
とある東京近郊の山道。
一組の男女が歩いていた。山歩きは男の趣味である。
女はこの男にずっと片思いで、男が付き合っていた相手と別れたのを知って猛アプローチ掛けたのだ。なので、この誘いを受けた時は、天にも昇る気持ちだった。
しかしながら、なかなか会話が続かなかった。
このままでは、不味いと思い、話題を振ろうとお互い同時に。
「あの。」「あのさ。」と、言葉を発した。
「あっ、先にどうぞ。」
「いいよ、君からどうぞ。」
「山歩きって、いいですね。」「都会に住んでると、隣に住んでる人どうしでも挨拶しないことが多いのに、ここでは、見ず知らずの人どうしが挨拶してる。」「ちょっと、不思議。」
男は、偶然振ろうとした話題とかぶっていたので、(この子とは、意外に気が合うかも知れない。)
と思いながら、悪戯っぽく微笑みながら、こう言った。
「山でなぜ、知らない人どうしが挨拶するか、知ってる。?。」
「えっ、なんか理由があるのですか。?」
「その人が、生きている人かどうか確認するためさ。」
「え~、わたしそう言う話、苦手です。」
女はいやいやと言う仕草しながら、笑っていた。
しばらく、進むと女は「あっ。」と声を上げた。
前方から、1人の少女が歩いてきた。白いワンピースに麦藁帽子、足には運動靴代わりに履ける流行りのサンダル。山歩きをするような格好には見えないが、多分地元の子だろう。
「かわいい。」とつぶやきながら、さらに近づいてきた少女に微笑みながら、「こんにちは。」と声を掛けた。
しかし、少女はまるで無反応だった。
少女は全身ずぶ濡れだった。薄手のワンピースは所々、肌が透けるほど濡れていた。
山の天気が変わり易いと言っても、朝から快晴で雨の降った気配は無い。
若干の恐怖にも似た感情を抱いたまま、少女とすれ違い、しばらくしてから、振り返ると、少女もこちらを見ていた。
「あの子、何。?」「気味が悪い。」と言って、男の腕にしがみついた。
「地元の子供だろ、人見知りなのさ。」と言い終わった後に、男は、「うわっ。」と声を上げた。
「前を見るな、足元の先だけ見て歩け。」と小声で言った。
「なんなんです。?」と言って、思わず顔を上げると。
さっきすれ違ったはずの少女が目の前にいた。
「見るな。」「目をあわすな。」と男が言う。
明らかに、異世界の者に遭遇してしまったのだ。
このままやり過ごすしかないと、男は考えた。
このまま、山頂を迂回しながら、他のルートから下山しようと考えた。
ちょうど、少女とすれ違う場所は道幅が狭くなっていた。
このまま行けば、肩が触れる形ですれ違う。
(どのみち、生きてる人かどうかこれで、判断できる。)と男は思った。
女は怯えて、男の腕にしがみついて、目をつぶっていた。
すれ違う瞬間、少女の肩が男の肩をすり抜けていった。
その時、男と女は同時に頭の中に直接、声が聞こえた。
「気の毒に。・・・」「可哀想。」
女は何かを思い出した様な顔をしてから、泣き出した。
「私達、駄目なんだ。」
いつのまにか、ふたりの周りを深い霧が包み、視界を奪っていった。
男は、「大丈夫だ、ボクも一緒だ。」と言って女の肩を強く抱いた。
「蓮ちゃ~ん。」「待っててば。」
呼び止められて、双子の姉妹の姉は早歩きを止めて振り返った。
「凛のこと、怒ってるのかな。?」
「別に、絶対大丈夫だからって言った、あんたのせいだとは思ってないから。」
「あっ、やっぱり凛のせいだと思ってる。」
「別にあんたのせいにしてないわよ。」「男子に裸見られたのがショックなの。」
「慌てて、服着たからパンツまでビショビショ、最悪!!。」
「蓮ちゃんだって、「気持ちいい~。」って喜んでたじゃん。」
「そうだけど。・・」「外ですっぱだかの所なんか見られたら、変な噂がたつわ、わたしもう、学校行けない。」と言って、涙目になる双子の姉。
「大丈夫だって、あいつらスマフォもケータイも持ってないから、写メ撮られて回される心配ないよ。」
「あたりまえでしょ、私は噂が広がるだけでも嫌なの。」
「じゃあ、こうしよう。」「はだか見られたのは凛の方と言うことで、わたしそんな噂、平気だし。」
「あんたも、ふたり一緒に見られたでしょ。!!」「あ~なんでこんな奴が妹なの、しかも双子って、最悪。」再び、涙目になる。
「大丈夫だって、「このことは、だまっとく。」ってさ、見た方も気まずいんだってさ。」
「本当。?」「でもあいつら、なんてあそこに居たの。?」
「イモリ捕りだって。」
「イモリ。?」
「2組のヤマナカ君のパパが大学の偉い先生なのは、知ってるでしょ。研究室で必要なんだって、あいつら、それで小遣い稼ぎに来てた訳。」
「すぐ、来ないと思ったら、そんな話してたの、呆れた。」
「ところでさ、さっきの二人組、蓮ちゃんも見えた。?」「一週間前、新聞に出てた二人だよね。」
「あんた、まさか話しかけたりしてないでしょうね。」「駄目よ、私らは亡くなった人に、して上げられることなんか無いのだから。」
「見えることも人に話しちゃ駄目でしょ。」「ママの口癖。」
「でも、あの二人、ずっとあそこで彷徨うのかな、可哀想だと思わない。?」
双子の姉は先ほどの山道を指差した。
ひとすじの光が空に伸びていた。
「あんた、何かした。?」
「神様にお願いしてみた。あの二人天国に行けたかな。」
「知らない、帰るわよ。」
「蓮ちゃん、アイス買いに行こう。」
「お金無いわよ。」と言うと。
双子の妹はポケットから100円玉を2枚出した。
「ガリガリ君とホームランバーなら買えるよ。」
「どうしたの、それ。」
「イモリをね、2匹捕ったら、くれた。」「ほんとはもっと高く売れるみたい。」
「呆れた。」「わたしは、ガリガリ君のソーダね。」
ふたりは、再び歩き出した。
終。