
§日付けのある Car コラム
§『アクション・ジャーナル』selection
ライトウェイト・スポーツカー。さらに付け加えれば、2シーター、そしてフル・オープン。このような自動車用語は、いまのニッポンのマーケットで、どのくらい熱いだろうか。あるいは、これらの言葉と語感は、ある種の言霊のような響きを、いまでも纏っているだろうか。
だが、このようなマーケット論や分析からは、このクルマは決して生まれることはなかっただろう。「ニーズ」が作ることのできるもの、そうでないもの。市場に作らされるものと、そうでないもの。ルーティン・ワークとしてのクルマ作りと、そうでないもの。クルマのデキ方には、このような二種が、たぶんある。
トヨタ・カローラというクルマを、ぼくは本気で尊敬しているが、これは「ニーズ」が生み出した極致としての傑作車だろう。一方の「そうでないもの」とは、言葉をあてるなら、夢、意欲、熱情、発露、ジャンプ、こういった語のミクスチュアであろうか。そして、世に出るまでに多すぎるほどのチェックポイントを持ち、思いつきだけではすぐに(社内レベルで)失速してしまう、日本のクルマという商品の開発過程を考えるなら、それらに加えて「持続」という要素も絶対に欠かせないところだろう。
──以上のような条件を、思いっきり充たした何人かの男たちが、マツダというメーカーにいた。本稿の書き手も含めて、それは“ある世代”の中だけでしかないのかもしれないが、ともかく「やりたい」と念じて、やり続けた成果がカタチになり、ついに世に出た。
ユーノス・ロードスター(米国名:ミアータMX5)とは、そういう、わが国のクルマとしては破天荒な生まれ方をしたモデルだと、ぼくは思う。売れる/売れないとか、ウケる/ウケないとか、そういう地平を超えて、とにかく「作りたい!」……。ただそれだけでのみ、作られたと思えるからだ。
そして、繰り返しになるが、ある世代にとっては、「フルオープン・ライトウェイト・スポーツ」とは、聴くだけでイッてしまうような、そういう音楽的な語句なのであって、それが実車として出現したという事実だけで、もう嬉しい。そういうことなのである。
夢と憧憬をひとまとめにして、ギュッと絞る。そのしずくが手の届く価格で、この路上に佇んでいる。それが、ユーノス・ロードスターだ。
そしてこれは、現代の正夢であるからして、旧車への回帰であるはずがない。オープンながら堅牢なボディ、ハイグリップ・タイヤ、アルミ製のパワープラント・フレーム、リヤ・サスペンションのトー・コントロール、パワーステアリング(オプション)などの適度なる新技術が盛り込まれる。
乗りにくいクルマでは、まったくない。つまらないクルマでは、全然ない。風に当たるのは快感だし、“風越し”に聞こえるエキゾースト・ノートがまた良い。足まわりも乗り心地を損ねることなく、しかもドライバーの意志へのレスポンスはすばやい、そういう仕上げになっている。ドライビングは、それのみを抽出して採点しても、俊敏にして軽快で、その挙動は乗り手を大いにそそるものだ。
ライトウェイトであること、フル・オープン・スポーツカーであること。これらは「GT」に較べれば、乗り手に多くの我慢を求める。それが現実である。そしていま、この国のクルマ・マーケットは、果てしなくゼイタクである……。
作り手の「ライトウェイト」への夢と、一方で、今日のニッポン市場の奇妙な“豊かさ”と──。たとえばATがあればとか、ソフトトップを電動にとかの反応は、このへんの“すれ違い”事情を反映する一例であろうが、しかし、このクルマは「Be-1~パオ」ではない。ぼくには、現状のマニュアル・シフトだけのユーノス・ロードスターでいいし、このようなクルマのデビューそれ自体に感動している。
ニーズやマーケットなんか、もともとあずかり知らぬ! そのようなクルマが、まずは爆発的な反応を市場から得ているというのは──。ウーン、これがほんとの“豊かさ”なのかもしれないな……。
(1989/08/01)
○89年末単行本化の際に、書き手自身が付けた注釈
ユーノス・ロードスター(89年7月~ )
◆年間で三日だけでもいい、フル・オープンにできて、ほんと、よかったなあ! そう思える日が何日かでもあれば、それはこのクルマの十分な価値なんだ……。こう語ってくれた友人がいる。なるほど、そういうことなのだ。そこまで言い切って、はじめて、このようなスポーツカーは、より輝きはじめるのであろう。さらには、テイク・イット・イージー! 買ってから考えればいいんだよ、いろんなことは……。ウーン、そうなのだろう、スポーツカーに熟慮なんてものは要らないのだろう。でも……。
○2015年のための注釈的メモ
いま読み返すと、ある日突然クラスに出現した転校生の美少女を(見てはいけない、見たら恋してしまう……)と懸命に背を向けつつ、でも、しっかり横目で覗いている高校生(笑)みたいなコラムで、ちょっと笑ってしまう。
ただ、MG-Aとかロータス・エランとか、そういうのは雑誌の中だけに存在するものだと思っていた(思うことにしていた)から、日本製で、そして「キミにも乗れるよ!」とばかりに登場した「ユーノス」(ユーノス・チャンネルの最初のモデルだった)の出現には大いに戸惑った。(どうするんだね、こんなものを実際に目の前に呈示されて、キミは?)(は……、い、いま、考慮しているところです、ハイ……)
それと、デビュー当時のロードスターはMT仕様しかなかったことを思いだして、改めて驚いた。ただ、たしか数ヵ月後にはAT仕様が追加されているから、開発は行なわれていて、単なる発表の時間差であったのかもしれない。しかし、ATも市販できる段階になってから、MT車と一緒に新型車として発表する……という作戦をメーカーが採らなかったことは事実。それは、末期とはいえ、いかにも80年代的光景だったというべきか。あるいは、MTだけと思われてもいいから、発表できるものは発表するんだとした、このメーカーらしい姿勢だったと見るべきなのか。
そしてその後、この「ロードスター」は消えることなく着実に世代(モデルチェンジ)を重ね、他メーカーにも多大な影響を与えて、今日に至っている。次世代のロードスターも、最終段階のプロトタイプが一部に公表され、もはや発表を待つだけの状態になっているようだ。
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80年代こんなコラムを | 日記
Posted at
2015/02/08 08:34:46