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2026年08月30日 イイね!

【非クルマ】芸人が「アイデアをパクられた」と騒いでいる件について思ったこと

【非クルマ】芸人が「アイデアをパクられた」と騒いでいる件について思ったこと"《「純粋なバカ」と批判も》ヒロシ 焚き火台メーカーが誹謗中傷で被害届提出…トラブル悪化もダンマリで疑問の声続々"
こんな記事を見かけました。

最初にお断りしておきますが、LINEの全内容や契約書の原文、実際の設計・試作の経緯を見ているわけではありませんので、どちらが法的に正しいのかを判断するつもりはありません。以下は、現時点で公表されている双方の主張を読んだうえでの、あくまで個人的な感想です。

そのうえで言うと、現時点で報道されている内容だけを見る限り、「ヒロシさんが完全な被害者」という捉え方には、私はかなり無理があるように感じています。

報道によれば、ヒロシさん側は「自分が作りたい具体的な形」を提示し、メーカー側がそれをもとに約3か月かけて企画・設計・試作を行った。一方、メーカー側は「作りたいコンセプトはもらったが、構造やデザインは自分たちで考案した」と主張しているようです。

ここで私が気になるのは、「アイデアを出した」という言葉の意味です。

仮に、

「こういうコンセプトの焚き火台を作りたい」
「こういう焚き火台があったらいいな」

という要求や願望を依頼者が伝え、それを受けてメーカー側が構造を考え、設計し、図面を起こし、試作して製品として成立させたのであれば、

「最初にこういうものが欲しいと言った」=「完成した製品についての知的財産権を持つ」

とはならないはずです。

もちろん、依頼者が具体的な技術的構成を自ら考案していたり、具体的なデザインを創作していたりして、それをメーカーが製品化したのであれば話は変わります。

また、開発開始時点で「開発によって生じる知的財産権を依頼者に帰属させる」といった合意が成立していたのであれば、それも当然、その合意に従って考えるべきでしょう。

しかし、そうした合意がなかったのであれば、「アイデアを出した人だから、当然その成果物の知的財産権も自分のもの」という考え方には、私は違和感があります。

特許について考えると、この違いはかなり明確です。特許法でいう「発明」は、単なる願望や思いつきではなく、自然法則を利用した技術的思想の創作です。そして、特許を受ける権利は、原則としてその発明を創作した「発明者」に原始的に帰属します。その権利は譲渡することができます。つまり、「誰かがこういうものを作ってほしい」と言っただけで、その人が発明者になるわけではありません。

例えば、

「もっと燃焼効率がよくて、持ち運びやすい焚き火台が欲しい」

という課題を提示した人がいたとします。それを受けてメーカーの技術者が、

「では、こういう部材をこの形状にして、このように配置し、この構造にすれば、その課題を解決できる」

と考え、技術的な構成を創作し、設計し、試作して完成させた。

この場合、「こういうものが欲しい」と言った人と、その技術的解決手段を創作した人は、同じではありません。特許を受ける権利が誰に帰属するかという問題では、まず「誰が発明者なのか」が重要になります。もちろん、発明者が個人であっても、職務発明として会社に権利を取得させる契約や勤務規程があれば、会社が権利を取得することはあります。また、発明者から第三者へ権利を譲渡することもできます。

だからこそ、開発を依頼する側と受託する側が、あらかじめ「誰がどの権利を持つのか」を契約で決めておくことが重要です。

意匠権についても、基本的な考え方は同じです。意匠については、その意匠の創作をした者に意匠登録を受ける権利があります。特許庁の資料でも、単に課題を指示・示唆した者や、アイデアを提示しただけの者は、意匠の創作に実質的に関与した「創作者」とは区別されています。もちろん、誰が具体的にどこまで創作に関与したのかによって判断は変わります。

しかし、「こういう形のものが欲しい」と言ったことだけをもって、その製品の意匠を創作したことになるわけではありません。

著作権についても同様です。著作権が原則として保護するのは「アイデア」そのものではなく、それが具体的な表現として創作されたものです。文化庁も、アイデアなど表現されていないものは著作物から除かれると説明しています。もちろん、アイデアを説明した文章や、創作性のある図面・デザインなど、具体的な「表現」には著作権が成立する場合があります。

ですから、

「私はこういうものが欲しいと言った」、「私はこういう製品を考えていた」 ということと、

「私はこの具体的な技術を発明した」、「私はこの具体的なデザインを創作した」、「私はこの具体的な表現を創作した」 ということは、法律上も別の話です。

メーカー側の説明では、3か月ほど無償で企画・設計・試作を行い、サンプルのOKが出て材料を発注したところで、ヒロシさん側から契約書が提示されたとのことです。そして、その契約書には、
 ・知的財産権はヒロシさん側に帰属する
 ・図面もヒロシさん側に帰属する
という趣旨の条項があった、とされています。
これが事実だとすれば、私は「いや、それは最初に話しておくべきことではないの?」と思います。

もしヒロシさん自身が具体的な技術的構成を考え、図面まで描いていたのであれば、その点を主張すること自体は理解できます。しかし、もし実際には「こんな感じの焚き火台が欲しい」という要求仕様や願望を伝え、メーカー側に設計・試作を任せていたのであれば、話はかなり違ってくると思います。

「こういうものを作ってほしい」という発注と、「そのものをどういう技術的構成で実現するか」という設計・開発は、同じ仕事ではありません。そして、こういう権利関係を巡って揉めないために、契約を先に交わすのではないでしょうか。

その意味では、開発開始前に両者が知的財産権や図面の帰属、完成品をメーカーが自社商品として販売できるのかどうかなどを明確にしていなかったのであれば、そこは双方に落ち度があったのだと思います。契約は、こうした「後から揉めること」を防ぐためにするものですから。

そして、契約がなかったことと、「では依頼者側に権利がある」ということは同じではありません。後から一方が自分に有利な条件を契約書として提示したとしても、相手がそれに合意していなければ、その条件が当然に成立するわけではないでしょう。

「アイデアを盗まれた」という感情と、知的財産権の侵害は別の話です。これが今回の件で私が一番気になっているところです。もし本当に、「自分が考えた具体的な技術的構成をメーカーが無断で利用した」というのであれば、その具体的な技術的構成を示せばいいと思います。

「自分が具体的なデザインを創作した」というのであれば、そのデザインについて説明すればいい。「メーカーとの間で、同じものを販売しないという合意があった」というのであれば、その合意について説明すればいい。つまり、「何について、どのような権利・合意を主張しているのか」を明確にすればいいのです。

ところが、「自分が最初に思いついた」、「自分がこういうものを作りたいと言った」、「だから企業がそれを作ったらパクリだ」 となると、私はかなり違和感を覚えます。「アイデアを盗まれた」という感情と、「知的財産権が侵害された」という法的な評価が、ごちゃ混ぜになってしまっているように見えるからです。

アプリ開発の話で例えてみると、
「AIを使って、冷蔵庫の中身を撮影したら、今日作れる料理を提案してくれるアプリがあったらいいな」
と誰かが言ったとします。それを聞いた開発者が、
 ・画像認識の仕組みを設計する
 ・食材データベースを構築する
 ・レシピとのマッチング方法を考える
 ・システムを設計する
 ・プログラムを書く
 ・サーバーを構築する
 ・実際に動かしてテストする
 ・バグを修正する
 ・実用に耐えるものに仕上げる
ところまでやったとしましょう。

その後、最初に「こんなアプリがあったらいいな」と言った人が、「それ、私が言ったアイデアじゃん。パクリだ!」と言い始めたら、「いや、あなたは具体的に何を創作したのですか?」という話になるのではないでしょうか。

もちろん、実際には発案者が具体的な技術的アイデアを提供していた可能性もあります。その場合は話が変わります。

だからこそ、「私のアイデアをパクられた」と言うのであれば、何を自分が創作したのかを具体的に説明することが重要なのだと思います。

「思いついた」と「発明した」は違う。「欲しいと言った」と「設計した」も違う。「課題を提示した」と「その課題を技術的に解決した」も違う。私は、ここを社会がもっときちんと区別してほしいと思っています。

今回の件が正しく理解されないまま、「最初に思いついた人=権利者」という物語が世間に広まってしまうと、私はかなり怖いと思います。

例えば、「こんなアプリが欲しいな」と言っただけの人が、その後アプリを開発して実用化したエンジニアに対して、「俺が先に言った。パクリだ」と言い始めたらどうでしょう。

「こんなクルマが欲しい」、「こんな家電があったらいい」、「こんな機械があったら便利だ」・・・・・こういう願望はいくらでも言えます。しかし、「こんなものが欲しい」と言うことと、「それをどうやって実現するか」を考えることは、全く別です。
そして、実際に製品を作る側には、そこから先に膨大な仕事があります。
設計する。計算する。材料を選ぶ。試作する。失敗する。改良する。安全性を確認する。コストを下げる。量産できるようにする。ソフトウェアなら、アルゴリズムを考え、コードを書き、テストし、バグを潰し、サーバーを構築し、運用する。
「こんなものが欲しい」という言葉は数分で言えるかもしれません。しかし、それを実際に使えるものにするには、何か月、場合によっては何年もかかります。

もちろん、最初に課題を見つけることにも価値はあります。「こんなものがあったら便利なのではないか」と考えることも、立派な能力です。

しかし、「課題を発見すること」と、「その課題を技術によって解決すること」と、「それを実際の製品として成立させること」は、それぞれ別の能力です。誰か一人がすべてを担う場合もありますが、企業のものづくりでは、多くの場合、それぞれ異なる人たちが分担しています。

だから私は、「最初に思いついた人が一番偉い」という考え方には賛成できません。まして、著名人やインフルエンサーが「俺のアイデアをパクられた」という形で発信すれば、その発信力によって、事情を知らない人たちが企業を一斉に批判することも起こり得ます。法的な正しさがまだ分からない段階で、「有名人が被害者、企業が加害者」という単純な構図が出来上がってしまうのは、私はかなり危険だと思います。

もし本当に契約違反や知的財産権の侵害があったのなら、契約書や設計資料などをもとに、しかるべき場所で争えばいい。逆に、自分が何を創作したのかが曖昧なまま、「パクられた」という感情だけを大きな声で発信するのは、慎重であるべきだと思います。

そして、今回の件を考えていて、私は改めて「エンジニア」という存在にもっと敬意が払われてもいいのではないかと思いました。世の中では、企画した人、社長、著名人、インフルエンサーなど、表に出てくる人が評価されやすい。でも、その製品が実際に動いているのは、表にはほとんど名前の出ない人たちが、設計し、計算し、試作し、失敗し、修正し、完成させたからです。「こんなものがあったらいいな」と言う人と、「それを実際に作ってみましょう」と言って、技術的な問題を一つひとつ解決していく人。どちらも大切です。でも、私は後者の仕事が、世の中からもう少し正当に評価されてほしいと思っています。(わかり易い例で言うと、Appleのスティーブ・ジョブズは皆が評価して知っていますが、スティーブ・ボズニアックはどれほど知られていますかね?)

「最初に言った人」ばかりが注目され、「実際に作った人」が単なる下請けや作業者のように扱われる。そんな風潮にはなってほしくありません。今回の焚き火台の件が、そういう誤解を広げる話にならなければいいな、と思っています。
Posted at 2026/08/30 15:52:40 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年08月21日 イイね!

クルマデザインを「様式史」として眺める試み(1970年代)

クルマデザインを「様式史」として眺める試み(1970年代)







今回は1970年代の日本車デザインを「様式」として眺めてみます。

以前、「80年代にファセット様式が確立した」とまとめましたが、この「ファセット様式」が生まれる前夜、日本車はどんな美学を追いかけていたのか。

自分の少年時代の記憶と、様々なデータを照らし合わせながら整理してみると、“二重構造”の時代だったのではないかと感じました。

少年時代の記憶をたどると、当時の日本(特に若者)は本当にアメリカデザインに憧れていたように思います。
マッスルカーの佇まい、太いCピラー、サーフィンライン…。あの“おおらかで強そうな雰囲気”は、クルマ好きの若者の心を一発で持っていく力がありました。

一方で、性能志向の人たち、今で言う玄人系のオタク層は欧州車を見ていたように思います。
BMWの端正さ、アルファロメオのシャープさ、ポルシェの流麗さ。フェラーリやランボルギーニが主役のスーパーカーブームもありましたし、「本物のスポーツは欧州だよな」という空気は、子供の自分でも感じていました。サーキットの狼に夢中になっていた小学生は、免許も持てないのにスーパーカー消しゴムを弾きながら「コルベットは直線が速いだけだよなー。やっぱりコーナリング性能はロータスだからなー。」なんて言っていた記憶があります(笑)。

つまり
70年代の日本車は、文化的にアメリカを見ていた層と、性能的に欧州を見ていた層があった。

言い換えると、
「日本車はアメリカを見ていたし、欧州も見ていた」。

この二重構造がそのままデザインに反映されていた時代が70年代だったのだと思います。

当時の一般的な日本人の感覚としては、
アメリカ車=高性能
アメリカ車=優れたデザイン
アメリカ車=憧れの対象

という認識が強かったように思います。豪華装備、マッチョなプロポーション、ロングノーズ、太いCピラー、装飾的なラインなど、アメリカ的な要素を積極的に取り込んでいたのも自然な流れだったのでしょう。

同時に欧州ではすでに、
VWゴルフ(コンパクトハッチの原型)
BMW・メルセデス(セダンのフォーマット確立)
ポルシェ・フェラーリ・ランボルギーニ(スーパーカーの造形言語)

が確立していました。性能志向の人たちは、こちらの美学を強く意識していたはずです。

1980年代に日本車が「ファセット様式」という独自の直線基調デザインを確立するまでの約10年間、1970〜80年は「模索と吸収」の時代だったと考えています。
欧米のデザインフォーマットを必死に取り込みながら、技術的制約と市場の価値観の中で独自の造形を探っていた時代。(これを「パクリ」と言う人もいますが、当時の日本は悪意ではなく、欧米の技術力に少しでも追いつこうと“学習”していたのだと思います。)

1970年代の日本車は、今日の基準で見れば動力性能が必要十分とは言えないモデルが多く、坂道や高速道路では「辛い」と感じるスペックが一般的でした。だからこそユーザーは“性能”を強く意識していたはずです。
「お金を出せば性能が手に入る(高級車=高性能車)」
「性能こそが魅力」
「スペック競争こそブランド価値」

という価値観が社会全体に浸透していた。結果として、デザインは性能を引き立てる“器”として扱われ、欧米の高性能車のイメージを借りることが重要だったのだと思います。

デザインの細部で言えば、1970年代の車は現代のように「フロントフェイスがボンネットへ回り込み、サイドへ連続し、一体化したマスクとして成立する」というデザインはまだ存在せず、フロントフェイスが完全に独立したパーツでした。ヘッドライトも丸型シールドビームが唯一の選択肢で、2灯か4灯、グリルの中に置くか隣接させるかしかなく、この制約が当時の“顔”のデザインを大きく規定していました。

ボディタイプも、当時の日本では
2ドア=ノッチバッククーペ
4ドア=ノッチバックセダン

という明確な認識があり、ボディタイプそのものがデザインのキャラクター付けと強く結びついていました。ハッチバックはトヨタでは「リフトバック」と呼ばれ、実用車というよりクーペの派生としてのファストバック的立ち位置で、欧州のゴルフのような“コンパクトハッチ”が日本に根付くのはもう少し後になります。

ここで、70年代の具体的なデザイン例を挙げてみます。

● トヨタ カローラ Levin / TE27(1972–74)

アルファロメオ・ジュリアの影響を強く受けたと考えられるモデル。
シャープさを出しにくい時代に、塊感を巧みにまとめた。
欧州スポーツの端正さを日本流に翻訳した初期例。

● 日産 フェアレディZ / S30(1969–78)

ロングノーズ・ショートデッキというスポーツカーの理想形。
当時のプレス技術では異例の流麗さ。
“日本車が欧米を模倣しつつ、ついに追いついた”瞬間。

● マツダ サバンナRX-7 / FB(1978–85)

シンプルな線と面で構成されたファストバッククーペ。
リアのガラスハッチが特徴。
ポルシェ924に酷似し「プアマンズポルシェ」と呼ばれた。

● トヨタ セリカ / A40(1977–81)

トヨタUSAデザインによる直線基調。
直線だがシャープではなく“大味”。
次のA60でファセット様式へ進化。

● 三菱 ギャランΣ / A121(1976–80)

シンプルな直線基調のシャープなデザイン。
飾り気のないスタイリッシュさ。
後のファセット様式の萌芽。

● マツダ コスモAP(1975–81)

“高級車=アメリカ車”という価値観を体現。
微妙な曲線を多用した秀逸な造形。
日本車がアメリカ的ゴージャスさを本気で追求した例。

● 日産 スカイライン / C110(1972–77)

“ケンメリ”。
太いCピラー、サーフィンライン、丸型テールランプ。
アメリカンな雰囲気と塊感が強く、後のスカイラインのアイデンティティを確立。

これらの車種は、70年代の日本車が欧米の様式をどう受け止め、どう翻訳しようとしていたかを象徴するモデルだと思います。

以前、勝手に命名した80年代の「ファセット様式」が“直線と面の明確な構成”だとすると、今回の70年代はどういう様式と言えるか。
私としては「プレ・モダン曲面様式」という名前を付けてみました。

曲面を作ろうとしているのにエッジが曖昧。
面の切り替えが弱く、結果として塊感が強い。
当時の量産プレス技術の限界でメリハリが出ない。
そして欧米の様式を日本の技術で翻訳した結果の“混成感”。

この様式はさらに二つに分けられる。

米国系(American‑Influenced)
文化的憧れがそのまま形になった系統。
太いCピラー、ロングノーズ、サーフィンライン、マッチョな雰囲気。
代表例はケンメリ、コスモAP、セリカA40。

欧州系(European‑Influenced)
性能志向の人たちが見ていた欧州の美学を、日本流に翻訳した系統。
端正なプロポーション、シンプルな線と面、ファストバックの多用。
代表例はTE27、RX-7 FB、ギャランΣ、フェアレディZ S30。

これら様式が複雑に絡み合い、曖昧な曲面と塊感が支配する“吸収の時代”だった、と結論づけてみました。

そして80年代に入ると、日本車はついにファセット様式という独自の直線美を確立します。
欧米模倣から脱却し、日本車が自立する時代が始まる。その前夜としての70年代を「プレ・モダン曲面様式」の時代として整理してみました。

日本車デザインの流れが、少しクリアに見えてきた気がします。
皆さんはどう感じますか。
Posted at 2026/08/21 20:35:59 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年08月15日 イイね!

【非クルマ】マスカルポーネ・オ・アグリュム

【非クルマ】マスカルポーネ・オ・アグリュムマスカルポーネ・オ・アグリュ厶(Mascarpone aux Agrumes)って、聞いたことない名前だと思います。オリジナルなので勝手に命名しました(笑)。
見た目ただのチーズケーキです。
が、クリームチーズとサワークリームをベースにガツンとチーズ味と香りで勝負?する王道のチーズケーキに対して、マスカルポーネと生クリームベースに風味付け程度のオレンジ(とオレンジキュラソー)を使って、(最近のクソ暑い)夏に食べたくなるような爽やかさと上品さを感じられるようなものを作ってみよう、ということで実験的に作った「試作品」です。
ベースのチーズケーキは、ちゃんとしたマスカルポーネと生クリームを使って、160℃の低温でじっくり焼き、デコレーションというかコーティングの生クリームは、軽やかさとクリーミーさを両立させるために生クリームにマスカルポーネを加え、さらにオレンジ果汁とオレンジキュラソーを風味付に使って「ん?なんか普通の生クリームと違う...」という感じにしてみました。
実験結果としては、満足できる出来になったと思います。クリーミーさと爽やかな柑橘系の風味。王道のチーズケーキに対して変化球ですが、こういうのもアリだと思いました。とくにコーティングのクリームはアレンジが効きそうなので、今度はアールグレー(紅茶)とブランデーを使ってみようかななどと考えています。
夏休みの自由研究、自由工作みたいですね(笑)。
Posted at 2026/08/15 08:21:19 | コメント(0) | トラックバック(0)
2026年08月13日 イイね!

【非クルマ】科学っぽい感じのする記事に注意

【非クルマ】科学っぽい感じのする記事に注意「XXXを食べると認知症になる、がんになる」という記事、よく見かけます。あっという間にシミ、シワが消える、宿便を排出するとか、・・・本当に目障りなこの手のWeb広告。いい加減、規制してもらえないかなといつも思ってます。




今日もスマホのスマートニュース記事で
【これでも「うどん、パスタ、ラーメン」を食べ続けるか…脳のバリアをこじ開け、認知症を招く"小麦"の恐怖】
なんて言う記事を見かけました。しかもこれ、「PRESIDENT Online」に掲載された医師の肩書を持つ人の記事。雑誌PRESIDENTといえば割と知名度のあるビジネス雑誌だし、医師の言うことだから・・・・と普通は思っちゃいますよね。

この記事、 「小麦を食べると認知症になる」、「脳のバリアをこじ開け、認知症を招く“小麦”の恐怖」なんて、かなり刺激的なタイトルで煽りまくってます。書いているのは本間良子氏という医師。

本間センセイは「小麦を食べると脳のバリアが壊れ、認知症につながる」と言っているのですが、どうも引っかかります。私は医学の専門家ではないので、生成Aiの助けを借りながら、お盆休みの暇つぶしに記事で引用されている論文についてちょっと確認してみました。

結論から言うと、
ちゃんとした実在する研究論文が引用されている
感じです。でも、引用論文が実際に証明していることと、記事にかかれている結論には、かなり差があります

たとえば、まず、小麦に含まれるグリアジンという成分が、ゾヌリンという物質に関係することは研究されているようで、ゾヌリンは腸のバリア機能に関係するそうです。さらに、ゾヌリンを培養した血液脳関門の細胞に作用させると、細胞の透過性が上昇したという研究もあるようです。つまり、この研究が示したのは、「培養細胞にゾヌリンを作用させると、透過性が上がった」ということ。
本間センセイの言う「人間が小麦を食べると血液脳関門が開く」なんてことは記載されておりません。
まして、「小麦を食べると脳に毒素が入り、認知症になる」ことを証明した研究でもありません。
医学の知見がなくとも、本間センセイの導出した結論がかなり飛躍しているということは分かります。

記事は、
小麦→グリアジン→ゾヌリン→腸のバリア→血液脳関門→脳の炎症→認知症
という長い長い因果関係を、一つのストーリーとして説明しています。
しかし、各段階?の個別の研究があっても、一連の因果関係については不明です。本間センセイが因果関係があると思って強引に結びつけているだけに見えます。

また、本間センセイは「脳もれ」という怖そうな表現を使って
「腸もれの症状がある人には、ほぼもれなく脳もれの症状が見られる」
という趣旨のことも書いていますが、これは論文による証明ではなく「私の臨床経験からすると」という話のようです。あえて引用を示さないのかもしれませんが、「それはあなたの感想ですよね?」というツッコミは不可避です。
(尚、『脳もれ』という言葉自体が医学の正式な病名なのかと思って調べてみたら、どうもそうではないようです。血液脳関門の透過性が亢進するという医学的な現象はちゃんと存在するようですが、それを一般向けに『脳もれ』と呼んでいるようです。なんだか『宿便』というエセ医学用語を思い出しちゃいました。)

医師の経験はもちろん重要ですが、それだけで医学的な因果関係を証明してることにはならないでしょう。

そもそもこの記事に「ん?」と思ったきっかけでもあるのですが、
素朴な疑問として、パンやパスタを日常的に食べている人は世界中にたくさんいます。もし、「小麦を食べ続けると血液脳関門が壊れて認知症になる」という関係が一般的に成立するのであれば、パンやパスタを日常的に摂取する、小麦の摂取量が多い集団ほど認知症が明らかに多い、といった疫学的な証拠があってもよさそうです。

グルテンフリーの話をブログに書いた時に例示したセリアック病など、小麦やグルテンを避ける必要がある人はいるようですし、菓子パンやインスタントラーメンを食べ過ぎる食生活が健康的だとも思いません。

でも、それを「小麦が脳を壊す」という話に単純化してしまうにはいくらなんでも飛躍しすぎです。

今回の記事はPRESIDENT Onlineに掲載されています。私はこれまで、プレジデントという雑誌を比較的まともなビジネス誌だと思っていました。調べてみると、PRESIDENT Onlineは、雑誌『プレジデント』の記事だけを掲載しているサイトではなく、独自記事も含む「総合情報サイト」だそうです。カテゴリーもビジネス、マネー、政治・経済、キャリア、ライフ、社会とかなり広い。
さらにプレジデント社自身が、「私たちは『記者』ではなく『編集者』です」、「最優先は『おもしろくて役に立つ』」
と説明しています。
つまり、新聞や科学専門誌のように、「この情報は本当に正しいのか?」を徹底的に検証して報道する媒体、ではなく、「読者が興味を持ちそうなテーマを、専門家や著者に語ってもらい、分かりやすく編集して届ける媒体」なんですね。それ自体が悪いわけではありません。ただ、医学や科学の話では、一般の人を煽れることを「おもしろい」こととして「科学的な証明」できそうもない記事を掲載することはいかがなものかと思うわけです。医学に限らず「オカルト」、「エセ科学」を「科学」と信じ込んでしまう層は一定数いますから、慎重にならなければいけないことが多いと思います。

今回、私が知りたかったのは、「小麦は安全か、危険か」ではありません。
「この科学っぽい感じのする記事が引用している論文は、本当に記事の結論を証明しているのか?」
ということと、
「執筆者の肩書を信じて記事内容を信じてよいのか?」
ということでした。
そして今回の私の結論は、
論文は実在する。そこから得られる科学的知見にも意味がある、が、
「小麦を食べる → 脳のバリアが壊れる → 認知症になる」
ということは根拠のある説ではない
(少なくともこの記事で引用されている論文からは、そこまでの因果関係は示されていない)。

私は本間センセイの記事が「◯ンチキだ!」と言うつもりはありません。

ただ、
医師の肩書を持つ人が、それっぽく、本物の研究、まだ仮説の段階の話、そして本人の感想をつなぎ合わせて、一つの確立した医学的事実のような記事を書いている。
ということには注意が必要だと思います。

そして同時に、
「プレジデントに載っているから」、「医師が言っていることだから」、それなりに確かな話だろう
という読み方も、しないほうがよい
、ということを今回あらためて感じました。まあ、「マツコが絶賛」、「XX番組で紹介」、「東大卒研究員が開発」という感じの◯ンチキ広告と記事の作り方という意味では大差ないな、と。

結局、「何を根拠に言っているのか」、「本当にそこまで証明されているのか」を見ることが大切なんだと思います。
そうじゃなきゃ、データも根拠もなしにいろいろ断言してくれる「占い」を信じるのと同じですもんね。

……というわけで、私はこれからも普通にうどんもパスタも食べます(笑)。

Posted at 2026/08/13 15:37:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年08月10日 イイね!

祝・みんカラ歴12年!

祝・みんカラ歴12年!8月16日でみんカラを始めて12年が経ちます!

「愛車」浪人継続中です。

考えてみたらこの一年、あまりクルマに関連するイベントやってないです。。。
Posted at 2026/08/10 12:58:23 | コメント(1) | トラックバック(0)

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