
◆軽自動車の“上昇”
しかし90年代、軽自動車の“危機”はふたたびやってきた。軽自動車の新規格が導入され、エンジンは「660cc」となって“余裕”は出たものの、周辺事情はシビアだった。消費税の導入、物品税の廃止、乗用車と商用車の税率を同じになど、軽自動車の「恩典」を侵すような政策が続々と採られたからである。
しかし、これなら普通車のコンパクトにでも乗った方がいいかもしれない……と人々が思い始めた1993年の秋、事件は起こった。震源地は、またしてもスズキ。新提案のアイデアのモトは、アメリカで流行していたミニバンだっただろうか。
ともかく、軽自動車を背の高いハコ・ボディにして、着座位置(ヒップポイント)も上げ、乗りやすく、かつ使いやすくする。そして何よりも、その「高さ」によって、軽自動車とは思えないほどの広大な室内空間を確保する。そんな新種の「ビークル」が1993年に誕生したのだ。このコペルニクス的転回の軽自動車『ワゴンR』には、ライバルのダイハツも『ムーヴ』(1995年)で対抗、それに他社も追随して、ひとつの新しい軽自動車のジャンルを形成する。(注1)
この時に“軽サイズのミニバン”『ワゴンR』が提案したパッケージングとヒップポイント(地上からの前席の着座位置)620~630ミリというのは、軽自動車のひとつのスタンダードとなって今日に至っている。この2001年10月に登場した三菱の新型『eKワゴン』も、ヒップポイントは630ミリというレイアウトだ。
(「カーセンサー」誌、2001年10月。軽自動車特集より加筆)
○注1:軽自動車における「トール」というコンセプトは、後年さらに展開され、2003年、ダイハツの『タント』を生むことになる。
(つづく)
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2015/06/28 05:58:19