
かくして、強力にして新機構もいっぱいという「レーシング・マシン」が一台できあがる。だが、これでは一品製作のプロトタイプであり、グループAのレースに出場することはできない。では、どうするか。……その“レーシング・スペシャル”と同じものを「5000台」作って、売ってしまったらどうだろう? そうすれば、市販車をベースにレースをするというレギュレーションに、結果のところで見事に帳尻が合うのではないか。
この逆転の発想は相当にスゴいと思う。市販車をレーサーにするのではない。レーシングカーを市販車に仕立ててしまおうというのだ。それも、グループA(年間5000台販売)という規模で!
これは「歴史の中」にいるヨーロッパのメーカーでは、逆に思いつかないコンセプトであるかもしれない。彼らはせいぜい、エボルーション・モデルを「500台」作ると、今度はその「市販車」をベースにしてレースをやってもいいことにしよう、ということくらいか。(RS500とか2・5-16とか)イメージする生産・販売の台数が一ケタ違う。また、そもそも過度のスペシャル性を排そうという基本精神が、グループAという規格にはあったことも、彼らは知っていよう。(そうなると「エボルーション」は、まぁちょっと矛盾だが……)
そして、そうした特殊車が年に5000台以上売れるという展望も、ヨーロッパ的ではない? 歴史こそやや短いが、しかし、妙に広くてブキミに深い……。そんなニッポン・マーケットを抱えているメーカーでない限り、こんなアイデア(レーサーを5000台売る)は思い浮かばないともいえる。
……フシギな“市販車”、スカイラインGT-Rのナゾは、こうして氷解する。すべては、グループAレースのために。いわば、フォーミュラ・グループA──。これがGT-Rの正体なのだ。エンジンの「2・6リッター+過給」という排気量も、重量規制のことを考えると、これがマキシマムにしてベストである、らしい。(3リッター・エンジンのスープラは、バラスとを積んでレースをしている)
そして、問題の駆動方式──2WDでも4WDでもない、フレキシブルなパワーの伝達。これはメカニズムだけが、ニッサンが生んだ新機構として、クルマよりも先に発表された。ちょうど4WDが続々と登場していたところでもあり、新4WD方式のひとつという“誤解”も一部で生じたハイテクで、後にGT-Rのものであることが判明したという経緯があった。
ただ、グループAにも乗る、あるレーシング・ドライバーは、この新メカの発表時点で次のように発言し、その本質を見抜いていた。「サーキット・レースで4WDは要らない。2WDで、それも後輪駆動がいい。ただ、コーナリングしてて、あ、ここでクルマの『前』が引っ張ってくれたらいいな、ラクだし、速いよな……と思う区間というのはたしかにある。たとえば、コーナーの立ち上がりの、ある部分で」──
ここでも、テーマはサーキットだった。たとえばアウトバーンで、最高速を誇りたいなら4WDでいいのだ。そうではなく、ちょっとトゥイスティなところを、より速く“駆け抜ける”ために、シャシー/駆動系で「やっておく」ことはないか。これが「FR+4WD」というGT-Rのメカニズムを生んだ。何のために? もちろん、レースのために、サーキットで速く走るために!
ニッサンというメーカーの、ある時期の夢と野望が惜しみなく注ぎ込まれた、恐るべき内容を持つ「市販車」──それがスカイラインGT-Rである。ここまで“レーサーしている”クルマに勝つには、同じことを、他のメーカーもするしかあるまい。そういうクルマが出て来るまで、GT-Rは確実に勝ち続ける。そして、そんなクルマは(ニッサン以外からは)おそらく出ないであろう。
(了) ── data by dr. shinji hayashi
(「スコラ」誌 1992年 コンペティションカー・シリーズより加筆修整)
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モータースポーツ | 日記
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2016/03/02 03:39:49