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2014年11月16日

第1章 実験主担 その2

第1章 実験主担 その2  ~『最速GT-R物語』 史上最強のハコを作った男たち(双葉社・1996年)より

R32の主管・伊藤修令は、渡邉に語り続けた。「R30、R31は、俺たちのスカイラインじゃなかった。次は、本来のスカイラインに戻せ」「とにかく、走るクルマにしろ!」

渡邉衡三を実験主担とするR32のクルーは、その目的に対しては極めつけに真摯だった。ルーフは小さく絞り込んで、車体の“上半身”のマスと重量を減らした。リヤのトランクスペース、つまりクルマの運動性の邪魔になるオーバーハングの部分も縮めた。同時にフロントエンドも、スパッとカドを断ち落とした。

もう造形の段階から、R32は「運動性」がテーマになっていたのだ。そのクルマ作りの文法は、ほとんどスポーツカーのそれに近いというべきで、たとえば居住性や快適性は、運動性よりはるかにプライオリティが低かった。「室内はサニー並みでいい」、伊藤は言い切った。

そして、その“走るスカイライン”のシンボルとして、GT-Rがイメージされた。その『復活』を最も強く主張したのは、伊藤修令であった。

「俺は、究極のロード・ゴーイング・カーを作りたい!」

伊藤は渡邉に、こうも言った。渡邉は、それを十全にサポートした。渡邉にとっても、『R』というのは、伊藤以上に思い入れがあった。ハンパはできなかった。

渡邉は、R32のGT-Rを仕上げるにあたって、スカイラインは国内専用のモデルであるにもかかわらず、「ニュル」をその最終のテスト・ステージに選んでいる。グリルをシルビア(S13)風に変装させたプロトタイプGT-Rは、ポルシェ944のニュルブルクリンク・オールドコースでのタイム「8分40秒」を抜くべく、ドイツに飛ぶのだ。

しかし初めてのニュルは、やはりタフだった。歓迎は手荒だった。プロトタイプGT-Rは、ニュルのコースを10キロ走ってオーバーヒートした。エンジンの高回転領域での連続的な加減速というのは、日本では経験し得ない次元のもので、その結果、エンジンルーム内が高熱になり、その熱でゴム部品が溶けだした。同じように熱のためにターボもトラブり、タービンが壊れた。

しかし、熱対策を施し、サスと車体の剛性に手を入れたプロトタイプGT-Rは、やはり速かった。はじめは譲ってくれなかったポルシェが、“シルビア”が来るとコースを開けるようになった。ニュルのコースを完走できるクルマになった時、GT-Rは「8分20秒」後にはスタッフの前に帰って来るようになっていた。

「ニュル」で何が必要だったか、渡邉はこのテストでしっかりと把握した。また、こうしてR32のGT-Rを作ったことで、新たな課題も見えてきた。

主管である伊藤にとっても、本来のスカイラインに戻せとして「小さなR32」を作り、GT-Rも復活させたが、このR32はあくまでも走りに振った意識的なモデルであり、「スカイライン」としての許容範囲をひょっとしたら越えてしまっているかもしれないという懸念があった。“走らないスカイライン”は許せない。しかしクルマとして、ここまで居住性などをイジメてしまっていいのかということである。

だから、スカイラインとしての「走りの主張」をやり終えたら、次世代であるR33では、R32での“極端主義”を捨て、もう一度フリーにスカイラインというクルマを企画しよう。これは伊藤と渡邉の間での、暗黙の了解事項になっていた。

当然、R33でもGT-Rは作りたい。なぜならR32でGT-Rを作ったが故に、渡邉には新たなGT-Rを作る必然ができたからである。「32という山に登ったら、もっと高い山があることがわかった」(渡邉)のだ。

だが、基準車としてのR33スカイラインを93年の8月に発表して以後、その時にはR33の主管になっていた渡邉は、ふしぎな現象に遭遇して、怒るというよりむしろ困惑することになった。

ジャーナリズム、あるいはユーザーやファンの間から、何とはなしに沸き上がってきた声のトーンはひとつだった。このR33では「GT-Rはできない」というのだ。いや、もっと極端な意見もあった。R33のGT-Rは「作ってはいけない」(!)というのである。

折りからレース界のレギュレーションが変わり、“R32GT-R・改”が圧勝を続けていた「グループA」というレースのカテゴリーが消滅する決定がなされた。スカイラインGT-Rにとっての重要なステージのうちのひとつは、こうして失われた。仮にR33のGT-Rを作ったとしても、市販車レースの世界統一規格「グループA」レースは、もうないのだ。GT-Rが「グループA」レースのための“素材車”として生まれたと信じて疑わない(?)レース寄りの論客やジャーナリストが、R33GT-R不要論の急先鋒となっていた。

しかし、果たしてそうなのか、渡邉は思った。仮にレース活動にこだわるとして、スカイラインが関われそうな「市販車・改」のレースは「グループA」だけなのか? 日本でも「グループA」よりもっと市販車の状態に近いカテゴリーの「N1耐久」というジャンルが誕生しようとしていたし、世界のレーシング・シーンに目を向ければ、もっとさまざまな可能性があるはずだ。たとえば……! 渡邉は、夢を馳せた。

だが、この時の渡邉はまだ、R32に対するカスタマーやファンの、奇妙だが強烈な愛着を本当には読み切っていなかったのである。

(第1章・了) ──文中敬称略
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Posted at 2014/11/16 22:28:27

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この記事へのコメント

2014年11月17日 19:36
今晩は、初コメ失礼致します。

「最速GT-R物語」は当時の開発模様を興味深く拝読させて頂き、今でも数あるスカイライン関連の書棚に並んでおります。

自分は異端児とも云われる「伊藤氏のスカイライン感」に共感して現在に至りますが、R32の伊藤氏、R33・34の渡邉氏に挟まれ日陰の存在と成りますが、R33開発立ち上げに関わり当時の日産に翻弄され、大変苦心されたと云われる田口 浩氏に関わる感想をお聞かせ願います。

個人的に当時の状況が世間に上手く伝わっていないように感じております。
コメントへの返答
2014年11月18日 14:25
コメントありがとうございます。また、書棚にいまでも並べてくださっているとのこと、大感激です。

田口さん……、渡邉さんの前のR33開発責任者ですね。残念ながら私はお話しを伺う機会を得ませんでした。

ただ、なぜ「33」があんなに叩かれたのか、これはいまでもフシギです。デザインにしても、当時の「本線」だったと思いますし(34が異端ですよね、むしろ)。

デザインの西泉さんが登場する第15章で、33の造型の狙いなどが語られますが、そこで田口さんの企図が少しですが見えてくる? 本書ではそのくらいですね。よろしくお願い致します。
2014年11月18日 22:41
今晩は、丁寧なお返事ありがとう御座います。

当時R33に拒否反応を示した一人ですが…(汗)

あの頃FMCを迎えた日産車は、デザイン・スタイルが大味となってしまい、個人的に魅力を感じられませんでした…。

R34に関しては「腹を括った懐古主義」と捉えています。

そしてXVL(V35)へと繋がる訳なのですが…勿論拒絶反応しました…(苦笑)
今から思えばP10プリメーラのFR版のようなコンセプト・パッケージでしたね。

今こそ「プレーンなFR車」が求められていると思うのですが…。
クルマ好きの戯言でしょうか…?
コメントへの返答
2014年11月19日 6:36
コメントありがとうございます。

> R34に関しては「腹を括った懐古主義」と捉えています。

「GC10」という《夢》を、90年代に甦らせれば、こうなる。(俺がやりたかったことは、これなんだ!)
渡邉さんの声が聞こえてくるような、「腹を括った」見事なモデルだったと思います。

> 今こそ「プレーンなFR車」が求められていると思うのですが…。

この21世紀にどうしてFRなんだ? → いや、コレコレで。 → それならデザイン的にも主張が要る。 → おとなしいと振り向いてもらえないぞ、もっとやれー!

……という流れになって、プレーンというか“さりげない造型”で、今日にFR車が出現するのは、なかなかむずかしいのではないか、と(苦笑)。

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