
そしてDTMでは、賞典にしても、各排気量ごとに最低重量の制限を設け(2.5リッターなら980 kg )、巧みに、そのクラスの中でどれが速いのかというようにしている。これも見る側にとってはわかりやすいのではないか。また、こうした重量制限によってレースが見事にイコール・コンディション化されるのは、主催者側が各マシンの能力をきちんと把握しているからだろうし、それが可能なのは、各チームが自チームやマシンの情報をオモテに出すからであろう。
さらに観客にとって楽しいのは、一日に2レースがあることだ。ヒート1/ヒート2ではなくて、これはそれぞれ独立したレース。そして、その前に予選レースもあるので、つまり最低三つの“本番レース”が一日で見られることになる。
そして、好成績であったマシンには重量(バラスト)が積むハンディキャップ制もあるので、勝者が次のレースでもそのまま勝てるとは限らない。こういうドラマ性もルール化されている。ちなみに、2500cc車で優勝すると、その重量ハンディは25 kg である。これによって入賞できないと、またハンディはゼロに戻される仕組み。レースは100キロのスプリントである。
さて、かつてのF1ドライバーのケケ・ロズベルクも参戦した、このような激戦レースの「1992年」を制したのは、クラウス・ルドビクが乗る、この「AMGメルセデス2.5-16エボルーションⅡ」だった。チューンド・バイ・AMGによるメルセデス2.5リッター4気筒エンジンは、この「エボⅡ」に至ってショート・ストローク化され、1万回転以上回るユニットとなった。その出力は、370馬力以上。
そして、公道仕様の「エボⅡ」の車重が1340 kg あるのに対して、このレース車は980 kg になるまで、各所で重量が削り取られている。ボンネット、トランクリッドなどはカーボンファイバー。メッキに見えるメルセデス・グリルも、実はプラスチックだ。フロントウインドーはガラスのままだが(でもかなり薄い!)他のウインドーはすべて変更されている。
注目は、このようなモディファイの中でも、ABSは捨てていないこと。もっともこれは並みのABSではなく、「レーシングABS」として新しいロジックとマネージメントで作られたアンチロック・ブレーキシステムであり、四輪の回転センサーからの情報を1000分の1秒以内に評価して対応するほか、前後のブレーキ・バランスも変更できるようになっている。
つまり、ABS以上に敏感なレーシング・ドライバーをも満足させるような究極のABSというべきもので、最早メルセデス・チームでは、誰もABSなしでレースに出ようとはしないという。そして、ABSのレーサーにとっての利点は、絶対にロックしないのでタイヤを傷めないことである。DTMではタイヤの使用量が限られている(6本のみ)ため、これは大きなメリットになる。また、いっそうのフル・ブレーキングが可能になり、ブレーキング・ポイントも(前に)詰められる。
1993年のDTMは、オペルがベクトラあるいはオメガで参戦してくることが確実視され、またアルファロメオが“ワークス155”をサーキットに持ち込む。これを、AMGを中心とするメルセデス系と、シュニッツァーなどチューナーがひしめくBMW軍団が迎え撃つ。
1983年にスタートしたドイツのツーリングカー・レースは、年々、観客のためのモディファイを繰り返して、ついに世界でも有数の熱狂度と注目度を獲得するに至った。レースは、やる側がシラけていてはもちろんつまらないが、観客不在でもまた成り立たないものであるはず。これら“相互の喜び”のためのレースとして、DTMに学ぶべきところは多いのではないだろうか。サーキットの数は増えた日本のレース・シーンだが、だからこそ、新鮮なレースのプロデュースが待たれるところだ。
「DTMとは、自動車会社が作った最高レベルのクルマを発表する場であり、そして、どのクルマにも平等に成功するチャンスが与えられている」(ユルゲン・フーベルト/メルセデス・ベンツ社理事)とは、このDTMを支えるエントラントの熱い支持の声のひとつである。
(了) ── data by dr. shinji hayashi
(「スコラ」誌 1993年 コンペティションカー・シリーズより加筆修整)
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モータースポーツ | 日記
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2016/03/13 21:21:53