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■古き佳き時代の「ボルボ850エステート」
1990年代に人気を博したボルボのステーションワゴン「850エステート」。ボルボ・カー・ジャパンがレストアを施した個体の試乗を通し、スクエアなデザインが特徴だった“古き佳(よ)き時代”のボルボの魅力に触れた。
■可能な限り“新車”に近い姿に
「850 T-5R」は、今秋発売されるボルボの新型ワゴンである。
と、そう書いても、知らない人なら信じてもらえそうなビカモンの850 T-5Rエステートに乗った。1995年型、走行約24万kmの個体をボルボ・カー・ジャパン(以下、ボルボジャパン)がレストアしたものである。
古いボルボのためのレストアプログラムを立ち上げるとともに、今後、ボルボジャパンは認定中古車ならぬ認定大古車をビジネスの柱にしていくことになった。といったような計画が特にあるわけではないが、20年前のクルマでもディーラー整備でここまでのミントコンディションに復元できる、ということをPRするためにつくられた一台である。
ボルボはいま、エンジンラインナップの一新を図っている。資本提携時代のフォードユニットと決別し、新開発の4気筒2リッターを核にした自製エンジンへの切り替えに取り組んでいる。すでに登場しているガソリンエンジンに次いで、2015年はクリーンディーゼルがボルボの目玉になる。
その一方、「丈夫で長持ち」というボルボ古来の価値も忘れてもらっちゃ困るよ、というアピールがこの850 T-5Rエステートである。都内のディーラーに下取りで入ってきたワンオーナー車。それもカーナビすら付いていないフルノーマル車を可能な限り、新車に近づけた。
といっても、2.3リッター5気筒ターボエンジンはまだカクシャクとしたもので、交換したのはタイミングベルトなどの補機類くらいだという。しかし、クリームイエローのボディーには入念な再塗装を施し、内外装の部品も調達できる範囲で新品に替えてある。売りものではないが、トータルで新車の「V60」が買えるくらいのお金がかかっているらしい。
■ボルボ史上、最も体育会系
“いまの人”は、ボルボを「カッコいいクルマ」と思っているかもしれないが、ひと昔前まで、ボルボは「四角いクルマ」だった。
1991年に登場した大型ボルボ初のFF車、「850」は、四角いボルボ時代の最後のクルマである。このころの日本での併売モデルは「240」「740」「760」「940」「960」。いずれも筋金入りの四角四面野郎である。そのなかで、新人の850は、鋭いエッジと微妙な面の張りを際立たせた、いわばカッコいい四角四面が特徴だった。カッコに目覚めたスクエアデザインである。
横置きされるエンジンは、気筒あたり4バルブの直列5気筒。それまでの3ケタ車名のつくりからわかるとおり、2ケタ目の5は気筒数を表していた。
1995年に追加発表されたT-5Rは、シリーズを通して最も硬派な高性能モデルである。2.3リッターターボのブースト圧を上げ、チップチューンを加えて240psを得た。排気量は2319ccだから、リッター100ps達成である。
サスペンションを固め、ボディーにエアロチューンを施したT-5Rは、セダンとワゴンの両方に用意され、ボルボとしては久しぶりのMTモデルも国内販売された。発売時の価格は、セダンが585万円、ワゴンが605万円(いずれもATは10万円高)だった。
この当時、ボルボは850で英国ツーリングカー選手権(BTCC)に参戦し、ワゴンも走らせていた。テールの重いステーションワゴンは、重量バランス的に決してベターとは思えないが、それがまた話題を呼び、人気を集めた。BTCCボルボを想起させるT-5Rのイメージリーダーもワゴンだろう。
こうして振り返ると、ボルボ史上、最も体育会系だったのが850 T-5Rである。
■往年のボルボの“味”がする
自分の試乗メモを調べたら、最後に850 T-5Rに乗ったのは10年前だった。輸入中古車誌『UCG』の取材で借りた1995年型、走行6.4万kmの個体である。それと比べると、ボルボジャパンが復元したこの1995年型は当然、程度のよさではるかに差をつけるが、それでも、2015年に走ってみた印象をひとことで言えば、「古き佳きボルボ」である。
最近の電動ステアリングに比べると、ハンドルは重い。徹底した整備が加えられていても、2.3リッター5気筒ターボは今のスポーツエンジンほどシャープではないし、新車当時から明らかにセダンのほうが高かったワゴンボディーの剛性感には衰えもみられる。硬いサスペンションとヨンマルのタイヤがもたらす乗り心地は、荒れた舗装路へ行くとドタバタ系だ。
そうしたところにいちいち設計年次の古さは隠せない。だが、四角四面時代のボルボ、つまり100%ボルボ資本だったころのボルボは、どんなクルマに乗っても、新車の時からそんなに「最新の機械!」という感じはしなかった。自分の首を締めるほど、いいクルマとして突き詰めていないところが、乗るとホッとするボルボの“味”を生んでいたし、まさにそこがボルボのよさだった。
■四角いボディーのすばらしさ
もうひとつ、ビカモンT-5Rワゴンに乗って感じた温故知新は、四角四面のありがたみである。
1760mmの全幅も、1460mmの全高も、いまのV60より小ぶりなのだが、乗り込むと850 ははるかにルーミーに感じられる。スクエアデザインと、低いウエストラインがもたらす大きなグラスエリアのおかげである。運転席からはボンネットが隅々まで見渡せるから、狭いところでの取り回しもいい。四角四面って、ドライバーフレンドリーなのだなあとあらためて感じた。FFなのに小回りが利いたのも、850の美点だった。
限られたサイズで、最大の容積を得るには、四角四面の箱が一番いい。テールゲートを開けると、850エステートの荷室はかるくのけぞるほど広い。現行ボルボのフルサイズステーションワゴン「V70」と比べても、850の荷室幅は13cmも広い(実測)のである。全幅はV70(1890mm)のほうが13cmも広いくせに。
24万km台のオドメーターをまた214km進ませてもらうと、トリップコンピューターの平均燃費表示には14.7の数字が出ていた。グッドオールドT-5R、燃費もやるな! と思うのは早とちりで、これは当時ヨーロッパ車では一般的だった100kmあたりの燃料消費量である。計算すると6.8km/リッターだった。「燃費のボルボ」というイメージを加速させるのは2015年のこれからである。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=郡大二郎)
世界で最も美しいクルマに選ばれた850エステート。これを所有できなかったのは、ひとえに我が家の立体駐車場の重量制限でした。内装はスカンジナビアンがよかったですね。