
ここしばらく、以前のようにほぼ毎日のペースで規則正しく(?)日記を書けず、不定期連載のようになりつつありますが(すみません!)、本日3月11日で、東日本大震災が発生してから丸々15年が経過しました。
自分の気持ちを申し上げると、月日が経つのは早いもので、途中経過にはいろいろな出来事もありましたが、この15年は本当に長いような、短いような、あっと言う間の15年だったと感じました。
※これより先、津波や、被災地の画像が入ります。気分を悪くされた読者の方は、「戻る」ボタンを押して戻って下さいm(_ _)m
ジャスト15年前の2011年3月11日の午後2時46分…自分は勤め先にて、いつものように労働をしていたのですが、突然の立ちくらみ&めまいに襲われて「急に身体の具合が悪くなったのか!?」と思っていた矢先、道路を挟んで向かいの建物にある別の部署で当時、親方やってた先輩の「地震だ~!!おまいら早く逃げろ~!!!」という叫び声を聞き、その時初めて地震だとわかりました。新潟県内でも、被災地から遠く離れた上越では、大きな揺れが来なかった代わりに、前述のような状態になったのだと思います。
東日本大震災が発生してから約15分後、15時の休憩時間に休憩室のテレビを点けてみたら、宮城県の石巻港が津波に飲み込まれているじゃないですか!!

その次に見た光景は、高校生の時に家族旅行で行った福島県にある「スパリゾートハワイアンズ」や「小名浜水族館」が津波に飲み込まれた瞬間…
自分はこの光景を見て、映画「デイ・アフター・トゥモロー」のワンシーンを思い出したと同時に、悪い夢なら覚めて欲しいと願っていました。

この日は一晩中、東日本大震災による前述の「立ちくらみ&めまい」のような状態が続き、決してお酒を飲んで酩酊している状態ではなかったのですが、足の設置感が全くないような、千鳥足みたいな感じでした。
そして、翌日の3月12日の午前4時03分…東日本大震災を発端とした「長野県北部地震(後述)」が発生すると誰が予想したでしょうか!?
おそらくこの先60代、70代のおジイさんになっても、自分は2011年3月11日に発生した東日本大震災と、その翌日に発生した長野県北部地震の出来事はゼッタイに忘れる事が出来ないと思っていた自分ですが、おととしの元日…1月1日に発生した、能登半島地震で被災からの、津波警報による一時避難で、それまで忘れかけていた自然災害の恐ろしさを改めて体感した次第で((((;゚Д゚))))ガクガク ブルブル


年月の経過とともに、東日本大震災の記憶が「過去のできごと」として薄れていくような風潮が出て来ておりますが、この辛く悲しいできごとを風化させないと同時に、1日も早く全国の被災地だけでなく、日本全体が元通りに復興出来る事を、切実に願っている次第ですm(_ _)m
明けない夜はない、止まない雨や雪はない…1人1人が手を取り合って仲間全員で助け合い、この世の中に平和を取り戻しましょう!!!

※写真はあくまでもイメージですf(^_^;
Posted at 2026/03/11 22:40:04 | |
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