• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

老人ギタリストもどきのブログ一覧

2026年03月11日 イイね!

絶不調の比叡山運用 その6

絶不調の比叡山運用 その6そして、今、私と交信している場所は、高見山の中間地点の様でした。このJR2/2局の「尾鷲市」側から登山を開始したと言うワードに、即座に反応した輩がいました。それは、丁度、1,999年から2,000年に切り替わる頃でしたが、三重県尾鷲市の、三田火力発電所に、三菱横浜製作所のアンダーで、出張していた事があったからでしたが、JR2/2局からは、既に火力発電所は無くなっていて、跡地には野球場が出来つつあり、海岸付近も何かの養殖施設になってます。と聞かされたのでした。

それを受けて、「それでは、山手にあった比叡山延暦寺の研修センターは、まだありますか?」と尋ねたところ、JR2/2局からは、「それは、まだありますね。練習船の日本丸や海王丸の研修生が、その延暦寺の研修センターに来た事がありました」と答えてくれたのでした。私からは、「研修センターの庭を造っていた庭師が、家内の叔父さんで、姪っ子の旦那が尾鷲に仕事に来ているなら、是非ともご馳走しないと!といけないと、家内を通して伝えて来たと言う話をしたのでした。

その時は、仕事にプライベートを持ち込む事を嫌った私は、即座に拒否したところ、家内が「せっかくの叔父さんの好意を無下にするつもり?」と怒り出したので、慌てた私は「それなら、責任者のKさんに一応は言ってみるよ!」と言って電話を切ったのでした。その後、責任者のKさんに仔細を伝えて「やっぱり、仕事とプライベートは、分けるべきですよね?」と賛同を求めたところ、「それは良いですね!じゃあ、ついでに忘年会も兼ねちゃいますか!」となった為、一気に具体化したのでした。笑

当日は、尾鷲駅前で待ち合わせて、庭師の叔父さんの一番弟子の方が、軽トラで迎えに来られました。挨拶を済ませて、後追いで付いて行く事にして、比叡山延暦寺の研修センターに到着すると、叔父さんの他に、テレビにも良く出演されていたロンパリの住職と、カリフォルニア生まれの56歳のお坊さんが迎えに出てくれました。研修センターの庭は、既に出来上がりつつある段階らしく、木の櫓の他には、1台のブルドーザーが置かれていました。

先ずは、板間の部屋に車座に座って、スルメやおかきを肴にして、缶ビールで乾杯となりました。その後も何本も缶ビールの追加があり、かなりの本数になり、同僚からは「もしかして、これがご馳走するってこと?」と耳打ちされた頃、いきなり叔父さんが、「さあ!行こうか!」と立ち上がったのでした。叔父さんの一番弟子と、私の2人は素面だったので運転手は即座に決定しました。叔父さんは一番弟子の軽トラに乗車しました。

私はと言えば、マツダのボンゴを運転して後追いする事にしました。すると、やはり尾鷲駅を目指している事が判明したのでした。そして、尾鷲駅前の小料理屋の駐車場に軽トラを駐車したので、私もそれに習って駐車したのでした。研修センターのお坊さん2人も、その後合流しました。そこで、振る舞われたのは、贈答用の、伊勢海老やら、神戸牛、鮑や鯛の刺身とかの、滅多にお目にかかれない様な逸品の数々でした。そんな中、後輩のD君が声を発したのでした。

「すいません!肉が食べ足りないので、メニューにあるステーキを注文しても良いですか?」と叔父さんに尋ねたのでした。すると、叔父さんは「ええで!ええで!どんどん注文しい!」と笑顔で応えたのですが、小料理屋の女将さんが、「あかん!あかん!神戸牛を食べた後は、うちの肉は、食べられたもんやないで!やめとき!」と、眉間に皺を寄せながら、打ち消したのでした。それを受けたD君は、止めるのかと思っていたら、「でも、お願いします!」と言ったのでした。

それなら仕方ないとばかりに、女将さんが冷蔵庫から牛肉を取り出して、焼き始めました。やがて、牛肉を焼く、良い匂いが辺りに漂って来ます。D君は待ちきれない様子で、盛んに「レアで良いですから!」と催促していました。そして、遂にステーキが出来上がりました。身を乗り出して、その皿を受け取ったD君は、早速、ナイフとフォークは使わずに、箸でステーキを掴むと、ガブリ!と牛肉にかぶり付いたのでした。すると、勢いがあったのは最初だけでした。

徐々にステーキを食べる速度が遅くなり、半分以上残った状態で、遂にギブアップとなったのでした。女将さんは、言わんこっちゃ無い!とばかりに、「だから、言ったやん!神戸牛の後に食べると、その差を余計に感じるやろ?」とD君に言うと、そうだ!とばかりに大きく頷いたのでした。女将さんは、D君からステーキの皿を受け取ると、ダストボックスに廃棄したのでした。そんなD君の顛末記もありながらも、忘年会を兼ねた楽しい宴は終わったのでした。

話を戻して、11時13分にコールバックしてくれた局は、京都市中京区から家族サービスで、滋賀県野洲市の施設(何処かは不明)に遊びに来ていたJE3/3局でした。JE3/3局は、僅かQRP-3Wのハンディ機で、しかも付属アンテナにも関わらず、ガラスを通過した電波が、比叡山の私の所に「57」で届いていると言う事実に、感激されていました。11時36分にコールバックしてくれた局は、奈良県宇陀郡御杖村三峰山(標高1,235m)に移動されていたJI1/3局でした。
Posted at 2026/03/11 17:14:09 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月10日 イイね!

絶不調の比叡山運用 その5

絶不調の比叡山運用 その5一方、交信の方は、準備が完了して、IC-705の電源を投入してSWR調整を実施。前日と同じ、433.040MHzにサブの周波数として確保して、メイン周波数でCQを発出すると、8時8時17分にコールバックしてくれたのは、自宅のある長浜市から、会社のある大津市まで、琵琶湖の湖岸道路を走行していたJP3/3局でした。大津市の会社で仕事の車に乗り換えて、兵庫県に行くと仰っていました。この局とは、この日が初めての交信でした。

すると、いきなり「ノーカードでお願いします!」と言われたので、誰でもQSLの、ワンウェイ送信を提案したところ、すんなりと了承して頂きました。続いて、8時44分にコールバックしてくれたのは、昨年末より、繋がる事を欲しながら、交信する事が出来なかった、大阪府枚方市のJP3局でした。繋がる事を欲していた理由は、昨年の最後に届いたJARLからのQSLカードの中に、件のJP3局からのカードが含まれていたからでした。

そのカードとは、2025年のQSOパーティで、1月2日にJP3局と交信した時のものでしたが、実は、その時には、誰でもQSLも送付していたので、完全にノーカード局として認識していたのでした。そのお返しのカードは、その旨を書き記して、直ぐに送り直してはいますが、口頭でも謝罪すべく、リストにラミネート加工を施し、常に視認可能な場所に立て掛けていたのでした。JP3局からは、「ほんま律儀な方やな!」との言葉を頂きましたね。

しかも、JP3局からは「それにしても、朝も早うから気張りはるな。こっちなんて、まだパジャマやで!」と言われてしまったのでした。続いて、9時10分には、京都府長岡京市の既知のJF4/3局からコールバックがありました。JF4/3局は、3エリアのコールサインも持つ、正に私と同じ様なスタイルの無線局でしたが、3月中旬には、3エリアから、4エリアの広島県大竹市に完全に戻る事になった様で、現在、引越しの真っ只中でした。

しかし、転居の回数が、今回で15回目と言う半端ない回数になる様で、既に確固たるタイムスケジュールをお持ちとの話でした。ちなみに、JF4/3局との交信は、14回目の交信でした。完全に4エリアに戻るのですが、3エリアのコールサインは、有効活用する為に、次回の局免の更新時まで、持ち続けるとの話でした。9時25分には、奈良県磯城郡の既知のJS3局から、コールバックを頂きました。JS3局は、前日には、奈良県桜井市にある、音羽山に移動された様でした。

その時、登山道が酷く泥濘んでいて、下半分を中心にして、かなり車が汚れてしまったので、洗車しようと考えて、車に乗り込んだタイミングで、私のCQが聴こえたので、直ぐに応答してくれた様でした。9時41分には、京都府木津川市の既知のJQ3局からコールバックがありました。この日は、とても電波が強く感じたのでお尋ねすると、いつも繋がる木津川堤防での、犬の散歩中のポータブル運用では無く、ご自宅からの運用だったので、強かったのでした。

9時56分には、大阪市城東区在住の既知のJA6/3局から、コールバックを頂きました。2月14日の交信ブログにも書いていますが、前日の交信のタイミングに、JA6/3局には、「誰でもQSLにアップする画像は、何でも良いんですよ!京都市南区の局長さんは、毎回、餃子の王将で食べた夕食の画像を、アップされてるくらいですからw」と送った事で、一気に2枚の自作アンテナの写真をアップされていて、その時の交信では、その御礼もJA6/3局に伝えたのでした。

ここで、1回目の便意が突然的に発生します。急いで、433.040MHzに待機してくれてる局に対して、「トイレに行きたくなったので、一旦、周波数をクリアします!各局さん!有難うございました!」と、一方的に送って、IC-705の電源を落としてから、車を降りて、私が居た駐車区画からは、約100m弱のトイレに駆け込んだのでした。その1回目のトイレでは、既に書いておりますが、和式のぼっとんトイレに着座した位置が、後ろ過ぎたのか、失敗して汚してしまったのでした。

トイレから戻ると、先程まで使用していた433.040MHzは、他局が既に使用していたので、今度は433.060MHzをサブの周波数に確保。メイン周波数でCQを発出しました。すると、10時50分に、三重県と奈良県の県境にある高見山に登山中のJR2/2局から、コールバックがありました。実は、前日に交信したSOTA運用のJM3/3局が、盛んに、「明日は、奈良県吉野郡にある高見山からSOTAの運用局がQRVします!」と情報を連呼されていました。

そのJM3/3局と交信したのは、2026年2月14日のバレンタインデーである、比叡山運用の初日に、準備が完了した8時38分に、コールバックしてくれたタイミングでしたが、その時、JM3/3局は大阪府交野市の旗振山に、SOTA運用で移動されていました。そんなJM3/3局の情報の下地があったお陰もあり、JR2/2局が、JM3/3局が連呼していた局だと瞬時に理解したのでした。JR2/2局は、9時半から三重県尾鷲市側から、登山を開始されたと話されていました。
Posted at 2026/03/10 12:06:10 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月09日 イイね!

絶不調の比叡山運用 その4

絶不調の比叡山運用 その4この局とは、誰でもQSL仲間でしたが、今回は、JARL経由での、カード交換も加えられました。16時11分には、大阪府堺市の既知のJA3局からも、コールバックを頂き、楽しい交信となりました。初日は、JA3局を持って、交信を終了しましたが、最後まで腹の不調が嘘の様に、便意を催す事も無く、乗り切る事が出来たのでした。撤収時には、翌日の運用を視野に入れて、無線機も助手席に置いたままにして、ふみたて君は、後部座席の足元に保管する事にしたのでした。

しかし、悪夢は終わっていませんでした。家内の実家に戻ると、再び、腹の不調が再燃して来たのでした。夕食前にはトイレに駆け込み、それもあってか、夕食をセーブしてしまいました。就寝前までには、更に2回のトイレ駆け込みがあり、夜中にも目が覚めてトイレに篭ったものの、それからは、朝の6時までは、ストレートに就寝する事が出来ました。前日は、6時前にも起きてしまったので、それが無かっただけでも、まだマシでした。

2026年2月15日(日曜日)も、朝の6時に起床して準備を急ぎ、6時40分頃には、家内の実家を出発したのでした。この日の朝が暖かかった事は、フロントガラスを見れば一目瞭然でした。前日は、熱湯を掛けないと、フロントガラスが見える様にならなかったのが、この日の朝は、何もしないでもフロントガラスはスッキリでした。それでも、前日、成功体験をもとに、出発後に立ち寄ったコンビニでは、ホカロンをしっかりと購入したのでした。

途中、宝ヶ池通りから仰ぎ見た比叡山の山頂は、付近にあった雲を纏って、前日のスッキリ感はありませんでした。白川通りを下り、北白川別当交差点から左折して、山中越えルートに侵入。クネクネ道を突き進んで、比叡山ドライブウェイの料金所に到着しました。この日は、日曜日だったのでミニクーパーは現れる筈もなく、工事車両と思しき車も皆無だった事もあって、料金所を通過するのは運任せの状況でしたが、7時20分過ぎにゲートを開けてくれたのでした。

それを見て、すかさずゲートに入り込んだ輩は、昨日と同様、一番乗りで比叡山ドライブウェイに突入しました。坂道を一気に駆け上がり、夢見が丘展望台、登仙台展望台には見向きもせずに、山頂駐車場を目指して、突き進みました。飛ばしに飛ばしたお陰で、7時半過ぎには、山頂駐車場に到着する事が出来た輩は、前日の場所とは駐車場の区画で、約5区画程、ずらした場所に設置する事にしました。それは、たとえ僅かでも違うエリアと繋がりたいとする気持ちからでした。

駐車位置が決まってから、車を降りた私は、Gパンのベルトを緩めて、少し下にずらして、コンビニで買い求めていたホカロンを、下着の上から腹に上に貼ってから、Gパンを引き上げてベルトをしたのでした。それから、徐に、後部座席の足元に保管していた、ふみたて君を後輪にセットして、再び、運転席に座ってから、車を少しバックさせながら、乗り上げてふみたて君を固定したのでした。その後の工程は、前日と同様で、粛々と準備を進めて行きました。

しかし、この日にホカロンを貼ったタイミングは、実は失敗だった事が、前日との比較により、後に判明する事になるのでした。前日にホカロンを貼ったのは、コンビニで購入した直後でした。つまり、約1時間弱のタイムラグが、腹具合に微妙に影響したと、考えざる得ない状況に、追い込まれる事になるのでした。前日は、比叡山で運用している間の腹具合は、尿意はあっても、便意を感じる事も無く、終始安定して運用する事が出来ていました。

しかし、2日目のこの日は、運用中に3度の便意を感じて、その都度、運用を中断しては、比叡山山頂駐車場のトイレに駆け込んだのでした。しかも、比叡山は高所でもあるので、便座は和式の上に、ぼっとんトイレでした。しかも、ドアの鍵が壊れていました。勢いよく閉めると辛うじて、ドアは閉まりました。紙はありましたが、和式自体が久し振りだったので、最初は失敗して、便器を汚してしまい、手で拭き取る羽目に陥ったのでした。

そんなトイレで運用中に3回駆け込んだ私でしたが、回を追う毎に、トイレが上手になった事は言うまでもありません。ただ、私がトイレを利用する時には、他に人は居なかったので、鍵が壊れていても問題はありませんでした。用を足した後で、手を洗うのは、手洗い場に置かれていた、水のタンクを使用しての手洗いでした。水を出すのは手動でしたが、電気コードもあったので、凍結防止の措置がされてるものと考えたのでした。

トイレの外は、終日に渡って日陰になる様で、雪がまだまだ残っていました。山頂駐車場もしかりです。やはり、基本的には気温が低いのでしょうね。残雪も、駐車場の区画からは取り除かれて、隅に隅に追いやられてはいますが、隅に固まってる雪も、一気に溶けるでは無く、徐々に体積が減って行くイメージで推移しています。ゴールデンウィークには、駐車場の大部分が車で埋まる比叡山山頂も、オフシーズンでは、訪れる車も疎で、寂しい限りでした。
Posted at 2026/03/09 11:48:16 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月08日 イイね!

絶不調の比叡山運用 その3

絶不調の比叡山運用 その311時33分には、滋賀県大津市内で駐車場待ちだった、JS3/3局からコールバックを頂きました。交信の最後に、JARL経由のカード交換の話になったので、ついでに、「誰でもQSL」のレクチャーを実施して、誰でもQSLのワンウェイ送信と、JARL経由のカード交換となりました。11時50分には、京都市西京区にあるポンポン山に移動していた、既知のJP3/3局からコールバックがありました。このJP/3局も誰でもQSL仲間だったので、誰でもQSL交信一覧表のフォーム改造の件を伝えたのでした。

その後は、432.940MHzをクリアすると、近くのトイレに用(小)を足しに行き、車に戻ってからは、車のエンジンを掛けて、昼食タイムに入る事にしたのでした。昼食後は、京都市左京区の大文字山に、担ぎ上げで移動されていたJF3/3局に、12時21分にコールを送る事からスタートしました。JF3/3局は、433.100MHzでQRVされてましたが、僅かQRP-1Wでありながら、比叡山には59で入感していました。しかも、誰でもQSLユーザーだったので、話は簡単でした。

説明無しで受け入れて頂き、オマケにJARL経由での交換も約束してくれました。その後は、432.940MHzが既に使われていたので、今度は433.040MHzをサブの周波数として確保。メイン周波数でCQを発出しました。すると、12時51分に、大阪府吹田市の既知のJL3局から、コールバックがありました。JL3局とは、以前の交信でユースホステル経験者と言う事が判明していたこともあり、懐かしのユースホステル談義に花が咲きました。

13時29分には、既知の滋賀県東近江市のQRP-5WのJR3局からコールバックを頂きましたが、誰でもQSLで送られて来た画像には、自宅周辺にタワーが3本建っていて、その上にHF帯の巨大な八木アンテナが設置された、とてもQRP-5W局とは思えない姿が写し出されていました。13時48分にコールバックがあったのは、奈良県大和郡山市の移動局であるJN3/3局でした。この局にも誰でもQSLをレクチャーして、ワンウェイ送信の承諾を頂きました。

14時24分にコールバックしてくれた局は、滋賀県彦根市在住の既知のJA6/3でした。この局は、話を聞く限り、とてもアクティブで、夏場はキャンピングカーを使用して北海道で過ごす様で、それ以外にも色々な場所に移動して、過ごしておられる様でした。それに、興部レピーターのキー局のひとりてある、1kW局のJH8局とも親交があり、私が知りたかった「ある事」を、教えてくれた局でもありました。その「ある事」とは興部レピーターのキー局の事でした。

と言うのは、興部430レピーターのロールコールでは、元々、JH8局とJM8局、それにJR8局が2人の合計4局で、ローテーションを組んで、運営されていました。私も毎回参加してる訳では無く、ある時、数回抜けた事があったのですが、久し振りにログインしてみると、2人いたJR8局が1人になっていて、3局で運営する様に変化していたのです。転勤で紋別を離れたのか?あるいは、メンバーと仲違いしてキー局を降りたのか?色々と、考えを張り巡らせていました。

ロールコール以外で、興部430レピーターにゲート越えして、キー局の誰かに聞こうとも考えていたところ、このJA6/3局から、減った理由を教えて貰えたのでした。JA6/3局によると、事故なのか病気なのか、理由は分かりませんが、このJR8局は急逝されたとの話だったのでした。人の生き死にの話題は、あまり追求すべきでは無いと考えて、それ以上は尋ねる事はしませんでしたが、長年の疑問が解決できた事は、単純に嬉しかったのでした。

14時45分には、以前、比叡山の山頂駐車場でアイボールした事もある、滋賀県草津市のJQ3局からコールバックを頂きました。このJQ3局とは、常に移動先での交信だった上に、誰でもQSLのみでの交流だったので、JQ3局のご自宅が草津市だった事を初めて知ったのでした。14時56分には、滋賀県草津市のJR1/3局からコールバックがありました。この局にも誰でもQSLをレクチャーして、ワンウェイ送信を承諾して頂きましたが、最後にJARL経由での交換もプラスされました。

15時14分には、大阪府堺市北区のイオンモールの駐車場にいた、既知のJQ3/3局からコールバックを頂きました。JQ3/3局からは、毎回、月の写真や星の写真をアップして頂いていて、既に10枚くらいになっている局でした。1番最初にアップして頂いたのは、広島県呉市の潜水艦基地の写真でしたね。このJQ3/3局には、スクラップブックの話は初めてだったので、詳しく説明したところ、「私もしてみようかな?」と、大層乗り気だったので、嬉しくなったのでした。

15時31分には、滋賀県草津市を移動していた、既知のJP3/3局から、コールバックがありました。15時37分には、滋賀県甲賀市では2局目となる、JO3局からコールバックがありました。このJO3局にも、誰でもQSLをレクチャーして、承諾を得ると共に、初めての交信でもあったので、JARL経由でのQSLカード交換にもなりました。15時55分には、京都市上京区の、既知のJS3局からも、コールバックを頂き、楽しく交信をしたのでした。
Posted at 2026/03/08 18:08:04 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2026年03月07日 イイね!

絶不調の比叡山運用 その2

絶不調の比叡山運用 その2この日の運用体制は、比叡山運用では定番の「430MHz-FM」オンリー局として、昨年秋よりマイブームである、6mのアンテナポールを使用する、給電点が6mの、ノンラジアンアンテナSG7900体制でした。とは言え、完全にアマチュア無線局だけの日曜日とは違い、土曜日でも、コールサインを発出しない(持っているのかも知れませんが)、仕事で使用する違法局との共存パターンも過去にはあったので、要注意ではあるものの、腹具合は順調でした。

8時半過ぎに内外の準備が完了したので、IC-705の電源を入れてSWRの調整に入りました。そして、ワッチに入ると、433.020MHzで、大阪府交野市の旗振山に移動してSOTAの運用をしていた、既知のJM3/3局の信号が入感して来ました。早速、8時38分に、コールを送って交信がスタートしました。JM3/3局からは、交信終わりに「9時を回ったら、またコールを下さいね!」と言われました。その後、432.940MHzにサブの周波数を確保しました。

そして、メイン周波数でCQを発出して、サブの周波数に戻ると、8時45分に、大阪市城東区の既知のJQ3局から、コールバックがあったものの、比叡山で交信した局を、プリフィックス別に整理して、移動運用には、常に携帯している紙ログの行を、1行間違えたまま、JQ3局と交信を突っ走っていると、JQ3局から指摘されて1行違いが発覚。平謝りの2局目の交信と相成りました。JQ3局との交信が終わると、まだまだ時間が早いのか、コールバックがありませんでした。

しかし、時間も9時前にもなっていたので、JM3/3局にコールすべく、432.940MHzをオープンして、再び、433.020MHzに合わせると、他の局と交信中だったので、暫しの待機となりました。そして、9時6分にコールを送って、約束を果たしたのでした。再び、432.940MHzの周波数チェックを行い、空いていたのでサブの周波数として確保。メイン周波数でCQを発出しました。すると、9時17分に犬の散歩中だった、既知のJQ3/3局からコールバックがありました。

JQ3/3局は、D-STARの興部430レピーターの、ロールコールでも繋がっている、京都府城陽市の局でしたが、木津川堤防を散歩してます。と言われた事で、これまで木津川堤防は、木津川市だけにあるものと考えていたので、城陽市にまで繋がっている事を知ったのでした。続いて、9時39分には、大阪府堺市北区のQRP-5W局である、既知のJN3局からコールバックがあり、楽しい交信となりました。すると、JN3局との交信終わりに、再び、JM3/3局からコールがありました。

すると、JM3/3局は、大阪府交野市の旗振山から、交野山(別名:こうのやま)に移動されていた様で、シグナルレポートをお願いします!と言われたのでした。10時2分には、私の周波数よりも20KHz下の432.920MHzで、宇治市の無線クラブの面々とラウンドQSOをしてると言う、京都市下京区のJI3局からコールバックがありました。お聞きしていると、以前には、クラブの会長を10年していたそうで、現在は、退いておられるとの話でした。

JI3局は、私の信号があまりに強いので、同じ下京区に居ると思われた様で、2月15日の日曜日に京都駅の上階の飲食店で、40年来のクラブ会員28名で新年会を開くので、貴局もどうですか?と言われましたが、「今、電波を出しているのは比叡山で、家内の実家も京都市左京区の鞍馬街道ですよ!」と送ると、漸く、合点がいった様子で、「それでは無理ですね!それにしても鞍馬街道とは、雪国にお住まいなんですね!」と言われてしまったのでした。

10時31分には、長年に渡って大阪市城東区にお住まいの、既知のJA6/3局からコールバックがありました。JA6/3局には、前回の交信時に、「誰でもQSL」で、送って頂いた画像のスクラップブックを作った件を話していましたが、元々は、iMacのソフトであるPagesで作成していたものを、今回、iMacにOffice2024を導入して、エクセルでしっかりと枠を作って、A4用紙に、6枚の画像を挿入出来る様に作り直した件を伝えたのでした。

それにより、Pagesで作ったものよりも、枠がしっかりしているので、画像のずらしが簡単になったのと、6枚に制限した事で、画像のサイズが大きくなり、より見やすくなったのでした。Office2024も正規に購入したものでは無く、単にシリアルナンバーをヤフオクで購入しただけなので、700円で導入出来ました。JA6/3局は、まだアップしていない、2件分の未アップが残っていましたが、「画像は何でも良いですよ!」と送ると、自作アンテナの画像を、2個送ってくれたのでした。

11時2分にコールバックをくれたのは、木津川堤防の本家である、京都府木津川市の木津川堤防を散歩中の、既知のJQ3/3局でした。続いて、11時15分にコールバックをくれたのは、大阪府高石市を移動していたJQ3/3局でした。このJQ3/3局は、ノーカード指定でしたが、「誰でもQSL」をしっかりレクチャーして、ワンウェイ送信を承諾して頂きました。腹具合は、ホカロンが効いてくれているのが、全く、便意を感じる事なく、スムーズに交信を進める事が出来ていました。
Posted at 2026/03/07 18:11:40 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「絶不調の比叡山運用 その6 http://cvw.jp/b/3142171/48973683/
何シテル?   03/11 17:14
★老人ギタリストもどきです。どうぞ、宜しくお願いします!! どうせ老い先短い身の上ならば、素人でも楽しまなくちゃ!!とyoutubeデビューしました。...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2026/3 >>

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11121314
15161718192021
22232425262728
293031    

ブログカテゴリー

リンク・クリップ

ガレージにて✨ 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2025/02/25 00:53:15

愛車一覧

日産 エクストレイル 日産 エクストレイル
日産エクストレイル 20Xi 4WD 2列シートに乗っています。登録は2019年4月です ...

過去のブログ

2026年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2025年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2024年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2023年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2022年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2021年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2020年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
2019年
01月02月03月04月05月06月
07月08月09月10月11月12月
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation