
晴れ。今日は朝から曇る事も無く、カンカン照りで暑い。
昨夜から、認知症の母の部屋はエアコンを28度の設定で、つけっぱなし。
母は夜10時頃に床について、そのまますぐに寝た。
そして午前2時頃にトイレに起きて来た。オシッコだけで、手を洗わせて、部屋に戻ってから、水を小さなコップ1杯に入れて、レンジで少し温めて持って行くと、
母は
「誰か知らん男の人が、横に入って来た」と言う。
変な夢でも見たのか、妄想か。
しかし、この後、テレビを付ける事も無く、すぐまた寝てくれたようだ。
私も自分の部屋ではエアコンを29度に設定して、扇風機を併用。
私が寝たのは、またしても午前4時半だった。
朝は6時40分の目覚ましで起きる。もう汗だくだ。
今朝は母がディサービスなので、急いで朝食の支度。
ディサービスの朝は本当に慌ただしい。
いくら早めに時間を取っていても、その時、その時で、予期しない事が発生したりする。
例えば、母のトイレのスリッパがどこかに隠されていたり。
ディサービスでは毎回、お風呂に入れてもらうので、
全ての服の着替えを用意して持って行かせる。
それらの準備は寝る前、午前1時位に済ませておいた。
父の時もそうだった。ディサービスやショートステイで、親の着替えを用意するなんて。子供ならともかく。
私は結婚した事もなければ、子供もいないから、なんでこんな事をしなければと感じる事もある。
日頃は義務感というよりも、日常の作業として、当たり前に時間に追われてしてるだけの事だけど。
本当は母も
ショートステイで施設に泊まってくれたら、ありがたいのだが。
今のディサービスは、10名ほどのグループホーム(職員が面倒を見る共同生活みたいなもの)に、3人枠で日帰りのディサービスを受け入れていて、今年から、そこに運良く母も入れてもらってる。
利用者に対する職員の数が圧倒的に多く、よく面倒をみてもらえるようだ。しかも、なぜか少し割安なのだ。
以前は50人ほどの大勢の中にいたのだから、今の方がはるかに待遇がいい?はず。
ところが、泊まりのショートステイとなると、このグループホーム内ではダメで、以前のような大勢の部屋行きになる。
現在はグループホームの職員から、よく顔も性格も覚えられて、面倒を見てもらってるから、今の状態を維持したい。
実は4~5年前だったか(この何年前というのは、毎年更新されるわけで、しかもアッと言う間に1年が過ぎるから、あれが何年前だったかなんて、どこかに記録してないとわからなくなる)、このグループホームへの母の入所の順番が回って来たのだ。
しかし、当時はまだ母の屁理屈も多く、その頃、私の妹の家に1週間ほど母が滞在した時だって、
「タクシー呼んで帰る」
「私の家はどうしたんや。マサが勝手に売りよったな。それで私をこんなところへ連れてきたんや」
などと大騒動だったし、
その前に軽い脳梗塞で母が入院した時だって、「帰る」の一点張りで、看護師を困らせ、毎日のように私に「来てください」と連絡が入ったくらいだったので、ホームへの入所はまだ無理だろうと、他の人へ先送りにしてもらったのだ。
このグループホームは、私も中を見せてもらったけど、明るく清潔感あり、名々の個室も用意されて、それも広くて、私の部屋よりいい感じで、自分でもそこに住みたいと思えるような環境だった。
風呂は共同で、職員がそれぞれの人を順番に入れるらしいが。
ただ、入所には月13万+小遣いとして月2万位が必要と言ってたか。(今の母の要介護度3での話し)
もし、次に順番が回って来たとしても、悩ましいところだ。
ともかく、今の
グループホームへのディサービス枠 だけは確保しておきたいのだ。
今日も母がディサービスに行くと、ホッとすると同時に、朝食の食器を洗って、母のパジャマをはじめ、一通りの服を全て洗濯し、布団を干して、クール敷きパッドも洗って交換と忙しい。
午後から、パソコンの前に座っていて、睡魔に襲われ、後ろのベッドの上で、1時間ほどうたた寝。
またしても汗びっしょり。部屋の温度は38度になっていた。
私は風さえあれば、暑さには強い。大量の汗をかくから。逆に気にするのは、着替えても着替えても、すぐにびしょ濡れになってしまう事。
風がないと最悪。手の甲からも大量に汗が出るので、何を触っても濡れてしまう。この時期、車の電装のDIYとか不可能だ。
今日は、母の部屋を含め、1階に掃除機をかける。それを終えると、もう4時過ぎ。
洗濯物や布団を取り入れる。
この時、母の部屋の前(南側)に干した
布団の上にゴミが落ちてる。わずかだが、泥のようなもの。
以前に書いたけど、軒下当たりでカタカタという物音がしていて、何かの動物がいるように思える。
その音は最近は聞かないのだが、このゴミと関連があるように思う。
もう母が帰宅する5時前になると、朝と同様の慌ただしさ。
私は汗だくなので、シャワーを浴びたい。が、先日みたいに、半分裸で、若い女性職員に見られてしまうと...
それでも強行。ギリギリ間に合った。
帰宅した母を、普段の服に着替えさせる。
エアコンを付けて、「テレビを見ておけ」と座椅子に座らせて、私は食事の支度。
が、母は何度も部屋から出て来て、台所へと来る。その都度、追い返す。
少しはじっとしててくれ。
台所は普段なら、ドアに鍵をかけておくのだが、様子を見てないと、今朝から母はウンチもしてないので、もし、トイレへ行こうものなら、すぐに見に行かなければならない。だから、台所のドアは開けておいたのだ。
実際、食事の支度の途中で母はトイレへ行った。すぐに見に行ったけど、またしても部屋履きのスリッパをトイレ内に持ち込んでいた。
トイレのスリッパを履いておいて、外に脱いだスリッパをトイレの中に入れて、脇に立てかけていたのだ。
後で気付いたが、母の部屋のテレビのアンテナ線を引き抜いていた。
電気のコンセントと並んで、壁からアンテナ端子が出てる。ここの電源も、母はよく抜く。
それでテレビが映らないから、余計にウロウロとしてたようだ。
ある程度、夕食の準備が出来たら、父の仏前へご飯とお茶を持って行く。
この時、母の布団も私が敷いてしまう。その方が、母にさせるよりずっと早いし。
母の布団はクール敷きパッドや枕のクールパッドも外したままだったので、それらをする為にも。
夕食はサバのしぐれ煮。甘辛いしょう油味の煮付け。骨は全て取ってある。冷凍物で湯煎する。これを生協で取ってよく使う。
その前に、ブロッコリーと私用のオクラも茹でる。その残り湯でサバを湯煎するつもりが、
ついでに枝豆も茹でる。しかし、枝豆は1個ずつ引き上げてると効率が悪いので、そのままザルにあけてしまい、結局、サバを湯煎する湯は水から沸かし直す。
しかも、母はブロッコリーも枝豆も食べたがらない。枝豆は余分だった。
代わりに野菜豆と書かれた、大豆と野菜を煮たもの。袋から出すだけ。
いつもの汁物はマイタケ、エノキ、ほうれん草、豆腐、卵1個。
母はサバの煮付けは甘辛い味付けなので食べた。
が、大豆の煮たものも、母は少し食べては、
「コレは残しておくやつや」
「食べてええんか」
「誰か食べるやろ」
私はその都度、「食べろ」「お前の分や食べろ」「食べんかい」を繰り返す。
汁物の中身も食べたがらない。これもうるさく「食べろ」と繰り返し、なんとか食べさせた。
ともかく、私は食べ物を残す、捨てるという事に、すごく罪悪感があり、全てを食べさせないと気が済まないのだ。
ブロッコリーは2房を箸で母の口に入れ、残りは枝豆と共に、明日の朝に食べさせる。
食べ終えたら、薬とサプリを飲ませる。
私は
食後すぐに洗い物にかかる。
その最中、母は「オシッコしたい」と何度も食卓を立とうとする。
血圧を測定し、歯を磨かせてと段取りがあるんだ。少しはじっとしていてくれ。
母はマイペースで、私は慌てまくる。この慌て過ぎる事がストレスになり、夕食の前後、胃が痛くなる事が多い。
母は本当にオシッコをしたいのでは無い。私が洗い物を中断して、先に血圧を測定する。
すると、もうオシッコの事は忘れて、言わなくなる。
それにしても
食器用の洗剤は泡切れが悪い。
お湯では無く、水道水を使ってると、いつまでもヌルヌルとした感じがする。水道水を多く使うし、洗っていてイライラとする。
現在はライオンのチャーミー・クイック。これはまだマシ。以前に使ってたキュキュットなんかヌルヌルットと名付けたい位だったし、新しい容器は上部が大きくて重く、中身が減ってくるとすぐに転倒する。
なんで、今の日本人はこんな不合理な製品ばかり作るのだろう。自分で使ってみた事があるのかと言いたい。
ジョイってのはもっと泡切れが悪かったし。
台所を片付けたら、洗面所へ母を移動させて、歯を磨かせる。
これもなかなか。「アンタ磨き」とか「朝したからええ」とか言って。
磨いてる最中も監視していて、「下の歯や、下の。下の歯の裏を磨け」などといつも私が叫んでる。
この後、トイレへ。まずは「もっと後ろへ座れ」
本当に便座にちょこんとお尻だけ腰掛けるように座るから困る。
そして、今日は朝からしてないので、私が「ウンチしておけ」と言うと、
母は
「もっと天気がいい日にする」
ワケわからん。何のこっちゃ。私も、思わず吹き出してしまったが。
さらに母は、
「誰かが登ってくるで」
「兄貴に言っておかなアカン。ここを使うでぇって」
「家でしてきたから、こんなとこではせえへん」
それでも、私の「ウンチしろ」の繰り返しに、やっとしてくれた。「ポチャン」の音が何度か耳に入ったから。
ウォシュレットでお尻を洗わせ、手も洗わせて、やれやれ。
この後、服を脱がせて、洗濯したパジャマに着替え。
母はすぐに寝てくれたようだ。前もって、部屋はエアコンで快適にしてあるから。
私は、夕方にシャワーして着替えた服を洗濯にかけ、さらに母がディサービスから持ち帰った着替えの洗濯も。