
介護の愚痴ブログです。
コメントはご遠慮ください。(苦言のみ受け付けます。)
1年前の今日、親父が首の脊髄の手術を目的に入院したんだっけ。
当初の予定では
03/02: 入院
03/04: 手術
03/05 or 06 リハビリ開始
以後は経過を見て2~5週間で退院、の筈。だったな。。。
それがフタを開けてみたら、
入院直後にせん妄発症。疥癬疑惑(結局は医師の勝手な思い込みでシロ判定)で手術延期。看護師が無理に食事を食わせたために詰まらせて肺炎をこじらせる。。。
等々でどんどん体調を悪くさせ昏睡期間が長くなってしまったせいもあって認知症も起きてしまい、
結局はトイレすらも自力で行けなくなり、そして手術不可能を宣告される。
身体が動かないまま自宅に戻ってもお袋は身体が不自由、俺も嫁も完全介護できる時間ができず、で、事実上、一生家には戻れない長期療養病院に転院するしか道が無かった。
当時もボヤいた覚えがあるが、なんでこぉ~なるの!って気持ちが1年経った今でも全然消えない。
数週間の入院生活で腕が動くようになって帰って来る筈が、なんで一生自宅に帰れない身になっちまったんだよ!と。。。
そんな話し、他人事で聞いたなら「そういう運命だったと諦めるしかないよ」としか思いつかんかな。
でもその言葉。家族という当事者の立場で聞かされるのはたまったもんじゃない。
運命、なんて2文字の簡単な文字で片づけんでくれ!と思ってしまいそうだから。
あ、ひらがななら4文字か。。。
運命はベートーヴェンの5番だけで十分だっちゅーの。
この病院、地元ではまぁまぁ規模も大きい総合病院で、特筆するようなイイ評判は聞かないものの、悪い評判もない、いわば「問題はないでしょ?」的な中庸な病院のつもりだった。
入院する直前、嫁はセカンドオピニオンとして隣町の大学病院に診せたら?と言っていたが、親父自身も面倒だからココで良いと言うわ、俺からしてみても腕が動かないままでは週3回の透析病院に通うのにも不自由、というか俺自身が毎週3回も会社を休んで通院介助をしなければならない(一般的男性の巨体ではお袋も嫁も支えきれない)ので、一刻も早く手術させたかった。
その焦りが敗因だったのかな、と思うようになってきた。
先日も親父の見舞いに行き、またさらに認知症が進んだ親父と話してて涙が出てきた。
こんなはずじゃなかった。あの病院に入れたのが失敗だったか?
嫁にそれを見透かされるのもシャクに触るので黙っていたが、病院からの帰路、嫁にズバリと言われた。
「やっぱりあの時、隣町の大学病院に入れるべきだったんだよ!」
嫁の母親は1昨年に水頭症が発覚し。それまではちょっとイマイチな市民病院と親父を入れた病院に診せていたが、親父がボロボロになっていくのを脅威を感じ、嫁の母はその大学病院に変えることにした。
昨年末に他の急病が起きてしまい、急きょその大学病院に入院させたがどうにか持ち越した。現在は別のリハビリ病院に移って来たるべき(?)水頭症の手術に備えて体力復元中。
順風満帆、とは言えないが、少なくとも悪くはない状況だ。
ああ、ナースのレベルも凄く高かったな。。。←そういう事を考える余裕はある。
それを横目で見て、羨ましい、とまでは思わないが、ただただ、
なんだかなぁ・・・。
としか考えられない、入院して丸1年の今日の所感である。
つい数時間前、自分の母親の介護面で面倒な事件が起きてしまったので
尚更に「親父が家に帰えれてたら、こうはならなかったろう」って無い物ねだりな気分になってしまったのでした。
ああ、いかんいかん、タラレバ。
お見苦しいブログ、失礼しました。
Posted at 2017/03/02 02:02:59 | |
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