
自動車デザインは“流行”として語られることが多いが、実際には建築や美術と同じように、時代ごとに明確な「様式」が存在する。今回はその様式史を、2000年以降という激動期に絞って眺めてみたい。(
これの続編)
1990年代までの自動車デザインは、曲面を中心とした「フルーイド様式」が世界的な標準だった。
日本車も欧州車も、基本的には“美しい有機的な曲面をどうまとめるか”という予定調和の世界にいた。
しかしこの様式は成熟しすぎて、どのブランドも似たような曲面の車を作るようになり、差別化が難しくなっていた。
2000年代に入り、この予定調和は突然破壊される。その中心にいたのが、BMWのデザインを率いたクリス・バングルである。
1999年のZ9コンセプト

にその「破壊」の兆候が現れ、2003年のZ4(E85)

でそれは明確な形になる。
曲面の上に、ためらいなく鋭い直線をぶち込む「フレームサーフェシング」。
そして、E65 7シリーズ

、E63 6シリーズでは、

「なぜここに直線を?」「なぜここに鋭角を?」とユーザーが困惑するほどの“破調”が意図的に盛り込まれた。
更に、バングルバットと呼ばれる特徴的なトランクリッドラインが登場して、当時のコンサバなユーザーにとっては「暴力的介入」にしか思えなかったデザインがどんどん世に送り出されていった。
これは単なる奇抜さではなく、フルーイド様式の予定調和(=退屈さ)を破壊し、デザイン文法そのものを再構築する試みだった。この“創造的破壊”こそが、2000年代デザインの主潮流であり、その影響は2026年現在のデザインにも確実に息づいている。
この主潮流がどの様に大衆車へ波及したのか、わかりやすくカローラのデザイン変遷で確認してみたい。
● E12型(2000–2006)

フルーイド様式の成熟期。表面張力でデザインされたかのようなワンモーションフォルム、大型ヘッドライト。
そして1999年のボルボV70(ピーター・ハーブリー)あたりから始まったショルダーラインの強調など、
1990年代の文法を引き継ぎつつ、端整な骨格を描く方向へ。
● E14型(2006–2012)

ここでバングルの影響が明確になる。ヘッドライトやテールランプの形状に、「一部だけを引き伸ばす」、「不安定要素を混ぜる」といった破調が入り始める。
フルーイド様式の予定調和に、“少しだけ不安定さを混ぜる”という新しい文法が日本車にも波及しはじめた時期。
● E16型(2012–2019)

E14の文法をそのままリファイン。ただし、奇抜な破調は弱まり、それほど違和感を感じない「安定化」へ向かった。
● EA1型(2019–)

複雑な曲面の組み合わせはもはや標準化し、ヘッドライトはグリルと融合し、ボディサイドへ回り込む。
バングル的な“破壊”はエッセンスをのこしたまま薄味になり、調和をベースにしつつ、鋭角をスパイスとして使う現代様式へ。
なお、ここでは触れないが、カローラに限らず、クラウンも同じ潮流の中で変化しており、特に2003年以降のモデルには、バングル的な“破調のエッセンス”が随所に見られる。
クリス・バングルの創造的破壊は直接すべてのジャンルを変えたわけではないが、彼が壊した「予定調和」という前提が消えたことで、各ブランドが自由に新しい文法を試し始めた。
その結果として、フルーイド様式の様な「様式」としてまとめるには枝葉末節すぎるが、新しく、以下の様な“枝葉の潮流”が生まれた。
ショルダーラインの強調
1999年頃のボルボV70(ピーターハーブリー)から始まる「ショルダーラインの強調」。派手さはないが「端整な骨格」を描く潮流はここから始まったと思われる。
乗用SUVデザイン
フルーイド様式の曲面を無骨なSUVに応用した“フォーマルSUV”という新ジャンルが1997年のトヨタハリアーによって誕生した、後の世界的トレンドとなる、新時代の「普通乗用車」のスタンダードデザイン。(wild but formalのキャッチコピーはインパクトが大きかった。)
クロスオーバーデザイン
1995年のレガシーアウトバックに始まり、すぐにボルボ、アウディが追走し始めたハイリフトワゴンデザイン。今のいわゆる「クロスオーバー」デザインにつながる潮流と考える。
涙目・丸目融合のヘッドライト
光学系の進化と遊び心が混ざった時代。これも「予定調和が壊れたからこそ」自由に試せた潮流。
2000年頃のヘッドライトデザインは大型の丸目がトレンドになり、03年頃から丸目4灯を一部融合して2灯風に見せたり、いわゆる「涙目」デザインと言われるシャープなラインに丸目を強引に合わせる様なデザインが多く採用された。このヘッドライトデザインの変遷は、例えばトヨタマーク2、マークXを見るとよく分かる。00-04年のX110まで大型だったヘッドライトは04ー09年のX12で複数の小型ライトの融合デザインになり、09ー20年のX13では直線・鋭角を取り入れた融合デザインになっている。
クーペSUVの二元革命(X6とLRX)
いまや、乗用車のスタンダードになりつつある「SUV」のトレンドは、前述の97年のトヨタハリアーによって乗用車のフォーマル感、ラグジュアリー感に悪路走破性能を想像させるデザインを取り入れられた。ラグジュアリー&クロカンはランドローバーが開祖だが、ランドローバーは外観がクロカン、中身がラグジュアリー、という独立した価値の単純な足し算でデザイン的な融合というところには至っていなかった。(一言で言えば「豪華なクロカン」)

乗用のSUVは02年のポルシェカイエンによって、高級スポーツカーブランドに於いてもジャンルとして成立し始めたが、基本的には「背の高いワゴン」で、ともすると(外観デザイン上は)商用車的な雰囲気も感じ取れてしまい、高級スポーツカー特有のエモーショナルなデザインとは異なる潮流の中にあった。

ところが、08年のBMW X6(E71)の登場で状況が一変。積載効率や居住性を後回しにしたクーペスタイルのSUVが提案された。X6がSUVデザインに於いて大きな変曲点であったことは間違いないが、デザインの文法としては、まだ「従前のクーペの車高を高くした」というところにとどまっていた感があった。

が、同年(08年)ランドローバーのジェリーマクガバンがLRXによって、「従前のクロカン側からのクーペ解釈」という文法で、「その手があったか!」と思わずにはいられない、テーパードルーフデザインのコンパクトクーペSUVが世に提案された。いきなりの登場にもかかわらず、そのデザイン完成度の高さから、当時は「イヴォークショック」と呼ばれるほどのインパクトを世界中のカーデザイナーに与えた。(イヴォークは、フルーイド様式に寄せすぎること無く、また、クリス・バングル的なデザインの影響を強く受けること無く、伝統的な直線クロカンデザインを引き継いだまま、誰もが「クーペ」だと認識できるデザインを成立させたことがすごい、と、個人的に思ってます。)
大型グリル
乗用車デザインにおいては2005年のアウディのデザイナー、和田智によるA6のシングルフレーム
、A5の端正なクーペボディラインがトレンドの中心になり、
中でも大型グリルデザインは世界中のカーデザインの基本になった。大型のグリルを必要としないBEVであっても、メルセデス、アウディ、BMWのように、多くの欧州車は大型グリルデザインに固執しており、日本車においては、フロントデザインエリアの8割くらいがグリルになってしまうような、もはやデザインとしては「破綻」と言っても良いような異様なデザインがウケ、2026年の現時点においてもトレンドの中心にある。
以上のように、2000年代以降のデザインを様式として整理すると
2000年代以降のデザイン史は、
① 破壊様式(バングル)
② 自由化様式(枝葉の潮流)
③ 再調和様式(2010年代以降)
の三段階で進化したと整理できる。
大きな潮流はただ一つ。
クリス・バングルによる「予定調和的フルーイド様式の破壊」
これが主潮流であり、その他のSUV、ヘッドライト、大型グリルなどは、その破壊によって生まれた“自由化の枝葉”にすぎない。
勿論、これは私自身の視点で整理した“様式史”です。皆さんの感じ方や異論も是非伺いたいと思います。