エンジンのパワーアップを考える。1
エンジンのパワーアップを考える。2
エンジンのパワーアップを考える。3
今までの 「エンジンのパワーアップを考える。」を通して、”燃焼速度の改善”と ”燃焼速度に合わせた点火タイミング” が大切なことが分かったか?と思います。
エンジンのパワーアップを考える。3では、MBTという一番効率が良いタイミングで点火を行うとイイいと書きましたが、実際のエンジンではMBTではなかなか点火が出来ないそうです。理由は燃焼室末端のエンドガスが火炎伝播の前に燃え始めてしまうノッキングが発生してしまうから。なのでBESTな点火タイミングよりもあとの遅いタイミングで点火を行ってると言うのが実際だそう。市販車の点火タイミングはMBTよりも遅く、ノッキングの限界よりも遅く、余裕代を持って遅い点火タイミングに設定されていることが殆ど。自動車ではその余裕すら無視できないのでノッキングセンサーを使ってノッキングが出るギリギリまで点火時期を進める制御をしています。言い換えるとノッキングが出たらノッキングが出なくなるタイミングまで遅角させる制御をしています。
MBTを目指して進角させる点火タイミングとノッキングとがせめぎ合っている状態なんですね。
なので燃焼を改善して燃焼スピードを上げる事が出来ればエンドガスが高熱に曝される時間も短くなり、ノッキングの発生に余裕が生まれるのでよりMBTに近く進めたタイミングで点火が出来る事になります。
前回は”燃焼速度の改善”として一つに、圧縮比の向上を取り上げましたが今回は、「乱流」について考えてみたいと思います。
乱流とは、吸気工程で勢いよく燃焼室に導かれた混合気は吸気バルブが閉じて圧縮工程に入ってからもその勢いでクルクルと燃焼室内を旋回し続けます。その旋回を「タンブル流」とか「スワール流」と言います。この燃焼室内の旋回流を総じて乱流と言うようです。
簡単に、横回転するのをスワール流といい、縦回転するのをタンブル流と呼びます。

スワール流 出典
motor-fan.jp
タンブル流 出典
autoprove.net
これらで得られる効果は乱流燃焼と言うらしく、乱流が強い方が燃焼速度が上がるそうです。何となく早い渦があった方が良く燃えるのがイメージできると思います。最近のエンジンでは ”燃焼室を小型化してポート形状をタンブル比が高く成るように設定した”とかのうたい文句が出て来ていますが、これも燃焼速度の改善の一手ですね。
スワール流は過去のリーンバーンエンジンなどによく採用されていて、燃焼室下層のピストン付近には空気のみの層を成形して、プラグ周りにはストイキA/Fの混合気を層状に配置(多分FIでの噴射タイミングで配置を作る)して点火を行い、容積全体としてリーンバーンを行う手法として採用されていましたが、現在はほぼ全ての機種で強い縦渦を作り燃焼室全体のA/Fを均一にするタンブル流に置き換わっていると思われます。
実際問題では乱流の強化をチューニングとして行うと言うのは困難ですね。
ココで気付き難い要素ですが、アクセルを多く開けた時と少なく開けている時の乱流には変化が起きていて、当然アクセルが大きく開いている時の方が混合気が多く入るので乱流が強くなりますよね。回転数も然り、アクセル開度が同一としても高回転での運転の方が燃焼室の気体の入れ替わりが早く成る訳ですから乱流が強くなります。
アクセル50%よりも100%の方が乱流の効果で燃焼速度が上がるのと、500ccのエンジンで言うと燃焼室に取り込む混合気の量がアクセル50パーセントで250cc、アクセル100%で500cc吸入するとして、実際の圧縮比(圧縮圧力)が上がるので更に燃焼スピードは上がります。
逆に言うとアクセル全開の状態からアクセルを弱めていくと、乱流と圧縮が弱くなるので燃焼速度は遅くなります。燃焼速度が遅くなった状態では点火タイミングは進角させなければ上死点付近で最高の燃焼圧力が得られなくなりますよね? アクセル半開で燃焼にノッキング迄の余裕があるのに点火タイミングを全開時と同じに遅くしていてはポテンシャルを使って無い事になるのでパワーも出ず勿体ない。燃焼が遅い分だけ点火タイミングを進めて低中回転のトルクをもっと稼ぐべき。
そんな点火タイミングの最適化を実行しているのがTPS付のエンジンって事なんです。アクセル開度をセンシングしてアクセル開度に合わせた最適な点火タイミングで燃焼させます。SRで言うとTPSが付いたのが2003年~かな?イモビが付いた年ですね。2002年までのモデルにはTPSは装着されていないので、燃焼的にはとても勿体無いことです。
写真はSRでは無いですが古い車両にTPSを取り付けて点火マップを作製した例です。アクセル開度が低くなるにつれて点火タイミングを進めています(グラフで言うと高くなる)。アクセルを弱めると燃焼的に楽をする事になるので、アクセル開度に合わせて点火タイミングを進めているのが良く分かりますね。低中回転のツキも良くなり燃費も向上。そんな所かな。
出典
ファクトリーまめしば
TPSが無い車両にはTPSを加工取付して、ウオタニとかのTPS対応の点火ユニットに交換。この辺が点火チューニングのセオリーになりますね。ウオタニだから凄いって事じゃ無いんですよね。点火タイミングを最適にコントロールして燃焼効率を得る。その為の道具としてのウオタニなんです。だからウオタニがすごいって事になるんですね。(点火が強い弱いとは別次元で大切な話)
TPSが無いと点火マップは以下の様に、回転に対する点火タイミングしかない一本の棒のような単純なグラフになります。
写真はPOSHのCDI。SR400の3型用みたいですね。ノーマルが35°の設定になっているのでPOSHのCDIではさらに37°迄進められるようです。(あれ?3型のTPS付きの車両用のCDIなのにTPSの制御は無効になっちゃってるのかな?レーシングってこう言う事?w。勿体無いなぁ。。) 写真は
こちらからお借りしました。
SR400と500が併売されていた時代はCDIが共通部品なので点火タイミングが同じ設定になっていました。どう考えても400の方が実際の圧縮圧力と燃焼圧力(圧縮比では無い)は低くなるので、400の点火タイミングはもっと早くしなければ良い燃焼効率は得られない筈です。
具体的にはSR500が存在した1~2型の400の点火時期は33°/6000rpmに対して、SR400のみになった3型では35°。評判の良さそうなFIのFinalでは38°まで進角されているそうです。 年々進角されてきています。
物の本によると内燃機関の点火タイミングは最大出力時で35°くらいと紹介されていました。水冷で中央プラグのペントルーフ型燃焼室の場合の値でしたが、SRの場合はそこから進めなければいけない要素としてサイドプラグがあり、遅らせなければいけない要素として空冷があるので勘案すると同じくらいになるのでしょうか?finalの38°は結構攻めた値かな?相場的にはそんな感じです。
キャブ車SR400に乗ってる方は点火タイミングだけで、まだまだパワーアップの余地ありと言う事が出来ますね。
話が少し脱線してしまいましたが、乱流を強くする要素にもう一つ「スキッシュ」があります。スキッシュとは

出典
clicccar.com
燃焼室面の何もない部分とピストンの冠面で出来る隙間ですね。ピストンが圧縮上死点に差し掛かる頃に、プラグ方向に向かって噴き出す乱流を発生させます。丁度燃焼室の端、つまりエンドガスが滞留している部分の体積を狭くして燃焼室中央に向かって混合気を吹くので効果が大きそうです。
ですがSRの燃焼室は半球型が採用されていて、ピストン径と燃焼室の大きさがイコールで設計されているのでスキッシュは1mmも存在しません。残念無念。

SRの燃焼室です。
写真は
こちらのブログさんからお借りしました。
それがSRXに成ると
こんな感じにスキッシュエリアが採用されるようになりました。正常進化ですね。
写真は
こちらからお借りしました。
プラグがセンターに配置されるようになり、プラグから遠い容積が無くなりました。それにスキッシュが採用されてエンドガスがさらに減少してノッキングに対しても余裕が生まれているはずです。現代の基本形状が完成したのがこの時期なんですね。
このようにして燃焼スピードを求めてエンジンは進化しています。
現代のエンジンで特に評価が良いものにHONDA N-BOXのが有ると思いますが、その最新エンジンの燃焼室のデザインはこちら。
スキッシュが作れる所はすべてスキッシュになりました。ポート間の肉も薄くて小さな燃焼室に出来るだけ大きなバルブを突っ込む様に苦労の後も見えますね。プラグ周りは掘ってあって火炎角が大きく成長できる様に配慮されているのでしょうか?プラグの突き出しが大きく見えます。
最近の燃焼室は本当にコンパクトに設計されていることと、スキッシュの有用さが分かるかと思います。燃焼室容積が減った分ピストンの中央を凹ませて、小さい球状の燃焼室を形成する様に圧縮比を合わせています。
ここまで燃焼室をコンパクトに作るコンセプトが出て来ると、5バルブが淘汰された理由もわかって来る気がしますね。
そんな圧縮比が低く、スキッシュがまったく無く、めちゃくちゃ大きい、へっぽこSRの燃焼室の現実を受け入れられないよーと言う人向け。ちゃんと燃焼室を加工しているショップさんも存在しています。

出典
https://paddock-3.jp/publics/index/15/detail=1/b_id=36/r_id=23/
SR400のピストンの盛り上がりに合わせて、燃焼室側に溶接でアルミを盛って成型しているのですね。追々ツインプラグもやるのでしょうか。
普通の人はそこまでは中々手が入れられないのでSRのノーマルの燃焼室がちょっと残念に感じてしまったかも知れませんが、しっかりとポテンシャルを認識する事も大事。
無駄な事は何一つ無いなんて言いますので、SRのまったりとした独特の鼓動感はこういうビッグな燃焼室で作り出されているのだと思われます。燃焼がとても遅く熱効率が悪くて、エネルギーがトルクにならずにマフラーに排出されてしまう。なのでマフラー内でのガスの膨張が大きくなり排気音がエネルギッシュになる。SR400Finalが音が良いと言われる秘密もこんなところに隠されているみたいです。
https://bike-lineage.org/yamaha/sr400/rh16.html 出典
バイクの系譜
効率が全てでは無いって事ですね。(私のSR500もフィーリング優先で点火時期を0.5°遅らせて、負荷が掛かる領域の燃調は濃い目にしています。w スプロケをロングにしているのでガタガタしちゃうんで、その対策に。コレだと高回転でパワーが少し食われてしまうので、本当はトルクに余裕があるところは遅角してフィーリング優先に、高回転は効率優先でしっかり進角とかカスタム出来るCDIが有れば一番なんですけどね。ですが500はトルクに余裕があるのでこんな所でも遊び心で対応出来てしまいます。NAエンジンにとって排気量は万能薬です。)
という事でSRでパフォーマンスを求めるには、
・SRのノーマル燃焼室で燃焼スピードを求めるのは難しい。
・燃焼スピードが遅く燃焼室が広いので、ノッキングが起きない範囲でしっかりと点火時期を進める事が重要。
そんな事かと思います。
ここにきて簡単に燃焼スピードを向上させる手段を一つ忘れていました。

出典
https://glanze.sakura.ne.jp/propagate.html
A/Fに対する燃焼速度のグラフですが、A/F 11.5の付近で燃焼スピードが最大となっています。SRの燃焼室はエンドガスのボリュームが大きく、さらに空冷エンジンなのでノッキングには大変不利な構成なので、A/Fを濃くすることによって、
・燃焼速度が理論的に速くなる
・燃料冷却が効くのでノッキングを抑える事が出来る
・排気温度を低減させてエンジンの発熱を抑える事が出来る
上記のような効果が見込めるので、MBTの点火タイミングまで進角させる事が狙えるかと思います。SRは濃い目の燃料がミソかな?
ここまででSRでパワーを出そうと思ったら、①燃料を濃く、②点火タイミングは限界まで進める という事が理論的に考えられるかと思います。ですがアクセル小開度の時まで濃くしたり進角させてしまうと振動お化けになってしまうので、回転が上がりアクセルも高開度になりトルクが必要なところにメリハリを付けて濃くするのがいいと思われます。始めチョロチョロ 中パッパって感じですかね。
まぁこれはどのエンジンでも同じなんだけど、それしか選択肢が無いって事ですね。ここまで考慮ができる様になると整備の領域を外れて、少しチューナー気分でエンジンで遊ぶことが出来るのかなw
あとは排気・吸気工程で燃焼室に排気ガスを残さない事が重要になります。排気ガスが燃焼室に残り再圧縮されると、混合気の温度が上昇してエンドガスの自己着火を誘発するという事が有りますし、排気ガス自体は不活性ガスなので燃える事が無いので排気ガスは混合気の燃焼の邪魔をするので燃焼速度の低下を招きます。
なので良い排気と良い吸気が大切になって来ます。
この事は次回以降に。
あとがき
今日はビールを飲みながら書いていたので少しまとまりがなかったかな笑。