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2013年09月07日

王様の耳は・・・な件

王様の耳は・・・な件

我らが空自の「Blue Impulse」が13日まで百里基地で移動訓練をしているそうです。

大変レア・ケースだと思います‐
関係者な方々は大変でしょうけれど‐


で、明日は航空祭‐天気が回復するとイイねぇ~・・・

今年はTVドラマの影響もあって、外周も随分賑わっている事でしょう。

なんでも拠点松島基地の施設工事に伴う一時移動だとか‐

そう言えば遥か昔に同じ様な機会に行き当たったなぁ‐と想いを馳せてみます。

ハイ、と言う訳で“飛び系”話です。

車皆無です(ゴメンなさい)そして長話です。












『この先10年は公表するべからず』
と言う“漢の約束”を交わしてから27年位経ちましたから、もう時効と判断します。






前途有望だった(筈の)若かりし学生だった頃、全国津々浦々から集まった同期の一人が宮崎県は新田原(←にゅうたばるって読みます)基地の近隣に住んでいる事を覚知した一学期。

当時、新田原基地にはF-4は301SQ、F-15は202SQと言う2つの戦闘機マザースコードロン(おっかさん飛行隊)が所属しておりました。
おっかさん~は、実働部隊兼機種転換部隊と言う2つの任務を受け持つ飛行隊でありまして、それ故に活発な飛行訓練をしておる‐と伝聞されるコア野朗憧れの基地でした。
要は、当時日本で戦闘機乗りになる方なら必ず赴任・しごかれる基地‐だった筈。





『夏休みにお前んちに行ってイイ??』
と有無を言わさぬ気迫でマブダチ化して押しかけます。



私人生‐初九州、初飛行機乗る(当然ANAです‐F-15ではありません)、初新田原‐でした。
で、もう一つ初‐と言うか空前絶後、決して忘れられない、死ぬ時の走馬灯ワン・シーン確定な体験をする事になります。




マブダチ君が宮崎空港まで迎えに来てくれまして、そこから1時間位“観光バス級”のサイズな路線バスでこれまた“観光バス級”の距離を移動して、マブダチくんちに着いたと記憶します。

お母様への挨拶もそこそこに『ちゃりんこ貸して下さい』と新田原向かいました。
30分位のどかな景色を抜けて、私落ち着く全国共通灰色のフェンスに囲まれた基地外周に到着です。

1ヶ月位前に航空雑誌で語られていた様に、移動訓練中な宮“城”県なBlue Impulseの離陸を宮“崎”県で撮影‐幸先の良いスタートとなります‐の筈が、上がったBlue Impulseは戻って来ないなら、その後1機の地元機も飛ばず、顔に縦線‐いたずらに日焼けしただけの半日が終わったのでした。

晩餐‐マブダチ両親に今日一日のしょぼい成果を報告した所、

「とーきょーから来たのに残念だったねぇ、それじゃ今から隣に住んでるマッコイさん(仮称)にお願いしてみよう」

なんでも隣家のマッコイさんは新田原お勤め人。
ダチ母上が私手土産の一部を小分けして勝手口から出て行く事5分程で‐

「明日は忙しいんで、明後日昼一に正門前に来たらイイってさ」
と願っても無いアポを取って来てくれました。



なんと‐基地の中へ入れてくれるとなっ!!




で、ダチ父上が、
「良かったねぇ、じゃ、明日は私が休暇を取って青島や日南海岸でも案内してあげましょう」
と言う大変親切な観光巡り提案を丁重にお断りして、

「ちゃりんこ貸して下さい」





翌日は朝からバカスカ飛びました。

前日は月に一度の安全総点検日とやらで飛行が無かった件は、翌日知る事になりますが、これぞ新田原‐と思う様な間断無き飛行訓練の連続を堪能します。

F-15のバルカン砲実射訓練をしている様で、ダートターゲット(標的)を懸垂したF-4が1機に対し、6機程のF-15と空域統制役のT-33が後を追いかけて行きます。
ラスト・チャンス(空飛ぶ広報室参照ネ)では実射を覗わせるべく安全ピンの取外しが入念に行われておりました。






で、翌日滞在最終日‐
マッコイさんを尋ねていきますと、なんと彼‐武器小隊(と言うのか不明なれど‐)の班長(だったのか不明なれど‐それなりにリーダーっぽい方)でした。

最初に訓練用装備品の整備庫(だと思われる小部屋)に案内されます。
歳格好が近い若人がミサイルや爆弾の整備に勤しんでおりました。

ざっと目に付く限りでのコア知識を喜々として口ずさみながら興奮する私‐
「おぉ~っ!! AIM-9 弾体青いからイナート弾っ!! こっちはシーカー生きてるキャプティプ弾っ!! なんとMk82っ!! 500lb弾っ!!」


マッコイさんが、くわっ!!っと目を見開いて、


「貴様っ!!空自に来いっ!! 頼むっ!!」




曰く、武器関係は特に機密に関る事なのでOJT含み教育中いっさいのメモが取れないんだとか(今はどうなのか知りませんけど)、で、ココにいる連中は何度教えてもなかなか詳細を覚えてくれないんだとか‐

ま、当然です。
彼らだって望んで“武器屋”になる訳ではありません。職種の一つであり、それも初めて見聞きする事を口だけの解説で脳ミソに詰め込むなんて事は難しい限り。

続いてエプロン(駐機区画)に連れて行ってもらいF-4のコクピットに座らせてもらいます。
O2マスクで純度100%な酸素を吸わせてもらい、気分爽快‐恐れを知らぬ若さ故の厚かましさでリクエストです。

「F-4とF-15の動いてる写真が撮りたいんですけどぉ~」

「いやぁ・・・ それはちょっとねぇ・・・」

基地内で撮影をするならば広報を通じ『基地司令』の許可が必要なんだそうで、それも随分前から目的を付した申請書を提出する必要があって、許可された場合のみ、許可された区画のみ、撮影が出来るんだとか‐

大人になれば良く理解出来ます。当然です。国防を担うお役所集団です。


さて、“写真小僧”だった(今‐オヤジ)私的には、この段階でマッコイさんの好意である基地内見学が“重荷”に感じられつつありました。

写真撮れないんなら、さっさと基地外に出たい一心でした。
午後の飛行訓練が開始されるべくエプロン上の各機の周りはさまざまな人が動き回り活気づきつつあります。
‐普段見れない姿の獲物を前に‐見るだけよ‐は、男にとって拷問以外のナニモノでも無い事は皆様ご理解頂ける筈‐


程なく歩きだしたマッコイさん
「ちょっとこっちおいでぇ」と連れて行かれたのは、先の武器屋くん達の(と予想)ロッカールーム。
自分が当時暮らしていた寮内同様に“エロい”ポスターやらマンガ本が雑多に散らばった、盛った野朗連中臭ムンムンの小汚い部屋(失礼)でした。

(勘弁してくれ、早く滑走路端の外周に行かせてくれ・・・)な心境でした。

マッコイさんは端から順番に無遠慮でロッカーを開けて行っては、衣類を取り出して集めた後、
「おい、この場でコレに着替えろっ!!」と渡されます。
上から下まで先程の隊員コスチュームに変身です。

で、私服も望遠レンズも戦場色のバッグに詰め込めと言われます。
なんだか判らないけど、気迫に満ちたマッコイさんは上官ちっくでした。

着替え終わって外に出れば、F-15が目の前でエンジンを回しておりました。

「カメラ貸せっ!!」とマッコイさんが“武器小隊コスプレな俺&ダチ君‐背景並んだF-15”の図を撮ってくれます。

正直、大変迷惑に感じました。
フィルムもったいないし(大枚叩いたリバーサル)、
コスプレ趣味無いし、F-15撮れないし‐

が、今度は「急げっ!!来いっ!!」と、幌付きトラックに乗せられます。
コスプレ野朗な私とダチ君が荷台に乗って程なく、同じ格好をした“本物”武器屋くん達がわらわらと乗って来ました。
何処に連れて行かれるのか理解出来ないうちにトラックは走り出して、エプロンの戦闘機群は遥か彼方へ・・・隣の同年代な武器屋くんが話かけて来ます。

「昨日も今朝も外周にいたよな?? ちゃりんこの荷台に立って俺達撮ってたろ??」

「その通り」 「どこから来た??」 「とーきょー」 「モノ好きだな」 
「だろ、で、コレはどこに行く??」

「ラスト・チャンスだよ、撮ってただろ?!! 昨日から!!」










えぇぇぇぇぇぇー!!!!!!!!!












間違いなく昨日から撮影していた場所(※但し敷地外)の片隅に止まったトラックからワラワラと出て行った武器屋くん達に続いていいものかどうか躊躇していると運転席からマッコイさんが来て、
「ハイ、降りてぇ、この場所から撮ってくれ。くれぐれもココから動かないでな。内緒だぞ~」と得意顔で笑ってくれました。



感動的な体験でした。
先程引き離したF-4、F-15が目の前にやって来て、さっきまで“頼り無さそうなあんちゃん達”に見えていた歳も変らぬ(風に見えた)連中がエキスパートな挙動でテキパキとセフティ・ピンを抜き、外周点検を含めた離陸前ロジックを進めて行きます。






転換訓練中と思われる前席操縦士の緊張感がこちらまで伝わる様な臨場感がありましたし、一方で教官と思われる後席や統制機T-33の操縦士は“お~、ARMの若い衆がスナップ撮ってるなぁ”と勘違いして陽気に手を振ってくれました(因みに前日の外撮りでも後席氏は手を振ってくれましたが、前席は余裕無し‐ってか、そんな事したら後ろから罵倒されるんでしょうけれど‐)










次々と轟音を響かせて上がって行く機影を後にして、ARM(武器屋さん)が再びトラックへ戻って来ました。

「こんな見学できるヤツは、この先もそうはいないゾ。この先10年は公表するなよ。10年経ったら自慢してイイぞ」

「あと特別サービスだから、お前ら二人共学校卒業したら“空自”志願するんだぞ」

とマッコイさんは笑っていたものです。


ハイ、大層感動しました。この時本気で空自に入りたかった私です。
ただ‐その後、私は空自志願を断念する事になります。
ま、その件は気が向いたらいつか綴ってみましょう。


マッコイさん、ありがとう。
今も新田原の近くに在宅されているんでしょうか‐
まさか202SQが解散して301SQなF-4が健在な27年後なんて予想も出来なかった未来な今ですね‐

あの日の景色は忘れられない私の宝です。
今日ココで初めて、こっそり小自慢してしまいます。
もう時効でイイですよね。

時々ふと思います。
採用されたかどうかは別の話として、
「空自な俺だったら今頃何してたかな?? 空自な俺だったら今より輝いていたのかな??」
なんて、相変わらず無責任にフェンスの外から覗いてます。



今ではWEBを通じた基地毎の広報や一般見学コースの設定、地域交流を前面に出した催しも充実し、合理的に彼らの業務を見学できる機会が増えたと思いますし、自衛隊に対する一定の理解が得られる社会になって来た様にも感じます。
当時撮影を禁止されていた戦闘機操縦席の画像を含め、沢山の写真が手軽に閲覧出来る世の中になりました。
その範囲を超えるものでは無いと確信しますので、思い出話を上げました。

もっとも法令順守が厳格化された現代ですから、ココに上げた様な特別見学は今では起こらない事でしょう。
古き(良き??)時代の昔話です。

但し、社会人になる前に私体感出来た事は大変勉強になりました。
自衛隊に限らず、お若い方々は色々な所へ出向いて、色々な事を見聞きされると人生豊かになるんじゃないかな?と思いますし、一生一度の体験が待っているかもしれません。
‐という事を伝えたい小話で、パパラッチな暴露話と思わないでネ‐でした。







みんカラで語る“飛び系”コア話その1‐終(えっ!??)



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Posted at 2013/09/07 14:24:42

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