2013年03月01日
午前5時20分・・・
いつものようにやかましい目覚まし時計で起こされる。
通対のバイトはとにかく朝が早い。
起きたら、テレビとエアコンをつけるのはもう癖のようになってきた。
この頃は少しずつ寒さも和らいではいるが、やはり朝は寒い。
寝ぼけながら支度を終えて、自宅を出ると、すでに日が出ており周りも明るい。
まだまだ、覚醒していない意識でバスに乗りつつ、最寄りの駅まで向かう。
もちろん、車内で寝てしまう。
しかしながら最寄りの駅に着く頃には自然と目が覚めてしまう。
我ながら不思議なものだ・・・
7時15分、勤務駅に到着すると事務室に入って行き、いつものように当直の助役に挨拶をしつつ出勤表をつける。
その後、更衣室で制服に着替える。
自分はこの制服が好きである。
社員の制服と全く同じものがバイトにも貸与されているので、乗客からはバイトと社員の区別はほとんどつかない。
制帽には鉄道会社のコーポレートマークがしっかりと刻まれている。
だから、この制服を着るとなんだか気が引き締まるのである。
それも今日で最後である。
そんな実感はちっとも感じない・・・
身だしなみを整えて、再び事務室に戻ると社員さんや当務助役も続々と出勤してきた。
挨拶するたびにバイト仲間や社員さんから「怪鳥さん、今日で通対最後なんですね・・・」と声をかけられた。
助役からは「ボランティアでもいいからさ~、これからも来てよ~。」等と妙なラブコールを受ける始末(苦笑)
そんなことをしているとマスター(駅長)が定時で出勤してきた。
マスターに挨拶をすると
「そうそう、ほれ。」
と記念の品まで貰ってしまった。
「これな、非売品なんだよ、しかもうちの駅でも3つしかないから貴重な奴だぞ。」
「そんなもの頂いていいんですか?」
「退職記念だよ。」
「ありがとうございます。大切にします。」
そんなやりとりをしているうちに7時50分になる。
遅れがないことを確認しつつ、助役や社員、そしてバイトの計7名でホームに出る。
うちの駅は東京寄りの先頭車から2両目が最も混雑する場所である。
他車線からの乗り換え改札が近く、乗客がそこに集中するからである。
この辺りには助役、社員やバイトでもある程度経験がある者が立つ。
3人いるバイトの中で中堅になる自分は基本的に、2両目付近に立っている。
朝のこの時間帯は電車が2~3分間隔で次々と入線してくる。
乗客の乗降が長引いてしまうと後の列車を詰まらせる原因になりかねないので、通対全員で協力しつつ手際よく乗降案内をする必要がある。
「降りるお客様が先となります。ドアの前を広く開けてお待ちください。」
「降りるお客様がすみましたら、前の方に続き、車内中ほどまでお進みください。」
「まもなく、ドアが閉まります。この後も電車が続いて到着します。無理はせず、次の電車をご利用ください!」
「ドア付近のお客様ご注意ください。ドアが閉まりまーす!!」
全部のドアが閉まった事を示す側灯の消灯を確認して、電車の最後尾が通過するまで出発監視をする。
この路線の車掌は大概が挨拶をしてくるので、監視をしつつも挨拶を返して尾灯確認、進路確認を行う。
平常時はなんてことないが、ひとたび電車が運転見合わせをしようものなら、ホームは人が溢れ大変な騒ぎとなる。
おまけに自分の30センチ横を電車という巨大な鉄の塊が時速40キロもの速度で通過していくのである。
もちろん時と場合にもよるが意外に危険と隣り合わせだったりする・・・
さらに、乗客から「○×駅までどうやって行くの?」などと尋ねられたりもするので東京近郊の路線図も頭に入れておかなければならない。
幸い遅れなどもなく、8時54分発の電車を見送って、無事に最後の通対は終わった。
更衣室に戻ると、返却する制服をまとめて、ロッカーの荷物なども整理を始める。
常に置いていた革靴の裏を見ると溝がだいぶ浅くなっていた。
1年と4か月も毎朝ホームで酷使してきたせいなのだろうか・・・
最後に被服担当の社員さんと談笑しつつ返却物の確認ををした後、別れの挨拶をして事務室を出た。
この駅で1年と4か月、通対として働いた。
ほんのわずかな時間ではあったものの、そこにはちゃんと自分の居場所があった。
最後まで惜しまれつつ、辞めることができたのはとても幸せなことなのかもしれない。
冬を超え、季節は春に移りつつある。
別れと出会いの季節・・・
僕がこの駅を去っても、きっと有能な通対のバイトがすぐに入ってきてくれるだろう。
この駅に早く有能な新入り君が入ってくれるようにとお節介な祈りをしつつ、僕は電車に乗った。
Posted at 2013/03/01 00:01:57 | |
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