ビニール傘がワンコインで買えなくなる日

　思いがけない雨に見舞われることの多くなる夏場は、ビニール傘の助けを借りる場面が増える時期だ。猛烈なゲリラ豪雨の中をコンビニエンスストアなどに駆け込み、当座しのぎで買い求めた経験のある人も多いのではないか。使い捨て感覚で気軽に買える分、安物イメージが強いこのビニール傘に今、値上げ圧力がじわりと強まっている。

■ほぼ全量が輸入品

　データをみてみよう。貿易統計によると、ビニール傘を含む傘の輸入量（折り畳み・ビーチパラソルは除く）は2012年に約１億本で、そのうち6000万～7000万本がビニール傘とされる。傘１本あたりの単価は2000年以降おおむね150～170円程度で推移していたが、今年１～４月の平均をみると約220円に跳ね上がった。

　ビニール傘はほぼ全量を輸入に頼る。昨年末からの急速な円安で、円建ての仕入れ価格が上がったのが響いている。海外から傘を仕入れている日用品卸のＰａｌｔａｃの担当者は「為替要因だけで仕入れ値が２割ほど上がった」と話す。

　もう一つ見逃せないのが輸入量の９割以上を占める中国の人件費上昇だ。傘の工場は深センやアモイなど、経済成長をけん引する沿岸部に多い。Ｐａｌｔａｃによれば「現地の労務コストがこの２～３年で約10％上昇した」という。骨などの部品生産と傘の組み立ては別の工場が担っており、人件費が上がっても他国への移転は容易ではない。同社は将来的に傘の卸価格引き上げを視野に入れている。

　店頭価格はどうか。首都圏のＪＲ駅構内などにあるコンビニ「ニューデイズ」は１店当たりの傘販売量がトップクラス。運営するＪＲ東日本リテールネット（東京・新宿）に聞くと、価格は60センチサイズが１本500円で「ここ数年変わっていない」という。他の大手のコンビニも400～550円程度と短期的には変化がないようだ。「大量に調達することでを仕入れ価格を抑えている」（セブン―イレブン・ジャパン）。

　もっとも十数年前との比較では確実に値上がりしている。「1990年代前半は１本300円台で売っていた」。こう話すのはローソンに約20年間勤めた元バイヤー。原料高や仕入れ値の上昇に見舞われ、販売価格の引き上げを迫られた。「単純な値上げでは消費者の理解を得られない」として選んだ手段が、傘の品質を高めることだった。

　一つはビニール傘の大型化。90年代までは長さ50センチ程度が主流だったが、2000年前後から60～65センチ品が登場し、今では70センチ品も珍しくない。ここ数年「ゲリラ豪雨」と呼ばれる突発的な大雨が増え、大型傘のニーズも高まっている。

■タクシー初乗りと競合

　傘の生地の素材も変わった。90年代前半まで主流だったポリ塩化ビニール（ＰＶＣ）製は生地がくっつきやすく、使い勝手の面で問題があった。ゴミ問題も深刻になったことから、燃やした時に有毒ガスを出さない素材としてエチレンビニールアセテート（ＥＶＡ）などが採用されるようになり、今ではポリエチレン製がほとんどだ。

　価格はさらに上がるのか。「ビニール傘の値段はタクシーの初乗り料金と競合する」と元バイヤー。急な降雨に見舞われると、傘を買って目的地まで歩くか、多少高くてもタクシーに乗るかで選択を迫られる。傘の値段が600円に近づいてくるとタクシー派が増え、傘の販売が落ち込む可能性が高まるという。

　傘の値段で浮上した中国リスク。ＪＲ東日本リテールネットは「万一の事態に備え、仕入れ先の商社を２社に分散している」という。店舗では500円のビニール傘の隣でポリエステル製の傘が600円で売られている。ビニール傘が安物でなくなる日が近い将来やってくるのかもしれない。