
私が、車にどっぷりハマっていた2000年、インプレッサやランエボには、競技車ベースのグレードが設定されていました。 RAやRSってヤツですね。
エアコン無し、パワーウィンド無し、シートやタイヤは、交換前提なので、一番ショボイのが着いているという仕様でした。
そんなこんなもあって、当時は、早い車にするには、多くのものを犠牲にしたら良いというような考え方があったのですが、「ある車」の登場によって、これらの概念がかなり覆されてしまいました。
その「ある車」についてはまた後で話すとして・・・(多分ピンくる人いますよね)
当時の走り屋の車といえば、は5ナンバーの車に、1.6~2リッターのエンジンを搭載し、ターボだったり、高回転型のNAだったり、LSDも機械式を組んだりと、わりと油くさいものが多かったもので、
ハイグリップタイヤを履く為に、車高調で足を固めて、それを支える為にボディ補強パーツを組む、
今度はもっと馬力が必要になるので、給排気系のチューニングから、お金の有る人はブースとアップやメカチューン、そして、更なるハイグリップタイヤを履く為に、振り出しに戻るという世界でしたね。
しかし、あれから18年もたち、今やワイドボディ、高剛性は当たり前、スポーツカーどころか、高級
車のサスペンションにもサーボモーターが組み込まれ、100分の1秒ごと、ECUが最適な減衰に調整してくれるなんてことになってきました。
こうなってくると、スポーツカーは、昔みたいに、内張りを剥いで、ロールバー組んで、1時間も乗ったら腰がヤラれるというような必要が無くなってきたように思います。
たとえば、BMWのMシリーズ、AudhiのSシリーズやRSシリーズ、ベンツのAMGなど、普通に待ち乗りをしていれば、それがスポーツカーで有ることを忘れてしまいそうな快適さですし、それでいて、アクセルを開ければ、時速100キロまで、5秒足らずで到達してしまいますし、電子制御された4WDシステムは、ろくなアンダーも見せずにコーナーを駆け抜けます。
もはやストリートや峠レベルの走りには、昔のようなストイックに追い込んだ車は必要ないのかも知れません。
最近のWRX-STIを見ると、その傾向が顕著です、内装はほぼS4の快適装備そのまま、スポーティーなのはエンジンと足回りのセッティングがメインですし、シートも昔のようなバケットタイプではなくなってしまいましたよね。
ただ、私はそこに大きな矛盾を感じずにはいられません。
原点は、車の運転は何が楽しいのかという所なのですが、私がおもう「楽しい」は、本来ただのハードウェアである車を、人間が思い通りに操れた時に感じる一体感や満足感であって、決して「絶対的に早く走る」という事ではないと言う事です。
簡単にたとえるなら、峠の上から下まで、自動運転でF1のようなスピードで駆け下りてしまう車が出来上がったとして、そんな車にのって、楽しいか?ということです。
やはり、自分でハンドルを握って、自分でギアを選んで、自分でアクセルを踏んで、スピードを感じて走る、そして自分が思い描いたラインで車が走ってくれたときに、感じる快感、そういうのが楽しく走ると言う事なんじゃないかと、改めて感じています。
だから、今でも、競技ベース車両を買って一般道を乗ることも意味の有ることだと思いますし、
内装を取り払って、車重を1gでも軽くして、車との一体感を増やそうとすることにも意味があると思っています。
願わくば、こういった車を楽しむための多様性が、この先損なわれないことを祈るばかりです。
ちなみに、前述した「ある車」とは、35GTRです。
重い車重を使ってタイヤを接地させ、すごいグリップのタイヤと、高度な車性能(制御)で早く走ってしまうという存在です。
この車が目指しているのは、走りの楽しさなのか、絶対的に早く走るということなのかと問われたら、幾分後者が強いように思います。
単純にハードウェアとしては、尊敬に値する車ですが、良く出来すぎたソフトウェアに走りの楽しみがスポイルされてしまっているのではないかと、私にはどうもすんなり飲み込めない車なのです。
かといって、35GTRから電子制御を全て取り払ったら、走って楽しい車になるかといえばNOだと思いますし。
例えば、GTRに限って言えば、いまだに根強いファンが居るという事からも、何も付いていないR32こそが、GTRの中で走りを一番純粋に楽しめる車なのかもしれません。 (乗った事はありませんが、ハコスカGTRなんてその極地なのかもしれませんね)
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2018/01/31 21:16:58