零戦21型のプラモデルを製作中です。
タミヤが2012年に発売した1/72のモデルです。1/72のコクピットは計器板、座席、操縦桿の三点ほどと思いきや、操縦席周りだけで17点の部品からなる精密で、組み立てもかちっと決まる素晴らしいキットです。
相前後して、零戦搭乗員の本を読んだここ一か月でした。
いまは、零戦(堀越二郎、奥宮正武)を読み進めています。
きっかけは、永遠の0でした。
父、坂井三郎-「大空のサムライ」が娘に遺した生き方-
坂井スマート道子
坂井三郎氏の子女、道子氏が、お父様から受けとった言葉、教育、考え方。
坂井三郎氏が戦後早い時期に「坂井三郎空戦日記」を執筆され、それが「SAMURAI」として米国で発刊されたことで有名人となり、沈黙を良しとする旧海軍の関係者から時に誹謗を受けただろう、そのいきさつについても読み取れる。
坂井三郎氏自身のその後の著作にも、人としての生き方、処世術をテーマにしたものがあるが、本著は娘さんがきめ細かく受け取った言葉、態度、しつけ、身の処し方、等々が綴られており、わたしの中で、とかく零戦の操作に対する詳細な記述を世に残したこととして評価が固まっていた坂井三郎氏の評価を多いに高めるものです。
娘がこんな風に人生を切り開いてくれたら親として本望だろうと思う、理想像があります。
是非、女性にも読んでもらいたい。
零戦(ゼロファイター)老兵の回想―南京・真珠湾から終戦まで戦い抜いた最後の生き証人 (シリーズ日本人の誇り)
原田要
長野に生まれ、海軍に志願し、駆逐艦乗り組みの兵から操縦練習生となり、戦闘機乗りとして日中戦争から昭和20年の北海道、千歳基地まで、戦い、生き抜いた方の著。
90歳代になってから、今の思いとともに、当時の記憶をもとに書かれています。1991年、著者が75歳のとき、湾岸戦争の報道映像への若者の反応をみて戦争の実態を語らなければいけないと、活動を始めたとのことです。原田氏の経験はまさに航空戦の最前線の連続、まるでドラマの主人公のように次々と、戦史上有名な厳しい戦いの場に直面します。
ミッドウェー海戦での飛龍からの最後の発艦、駆逐艦巻雲から見た光景。語っていただいてありがたいことです。
昭和16年に結婚された奥様の思いも痛烈に感じます。
長野に復員後暫くして幼児教育に身を投じられた夫妻の生き方にも共感を覚えます。
昭和の重大な歴史を、生き証人が語ってくれる、この貴重な体験談を読むことで翻って自分の生き方を考えることができます。人生に目的を持って生きると大切さを学びました。
紅 (百年文庫)
若杉鳥子 大田洋子 素木しづ
日本の生活はこんなものだったのだということが伝わる。市井の暮らしは寸分変わっていない。女性の書き手は感性が鋭い。芸妓置屋の娘である主人公が親しんだ芸妓の生き様に思いを馳せる、若杉鳥子「帰郷」(1934)。片足をなくした若い娘が、人目を忍んで朝の浴場での母との会話に、母のために生き、子のために生きるということを考える、素木しづ「三十三の死」(1914)。原爆に晒された爪痕も消えない1951年のH市の戦災者住宅で、東京から戻ってきた主人公が思うこと。七夕の短冊に「戦争反対」「平和、自由、独立」、大田洋子「残醜点々」(1954)。三編とも自伝的小説とのこと。
零戦撃墜王―空戦八年の記録 (光人社NF文庫)
岩本徹三
岩本徹三氏の遺稿。
淡々と日記調で書かれている。
ここまで愛機を操り、数々の戦闘に参加しながら、終戦まで生き延びたのには驚嘆するしかない。攻撃の概要図が描かれており、合理的な戦術が見て取れる。操縦の細かいことを読者に説明する配慮はなされていないが、戦闘を描くシーンでは、胸のすく思いがする。
わがままであろうと、許される。
千葉県、鹿児島県、沖縄県での邀撃戦闘の場面は、地形を知っているだけにああ、あの空で、という思いが広がった。
幌筵島で過ごした逸話は微笑ましかった。
本田稔空戦記―エース・パイロットの空戦哲学 (光人社NF文庫)
岡野充俊
太平洋戦争勃発の頃、海軍の飛行機乗りとして実施部隊に配属された本田稔氏の大戦を通じた空戦記録。サイゴン、ボルネオ島、バンコク、ペナン島、ニューアイルランド島(ラバウル)、ブーゲンビル島(ブイン)などを転戦し、零戦で戦った。敵対した彼我の実力を冷静に分析されている。
初めて零戦を操縦し、着陸時に速度が落ちず10回やり直しをしたことが記されている。
内地に帰還後は零戦52型のテストをした後、大分空に教員として赴任、昭和20年には343空の一員となる。
戦闘機搭乗員でありながら、熾烈な戦争を生き延びた方には哲学がある。氏は戦後もパイロットとして活躍された。
「連綿と流れる民族の血と誇りは、我々日本人の心の座に、何らかの形で受け継がねばならない。」同感である。
永遠の0 (講談社文庫)
百田尚樹
日華事変、太平洋戦争を通じて日本海軍を代表する航空機として今もその名を残す「零戦」、零式艦上戦闘機。
21世紀においてはその存在、そして当時の搭乗員がどのような立場で、どのように戦場で戦い、散っていったのか。戦闘機本来の任務と、戦局が絶望的になったときに発動された、統率の外道、特攻に向かったさまを知らない人も増えています。
作品は、若い姉弟が祖父のことを調べるうちに、相当高齢の戦友をインタビューする形式で進んでいく。
感情を露にする証言者の姿、いくら物語だいっても、そこまで彼らの口から語らせるには違和感がある発言が多い。その世代の方は絶対に話さないようなことも、語らせる。回想シーンにするならよかったのに。
作品を通じて、戦争がどのように推移していったのかも分かるようになている。しかし、地図の一つもなければ、全くの門外漢の読者の理解を得るのは厳しいであろう。その点は小説の形式にこだわったのであろうか。
現代を生きる人に、当時の死線を体験させるための役目は果たすのか。
なぜか、もしドラを思い出してしまった。興味を持った人は原書に当たるべきで、そのきっかけ作りの役は果たしたということか。
主要参考文献に記された、真実のノンフィクションは、まさに十中九死の状況を乗り越えられた方々の手になるもの。これらの書籍を手に取る人が一人でも増えることを望みます。
最年少の下士官、兵の搭乗員たちが鬼籍入りしていく昨今、これらの書籍は非合理きわまりない命令や作戦に対する批判をいまに伝える。
思うに、日本の体質は、大正時代から変わっていない。利己主義と責任転嫁。
やめ時を失った長期戦、最後には日本中が爆撃、艦砲射撃、艦載機の銃撃を受けた。サイパンや沖縄、満州、千島では住民を巻き込み、悲惨な場面が続出。それでも、南九州、関東への上陸を受けて立ち、男子の半分を特攻させると言った人がいるという。原爆2つを投下されて、ソ連の参戦。よくいまの日本が残ったものだ。
しかし、1951年に主権回復したときに、警察など官僚組織を復活させたのに、自立できないまま今に至る。
雌伏するのはいいが、組織に属する者として、間違ったことは間違っているとはっきり言える人間でありたい。