
この夏に行ってみたくなった場所が、タイトルの地である。
ワシが初めてこの千里浜なぎさドライブウェイを知ったのは小学生のとき。となりの席のスギハラミキ(当時のワシは漢字を知らない)という同級生の女子が、夏休み明けに写真を見せてくれて
「家族旅行で行って来た。すごいところなの。100キロ出せるのよ。高速道路みたい」と。
それを見たワシは、地球の図鑑で見たサハラ砂漠でも見るような気分でとても日本とは思えんかったし、千里浜ってどこなんだ?
家でカミナリオヤジが機嫌良さそうなときに、日本でクルマで砂浜を走れるところって有るんだ。って言ってみたら
それは能登半島の千里浜という日本で唯一普通タイヤで乗用車でも走れる場所。と、教えてくれた。さらにカミナリオヤジは「オレは国立金沢大学の地質学を学んだ博士だぞ。何でも知っている。その近くには化石壁と呼ばれる化石だらけの岩の崖もあるぞ。連れて行ってやる」と、小学生の子ども相手に何の役にもたたない学歴と博士号を自慢するのであった。
ワシは海の砂浜なんだから地質学なんて関係ないだろ。泥んこの話じゃないんだ。だが化石壁ってなんかとても魅力的な気がする。行ってみたい。
その後、その「化石壁に連れて行ってやる。」は実現しないままカミナリオヤジは三途の川を渡りきり、会えなくなった。そしてワシがその化石壁を知ってから50年以上も経って己自身でステアリングとペダルを操作して化石壁にたどり着くも、ロープが張られていて立ち入り禁止となっていた上に化石を採ると厳罰に処する。と。つまり絞首刑か電気椅子だ。ギロチンってことも?
化石壁を離れた遠くから眺めていても、化石ひとつ見えるワケも無い。つまらなくなって興味も失せた。
失せたのだが、家に帰って良く考えてみると、カミナリオヤジがワシに説明したイメージと、実際に現地でこの目で見て来たのとではかなり話が食い違うのである。なんかとても違和感が残り、もしかしたら化石壁は他にも在ったんじゃないか?って思った。
そしてこの違和感は的中し、カミナリオヤジの言ってた化石壁と現在の化石壁は別物なことがわかった。
かなり話が逸れてしまったが
本題の千里浜なぎさドライブウェイ。
ここをワシが初めて訪れたのは、スギハラミキちゃんから教わった翌々年の夏休みである。
クルマは日産ブルーバード4ドアセダンSSS。510型である。スギハラミキちゃんは見せてくれた写真からフォルクスワーゲン・タイプ1で行ったようだ。
しかし東京杉並から、能登半島までは果てしなく遠く、アポロ計画に匹敵するほどの困難を極めた。原因は東名高速から名神高速を渋滞も無く走行できたがブルーバードにはエアコンが付いていない。三角窓という今のクルマには無い特殊な窓だけ。マツダロードスターのはめ殺しのドアウィンドウが縦軸に回転する仕組みである。ブルーバードの車内はまさにファイヤーバードで、グレードはトランザムならぬフライパン。焼けるどころの話ではなくて焼け焦げた。
そしてさらにその先、北陸自動車道なんてのも無くて、ひたすら一般道を延々とファイヤーバードフライパンは走り続け、日没後に山中温泉にたどり着くと翌朝にはブルーバードに戻っていた。
そこからはすぐに砂浜を走れるのかと思っていたら。
さらにまたブルーバードがファイヤーバードになって昼過ぎにようやく千里浜なぎさドライブウェイに乗り入れることが叶った。
ワシはその景色を見て、全身が焼け焦げたことさえ忘れて波打ち際に駆け寄った。白い小さな二枚貝が、波とともに砂浜に打ち上げられて
引き波になる数秒の間に砂に潜り込もうと必死になっているのを、これも初めて見た。
スギハラミキちゃんの話、100キロで走れる。は、ウソではなさそうだったが、意気地無しのカミナリオヤジはその半分、50キロで走った。ミキちゃんには盛って150キロって言うしかない。
だが、ところどころ、河川が流れ込む箇所が在って、ソコはかなりの段差もあり、50キロでも減速して歩くような速度で通り抜けなくてはならなかった。
ま、ミキちゃんもワシに盛ったのかも知れんな。通知表を見せ合いっこするライバルでもあった。通知表ではいつもミキちゃんの勝ち。体育でさえも。給食に通知表評価が有ってもミキちゃんの勝ちだろう。小学生では女子の方が成長が早い。唯一、ワシがミキちゃんに優ったのは、全国合唱コンクールで、ワシがミキちゃんに打ち勝ってピアノ伴奏の座を獲たこと。
ミキちゃんは悔しがって泣いていた。が、その後、ワシはカミナリオヤジの転勤に伴って転校になり、ミキちゃんはピアノ伴奏に復活することが叶う。
話を戻そう。
千里浜なぎさドライブウェイの途中、海の家に立ち寄ってランチタイムで食事を済ませ、羽咋というところから一般道を走ってファイヤーバードフライパンは恋路海岸というところに到着し、そこで民宿というのに初めて泊まった。普通の個人の家のような感じだったが、食事はとても豪勢で魚や貝の刺身ばかりで嬉しかった。
翌日は輪島の朝市に正午近くに到着し、そこで食事をしてから、帰路につくがその日は片山津温泉まで。さらにその翌日の深夜に杉並の家に帰り着くも家族4人、疲労で2日寝込んだ。
その後、ワシが千里浜なぎさドライブウェイを訪れたのは、結婚し、子どもも産まれ、カミナリオヤジも居なくなって4人目の子どもが産まれる前に金沢に単身赴任することになり
その単身赴任していた当初見込み概ね3年、実際には1年の間に、
となりのちょっと綺麗な女性を誘って行ってみた。彼女は富山県出身だったが、千里浜なぎさドライブウェイには行ったことがない。と、言ってたので。テキトーに上手いこと言って騙し、彼女の警戒心を解いて連れ出した。それはまた次の機会に。
Posted at 2026/08/08 10:17:08 | |
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