやすと入り込めた自動車が、少なくとも一台あった。これは、人とその静謐な生活にとって「醜くならない自動車」もあり得ることを示していないか。

自動車は、その作り方やデザインなどを吟味すれば、強固な教義であるアーミッシュの人々との共生は無理だとしても、並みの人類となら「共存」くらいはできるのではないか。史上最もクルマを醜悪に描いた映画は、同時に、クルマ世界にこんな提案もしていた。

20世紀初頭に、クルマというものが世に出現して以後、先に書いたシーンのようにクルマが醜悪になる事態というのは、実はさまざまな局面で起こっていたはずだ。しかしこれまで、それらはすべて許容された。なぜなら、20世紀を通じて、クルマはずっと時代の旗手だったからだ。そして、作るにせよ使うにせよ、クルマをめぐる問題は、発想としてつねに“右肩上がり”であればそれでよかったし、また、そのことを世界中が認めても来た。

より新しく、より速く、そして、よりテクニカルに――。科学と戦争の世紀であった20世紀を象徴してきたクルマにとって、そうした新しさや進化の追求はいつも勲章であったし、また、その価値は常に「善」でもあった。しかし、この21世紀、時代はそんなに単純ではない。

美しく静かな村で、なぜ旧型のフォルクスワーゲンなら、さほどの違和感がなかったのか。この謎は、研究に値するテーマかもしれない。「やさしさ」とはあまりにも使い古された表現になってしまったが、しかし、たとえばアーミッシュの人々でも使いたくなるようなクルマが、もし創出可能なら、それは21世紀以降のクルマを考えるための、重要なキーのひとつになるのではないか。

(了)

注1:カブトムシに「車名」がとくになかったように、このVWも、ただ排気量を示す数値で「1500」(後に「1600」へ)として売られた。今日では、歴史的な分類も含めた用語として、タイプ1(カブトムシ)から続くモデルとしてカウントし「タイプ3」と呼ばれることが多いようだ。
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Posted at 2014/05/17 00:46:46

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