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たぬりんST-Rのブログ一覧

2012年11月09日 イイね!

カタログで見る、「私の思い出の一台」 (6)

カタログで見る、「私の思い出の一台」 (6)今日はおよそ一カ月ぶりに愛車を洗車!

このところ忙しい日々が続いていた事もあり、なかなか洗車が出来なかった・・・。

久々にきれいになり、気分もすっきり!


さて、今日のカタログで見る思い出の一台は・・・・


1983年に登場した、日産ブルーバード (U-11 前期型)
グレードは4ドアハードトップ 1800SSS-E

父親の愛車として中古購入し、4年ののちに私に譲られて、自身2台目のマイカーとなったクルマでもあります。
1988年から1993年まで我が家で活躍してくれました。

このモデルは、ブルーバード初のFF車として1983年にモデルチェンジ。
FRであった先代モデルの910型が大ヒットしたこともあり、スタイルは910型を意識したかのようなキープコンセプト的なものとなった。

が、流石に先代のようなヒットには繋がらなかった・・・・・。
ま、ライバルとしてコロナを始めとして、カリーナ、カムリ、ビスタといった、そのクラスで強力なラインナップを持つトヨタが有りますから、なかなかそう簡単に独走を許してくれるわけがありません。
とりあえずはそこそこ売れたと云っていいのかな?前回紹介した、「オースター」のようにマイナー化することは無かったですが・・・・・。








ボディスタイルとしては、先代まで有った2ドアハードトップモデルは廃止され、4ドアハードトップ・4ドアセダン・そしてステーションワゴンモデルをリリース。




エンジンは80年代の日産の主力エンジン、CA型の1.6、1.8、1.8EGI、2.0LのNA四種類と2.0のディ―ゼルの一種類、そしてハイパワーエンジンのCA型1.8ターボの、計六種類。
ターボは最高出力135馬力という、現代から見れば何て事ない数字ですが、当時としては頑張った数字でしょう。


足回り関連も、かなりの力の入れようであります。



コクピットですが、グレードによって当然デザイン等が違ってきます。
ターボモデルの一部はスパルタンな雰囲気を醸し出してるデザイン。



ちょっと画像が見にくくて申し訳ありませんが、ブルーバードに用意された装備品の数々。
オートエアコンは上級グレードのみですが、この時代のこのクラスでも装着されてくるようになってきました。
オートクルーズ装置もしかりです。


室内ですが、4ドアとは云えハードトップのため、後席側のヘッドクリアランスは背の高い自分にはちょっと苦しいかなという感じでした。T11型オースターの時はセダンだったので後席側に余裕があり、苦にならなかったのですが・・・。



オプション装着の一例。
余談ですが、流石にこのイエローのボディーカラーの個体は一度も見たことはありません。
このクラスの購買層では、イエローともなると目立ち過ぎるから敬遠されるのは必至であろう・・・。

オプションの数々。今は懐かしいパーソナル無線もあります。
まあ、携帯電話がある現代においては無用の長物となってしまうが・・・。




4ドアハードトップのグレード。大別するとラグジュアリー系のSLXとスポーツ系のSSSの二種。
で、特にSSSモデルがいくつかのグレード分けされてるのが凄い。
当時は他の車種でもそうだが、細かいグレード分けが多かった。






セダンのグレード。
セダンには1600の廉価モデルもあり、さらに細かい・・・・。(汗)
現代において、ここまで細かいグレード分けはそうそう見掛けないぜよ。(笑)

私が当時見た限りでは、ハードトップモデルを見掛ける比率が高かったので、ハードトップが売れ筋だったのではないかと思われます。


父親が購入したのは、上記の画像一番上のハードトップ「SSS-E」というグレード。ちょうど中間グレードといったところ。
もちろん漢の5速MTですぜ!(笑)
NAエンジンなのでパワフルさは無かったが、それなりに操る楽しみはありました。

前オーナーが少々手を加えていて、
・元々手動式だったウィンドーが社外品のパワーウィンドーを後付け
・後席側とリアのウィンドーにスモークフィルムが貼られていた。
・ドアミラーは全グレード黒地の無塗装だが、おそらく前オーナーの手によりハケか何かでボディーと同色のホワイトで塗ってあった。
・社外品のヨコハマ製14インチアルミホイール装着。
・オートピスタ製のリアスポイラー装着。

といった仕様のため、ちょっとカッコ良かったりしました。

なので私が譲り受けた後も、それほど手を加えることが無く(金が無かったから、爆)、ほぼこの仕様で乗ってました。

しかし流石に一年近く乗ってると飽きてきてしまったので、働き出してちょうどそれなりに資金も貯まってきたこともあり、もう少し刺激的(?)なクルマに乗り換える事となり、手放してしまいました。

今となってはこのクルマもまず見掛けなくなりましたが、現存してればちょっとだけでも運転させてもらいたいなあと思う事もしばしばあります。(爆)

ブル君、思い出をありがとう!


Posted at 2012/11/10 00:20:33 | コメント(4) | トラックバック(0) | 思い出の一台 | クルマ
2012年11月05日 イイね!

カタログで見る、「私の思い出の一台」 (5)

カタログで見る、「私の思い出の一台」 (5)今日の、カタログで見る思い出の一台は

日産オースターJX (T11 後期型

私の父親が、珍しく新車で購入したクルマです。

そして私が免許取得後、一番最初にハンドルを握ったクルマでもあります。


1981年、先代のPA10/11型から、姉妹車のスタンザ、バイオレット共々FMCされ、オースターには「JX」のサブネームが冠され1985年まで販売。
FRだった先代から一転、当時主流になりつつあるFF化をされました。
日産の世界戦略車というふれこみで宣伝されたわけですが・・・。



当初はこんな顔付きでありましたが・・・・・(ちなみにこれは姉妹車の北米版スタンザ。ウィキぺデイアから画像を抜粋)



1983年のマイナーチェンジで、この顔に・・・・・。
ほとんどFMCと言っても過言ではない、大幅な改編です。
しかも姉妹車の中で、バイオレットはマイナーチェンジされることなく消滅するという異例の事態・・・。

まあ当初から販売のほうがかんばしくなく、テコ入れがなされたわけですが、いかに当時の日産が元気だったかが分かります。(単に試行錯誤を繰り返していただけかもしれませんが。)

こういったマイナーチェンジは多くはないものの、稀にあります。
例えば、3代目ホンダ・インテグラの丸目4灯の顔から、一転してオーソドックスな角目になったマイナーチェンジとか(この時にタイプRも初登場)が思い出されます。
また、私が以前乗っていた三菱レグナムに関しても、1998年のマイナーチェンジの際、リア周りが全く別物といっていい変貌を遂げており、知らない人間が後ろから見たらまず同じクルマとは思わないであろう状態でした。


しかし、ここまでやったものの結局は焼け石に水で、販売は伸びることはなく、1985年に3代目にバトンタッチするのでありました。

ようするに不人気車なんですね。
このクルマ、自分の地元では見ることがなく、唯一、ほぼ同じ顔の姉妹車、スタンザFXを見ることがあっただけ・・・。




実家で乗っていたのは、グレードこそ違いますが、このホワイトのボディーカラーのオースター。




そして何と! 先代に引き続いて、3ドアハッチバックのモデルもリリースされてます。

先代のハッチバック、と云うかクーペモデルはなかなかスタイリッシュだったのですが、このT11型のハッチバックは何と言っていいのか、少々寸詰まり感があります。

しかもこのハッチバックモデル、全くと言っていいほど、見たことは無い・・・・・・。
おそらく販売台数は極端に少なかっただろう。何せセダンですら滅多に見なかったのだから。




室内は当時としては、そこそこ広かった感があります。FRの先代モデルにも同乗してるので、ドライブシャフトの無いFFで、全高も若干高いT11型はそれなりにくつろげました。



エンジンは1800のCA18型と1600のCA16型の2本立て。
ちなみにウチのは1600のGSというグレードですた・・・・。(汗)
馬力は90PSそこそこだったが、乾燥重量が900㎏を切る程の、当時としても異例の軽さのため、それなりにキビキビと走ることが出来た。
今では1.5リッタークラスでも余裕で1トンを超える車両重量が当たり前なので、いかに当時の安全基準と差があるかが判ります。














ウチで購入したのはこの1600GSをベースとした特別仕様車、「日産50周年記念特別モデル」と呼ばれるモデル。
ベースグレードにAM/FMマルチラジオ、カセットデッキ、そしてグリル部分に50周年記念エンブレムを追加装着したモデルである。(どちらかというと、廉価グレードです・・・泣)

1933年に日産が自動車の生産を開始してちょうど50年の節目の年でもあったので、企画されたようです。
当時、日産のいくつかの他車種でもこの50周年記念特別仕様車がリリースされている。

あ、ちなみにオプションのエアコンは未装着だったため、夏場の家族ドライブは窓全開だったのは言うまでもありません。(爆)




結局、1983年に購入してから1992年までの9年間、途中で不具合が発生しながらも15万キロ近くを走り、引退することとなった。
自分も当初はこれで運転技術を磨いており、また色々とドライブにも行った、今となっては懐かしい思い出の一台であります。
Posted at 2012/11/05 00:43:48 | コメント(2) | トラックバック(0) | 思い出の一台 | クルマ
2012年10月24日 イイね!

カタログで見る、「私の思い出の一台」 (4)

カタログで見る、「私の思い出の一台」 (4)今日の、「カタログで見る思い出の一台」シリーズですが

トヨタ「セリカカムリ」

これは以前の「思い出の一台」シリーズでは紹介されてない(スズキ・セルボの項でチラリと触れただけ。)、私の実兄が一時期乗ってたクルマであります。


サニー・カリフォルニアでマイカーライフをスタートさせた兄ですが、流石にその当時(1985~1986年頃)の日本ではまだステーションワゴンは商用車的な目で見られていたのか、あまり周囲のウケはよろしくなかったようで(特に女性には・・・)、一年近く乗ったものの、買い替える事に。
就職してそれなりに収入を得ていたし、長男で実家住まいだったから家のローンとか支払ってるわけでは無かったので、資金はある程度貯まっていたようだ。

ちょうどこの時代は、トヨタのGX70系マークⅡ三兄弟とかがヒットを飛ばし、いわゆる「ハイソカー」ブームが発生し始めた頃で、以前では考えられない程、クルマへの高級志向も高まっていた。

そんなご時世だったものの、それでも中古のマークⅡクラスを買える程では無かったので、その下のクラスの小型乗用車の中古に的を絞り、選んだものと思われる。

で、選んだのが1980年1月にデビューした、トヨタ「セリカカムリ」であります。







何故、セリカカムリというネーミングか? それは元々、セリカの4ドア版として誕生しており、カタログにも「セリカ4ドア」と記されているし、また、リアのピラー部分には「CELICA」の文字が入っており(画像では見づらくて判らないが)、セリカから派生したモデルであることがうかがえる。
当時ヒットしていた、日産910型ブルーバードの対抗馬として急造されたようだ。

排気量は当初、1800・1600の2種類。 ミッションは4速、5速のMTと、3速AT。
グレードはそれぞれ、XT、LTと呼ばれる名称が与えられた。

しかし、デビューから7か月後に更なる追加グレードが・・・・。



18R-GEU型2.0ℓツインカムエンジン(135馬力)を搭載した、「2000GT」、SOHC2.0ℓエンジンの「SE」、1.8ℓモデルの最上級グレード「SX」である。
「SE」と「SX」には、OD付4速ATも選択する事が可能となり、選択肢が増えたのである。


これらの上級グレードには、パワーウインドウ、更には当時このクラスでは珍しいオートエアコンもOPで選べるようになり、ますます高級化。

しかし、このセリカカムリは僅か2年余りで生産が終わる。

そしてFF化された2代目カムリへとバトンタッチすることとなる。

派生モデルとして誕生したとはいえ、異例の短さである。

80年代初頭にはこのセリカカムリはそれなりに見掛ることはあったから、それほど不人気ではなかったのではないかと思う。
むしろ今の「カムリ」のほうが、より地味な存在になっている気がする。

しかし、国内では目立たないが、カムリは北米市場においては最も売れている日本車として知られているから面白いものである。



さて、だいぶ話があっちのほうへ飛んでしまいましたが、実兄が購入したのは1600の「LT」というグレード。

ようするに最下級のグレードだったりする・・・・・。

バンパーはフルウレタンの物では無く、鉄製バンパーの両端にゴムが付いたタイプの物。

一応、エアコンは装備されてたようで、オーディオも外品のカセットステレオが付いてた模様。

そして何故か、AT車を選んでいた・・・・。
もちろん3速のATである・・・・。

これには当時、MT派だった父親も驚きだったようだ。当時はまだAT技術がイマイチなので、マニュアルのほうがいいぞ!と口癖のように言っていたぐらいだから。

なにせ86年当時で、約6年落ちのAT車、しかもまだATの技術が発展途上だったころのクルマだから仕方がない。
エンジンから発生した動力を伝達する際のパワーロスは、現在のATに比べて大きかったはずだし、ましてや3速までしかない。

かったるい! そして燃費が悪い! と気づくのに、そう時間は掛からなかった。

間違いだらけの中古車選びをしてしまったのである・・・・・。
ATが時代の本流となり始めた中で、やはり一種の憧れみたいなものもあったんだろうか?

当時、どれくらいの価格で購入したかは聞いてないので知りませんが、まあ、そこそこの価格はしただろう。
当時なら中古車で、スポーツカーでなくともMT車はそれなりに出回っていたはずなので、まだMT車を選んでいたほうが良かったかもしれない

それなりにサマになるクルマを選んだはずなのに、おそらく上記のデメリットのほうが大きく、私の記憶が確かなら、結局わずか2~3か月ぐらい乗っただけで手放したはずだ。

自分も確か一度ぐらいしか同乗した事がないので、おそらく間違いないはず。

だからむしろ、思い出の一台というには余りにも適してないはずなのだが、我が家系での最短所有記録(?)車という、記録に残る一台であると云える(爆)。(なんつー無理なこじ付けだろうか・・・・。)

この失敗(?)を機に、なんと兄はMT信奉者となったのか、その後20年はMT車に乗り続けることとなる。

そして自分も免許取得後は・・・・・・。



Posted at 2012/10/25 01:55:25 | コメント(0) | トラックバック(0) | 思い出の一台 | クルマ
2012年10月18日 イイね!

カタログで見る、「私の思い出の一台」 (3)

カタログで見る、「私の思い出の一台」 (3)今日の、「カタログで見る、思い出の一台」シリーズですが、


私の実兄が免許取得後に初めて購入した,「日産サニーカリフォルニア」 (VB-310型)
のカタログをご紹介しようかな?と思ってたんですが・・・。



カタログ入手出来ませんですた・・・・・。

まあ、入手はオークションに頼ってるわけですが、310型のサニーカリフォルニアのカタログ自体、そんなに出てるわけでもないようで、滅多にないです。
一回、出てるのをチラっと見た事がありますが、スタート価格が高く(確か3000円ぐらいだったか)、貧乏な自分はそれで断念しました・・・・。(泣)

仕方なく、そのベースとなった310サニーシリーズのカタログを代わりに入手。








4ドアセダン。
もっともオーソドックスなボディー形状。
ライトグリーンのボディーカラーがちょっとイカしてるかも?



これは2ドアのセダン。今ではお目に掛かれないボディースタイル。
まあ今の基準から見れば、明らかに実用性の面ではダメでしょうね。
でも当時はこんなスタイルも当たり前にありました。




クーペモデル。
若者向け指向の位置付けともいえるグレード。
先のオースターでもそうですが、クーペモデルって何気にカッコいい気がします。



で、これがカリフォルニアの元となった、バン仕様の「VB-310」型
流石に商用車然としてますが、ちょっと外観のイメージを変更するだけで、御洒落?なステーションワゴンに変貌するのだから不思議。





内装。これはセダンの物になりますが、上位グレードはやはり豪華な内装。
ATも普及しだした頃なので、サニークラスでもATのモデルが設定されている。



310サニーに盛り込まれた、様々な技術。
当然今から見れば何て事はないのだが、当時は立派に最新技術。



いやあ! 当時乗ってた人にしてみれば、本当に懐かしいものかもしれませんね。
私も小学生のころ、たまに父親が貰ってくる(買う気もないのに)カタログを見て、妙に見入った思い出があります。
買うんだったら、これぐらいのグレードで、オプションもこんなの付けたりしたいなと妄想したり・・・。(笑)

今もこういったカタログを見るたびに、何かワクワクするというか、そんな気分にさせられます。


こういったカタログ鑑賞も含めて、クルマ選びの醍醐味があるんだろうね、おそらく。
Posted at 2012/10/18 16:30:01 | コメント(1) | トラックバック(0) | 思い出の一台 | クルマ
2012年10月09日 イイね!

カタログで見る、「私の思い出の一台」 (2)

カタログで見る、「私の思い出の一台」 (2)このところ寒暖の差が大きくなってきたせいか、ここ何日か重度の風邪を患い苦しんでた私・・・。
しかし仕事を休めなかったため(実は別の同僚が、食中毒にやられてダウンしていた。)、無理を押して職務を遂行してました。

発熱してたこともあり、メチャクチャ苦しかった・・・・。(汗)



あ、どうも! なんか変な話から始まりましたが、今回は第二回目の
「カタログで見る~」シリーズです。

今日のは、「サニーバン」と来ました!
これは父親が510ブルーバード所有時に、セカンドカーとして所有した車です。



表紙




2ドアのバンという、今から見ると珍しいドア構成の商用車。父親はこの2ドアバンに乗ってたんですね。
でも当時は他車種にもこのタイプはありました。




こちらは4ドアバン。 これは現在でも普通に目にする形状ですね。



これがカーゴルーム。 当時はこれでも広く感じたものである。ちなみに車両の長さは4メートルを切るサイズ。
コルトプラスは4メートルそこそこあるのだが、意外にコンパクトですね。
幼少のころは大きく見えてたのだが。

ちなみにカタログの下に新聞紙を敷いてます。



室内。普通に商用車である。(笑) しかしシンプルでとてもいい。



グレード展開。 私の記憶をたどると、おそらく乗ってたのは中間グレードのデラックスと推測される。
ボディーカラーの選択肢は商用車としては意外に多いかな?ちなみに乗ってたのは白でした。


昔は割とどこでも見掛けたクルマですが、今ではまず見れないでしょう。
小学生の頃に、これで魚釣りやアーチェリー場によく連れて行ってもらった事もいい思い出です。

カタログの金額は1000円ですた。(まずまずの金額かな?)
Posted at 2012/10/09 21:50:56 | コメント(1) | トラックバック(0) | 思い出の一台 | クルマ

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レグナム、そしてコルトプラスをそれぞれ2台ずつ乗り継いできている、奇特な金欠アラフォーおやじです。(笑) 現在は、またまた三菱のミラージュ(A03A型)を...
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