
この作品は『劇場で鑑賞しなくては』と強く想い、ひさびさに映画館に足を運びました。
この作品のオリジナルは、
映像作家・岩井俊二の名前を世に知らしめた、単発テレビドラマの傑作。
後に劇場公開されることになりました。
1時間枠のドラマなのに、濃厚な劇場作品を観た満足感に浸り
岩井俊二監督の描き出した『切ない余韻の残る一夜のファンタジー』に酔いしれました。
その特別な作品のリメイク。
正直、複雑な気持ちで鑑賞しました。
率直な感想は、残念な点も散在するけど面白い!
オリジナルが持っている『切なさ』とか独特な雰囲気を大事にしながら、その続きまで描いていました。
元々1時間枠のドラマを90分程度の映画にリメイクした訳なので、まさにこの作品のカギとなる『もしも if 』を、オリジナルの続きを描いています。
オリジナルが描かなかった『もしあの電車にのれば…』を。
個人的にこのオリジナルにはない展開部分を、成長物語として満足でき楽しめました。
しかし、
このオリジナル展開を図るために払っている代償があまりにも大きく、この点がとても残念。
オリジナルは、小6の少年たちとひとりの少女の、夏の一日の物語。
無邪気に仲間たちと戯れ合う少年たちと、大人びた少女。
コドモの時の中にいる少年と、オトナの世界に足を踏み入れ始めた少女の物語。
最小限の台詞。
少年や少女の一瞬の表情。
説明なく子供の主観で関わってくる大人。
心象風景。
観る側の感性に訴えてくる作風。
この作風を独りよがりではなく成立させているのが、ヒロインなずなを演じた奥菜恵の存在感。今の言葉で表現すれば『神』です。この作品での奥菜恵は。
同級生なのに大人びていて別な世界を知っているかのようなヒロイン。
主人公の少年は、淡い恋心を抱いてヒロインの少女を見つめる。
同時に、ピュアなエロティシズムも内包して。
この年齢の少年少女の、心身の成長の違いこそが、オリジナルの隠れたテーマであることに、誰もが同意だと思っています。
そして、所詮小6だから『限界』も持っている。
その象徴が『乗れなかった電車』
小学生が日常の生活を送っている生活圏(自分たちの世界)からは、やはり出られなかった少年と少女。
今回のリメイクは、その『限界』の突破を果敢に試みていました。
『もし、ふたりが電車に乗っていれば…』
リメイクは少年少女の年齢を中学生に引き上げました。
そして、ふたりは電車に乗ります。
生活圏を離れ別な街へと。
作品の表のテーマである『もし、あの時…』を継承し、オリジナルでは乗らなかった(乗れなかった)電車に乗り、その先へと物語が進みます。
意欲的であり、その先の物語も楽しめましたが、この、年齢を引き上げた事による代償もかなりありました。
年齢が上がり、少年少女の成長の差と云う隠れたテーマのリアリティが希薄となりました。
大人びたヒロインの台詞や、主人公よりヒロインの方が背が高いキャラクター設定など、
演出側によるオリジナルのテーマ維持の努力は十二分に伝わります。
ヒロインの声を広瀬すずが担当していて、キャラクターの存在感を感じました。
しかし、主人公を含めた少年たちのリアリティがなんとも…
最大公約数的な現在の男子中学生像が見当たらないという事もあるでしょうが、主人公となるキャラクターの魅力が最期まで希薄でした。
ピュアなエロティシズムもリアリティが欠落してきます。
この点をリメイクははっきりと割り切り、中学生のエロティシズムへ置き換えています。
よりリビドーに近く。
アニメーションによるリメイクなので、『キャラクターの表情演技』がほぼ不可能であると云う、現時点でのアニメーション表現の一番の欠点も露出しています。
それを補完する『心情を声高らかに叫ぶ』今の声優演技と、その方法を求める演出を行っていないので尚更。
その代わりにオリジナルでは、不明瞭な(ある意味どうでもよい)主人公たちを取り巻く様々な設定を明確にして、オリジナルなストーリー展開部分では主人公とヒロインの対話によって『表情演技』に替わる心情告白演出がなされています。
オリジナルでは両親の離婚により夏休み中に町を離れるなずなが、リメイクでは母親の再々婚により町を離れる。
なずなは、自分の事を『一年も経たずに再婚(再々婚)する母親のビッチな血が自分にも流れている』と語り、母親にも自分にも嫌悪感を抱いている。
オリジナルでは、現象として2シーンだけ登場するなずなの母親が、リメイクでは再々婚相手と共に登場し、物語の役割を担っている。
『もしも…』を実現するアイテエムが登場し、それはなずなの死んだ実父(母親の2番目の夫)に起因するらしい。
これらの追加設定や改変により、ピュアなエロティシズムの匂いがする少年少女の物語から、思春期の少年少女のエロティシズム感が漂う物語へと変化しています。
『もし、ふたりが電車に乗ったなら…』を実現するために。
自分は、リメイクを改変を含めて楽しめました。
特になずなが、『母親がいつも口ずさんでいた』と松田聖子の楽曲を唄うシーンは、嫌悪しながらも母親を無意識に慕っているなずなの心情表現として見事だと思いました。
でも、主人公を含めた少年たちのリアリティが低すぎることがとても残念。
逆に、オリジナルでの奥菜恵の奇跡に近い存在感には程遠いけど、
ヒロインなずなの声を演じた広瀬すずの演技は、思春期の中で葛藤するヒロインに一定のリアリティを感じます。
更には、なずなの母親。
なずな曰く『ビッチな母親』の声を演じた松たか子も、リアリティある母親をつくりあげていました。
今後、いろんなジャンルの作品をアニメーションにより表現していく事が増えていく事でしょう。
この作品はその試金石となる作品では?
行間を読み感性に訴えてくる作風の岩井俊二作品を、行間や感性がいちばん表現しずらいアニメーションによりリメイクした事自体が評価できます。
そして、欠点もあるけど楽しめる作品に仕上げている事に演出陣の熱意を感じました。
楽しめる作品でした。
もう一度観に行きたいけど、その前にオリジナルを何十年ぶりかに観てみたくなりました。
オリジナルにもリメイクにも使われた楽曲『Forever Friends』を貼っときます。
この楽曲は間違いなくオリジナルの方が良い。
ついでにリメイク版の個人的なクライマックスでの劇中歌も貼っときます。